3話:来訪者
1分が経って、全てがまた動き出した。たくさんの生徒が、目を丸くして助けられた女子に質問した。
「あなた。線路に落ちたんじゃないの?」
「こっちの男子は、誰?」
色々な質問に、俊は学年最下位の学力を持つバカな頭をフル回転して受け答えした。数分が経って、みんなが乗る電車が来るのと同時に、俊は質問攻めから解放された。今起きた一瞬の出来事が、誰にも理解不可能なものだったことは、言うまでもない。
「あんな大声で自己紹介するなんて、面白いね。俊君って」
「えっ」
なぜか、俊の助けた女子だけは記憶があった。誰もが止まっていると思っていた俊にとっては、なかなか痛手な勘違いだった。
「冴木ー。早く来いよ。電車出発すんぞぉ」
2組の先生が電車から顔を出して声をあげた。
「ごめん。先行くね。あと……、ありがとう」
俊は何がどうなってんのか分からなかった。助けた女子は記憶があって、他の人には全くない。何で、自分の助けた女子だけに記憶があるのか。 でも、俊にはそんなことより助けた女子のことの方が気になった。今まで女子とは余り関わらなかった、と言うよりは、女子に避けられてたと言うべき俊にとって、女子の口から出たありがとうなんて言葉は、聞いたことがなかったからだ。
「冴木って名前なんだ……」
「一つ説明してなかったことがあったわ。それはな、助けられた人だけは、止まった時間の記憶があるんだわ」
どこからか声が聞こえてきた。
「この声……」
聞いたことがあると思ったら、このおっさん声の関西弁は、夢で聞いたあの声だった。
「どこにいるんだッ!!」
俊は辺りを見渡した。
「そう騒ぐな。ここにいるわ。肩の上や」
「えっ」
俊は、恐る恐る肩の上を見る。
「リスッ!?」
思わず尻餅をついてしまった。なんと肩の上には、しゃべるリスが乗っかっていたのだ。
「お前が……、俺にこの力を与えた……犯人なのか?」
そう言いながら俊は、ほんの少し冷静さを取り戻し、尻についた砂をはたきながら立ち上がった。
「犯人とは失礼やな。仮にも命を助けた恩人やねんぞ。恩人やなくて恩リスか? まぁ、本当はリスの姿やないけど……、いつか説明するわ」
今ある現状に納得した訳じゃないが、俊は冷静を装って話を続けた。
「名前は?」
「私の名前は、フェラリー。対神妖精の仲間や」
「もしかしたら、もしかしたらだぞ。お前って……、メスか?」
「メスとは失礼やな。立派な女の子や」
「そぉーなのぉーッ!?」
俊とリスが二人漫才をしている間に、電車は行ってしまった。ホームに残ってるのは、リスと会話してる少年に驚いて眼を擦る老人と、リスと少年の、二人と一匹だけだった。
「まずいよね。これ」
「私には関係ないがな」
「絶対お前のせいだからな」
俊はリスをにらんだ。
「私には助ける力はないからな」
俊はため息をついた。
「次の電車を待つか」
「そうやな」
眼を擦っている老人は、もう気絶してしまった。
「俺のせいじゃないよな」
「そんなの私に聞くなや」
「お前は、どっかに隠れてろ」
「分かった」
そう言ったのはいいのだが、リスは体中を走り始めた。そして、ついには、
「ここは、気持ち良いな」
「こらぁーッ!! お前どこに入ってんだよッ!!」
「どこに行けばいいんや?」
「ここだッ!!」
俊は頭の上を指差した。結局、帽子の中に入ることが決まった。学校では、鞄に入ることになった。
「俺の学生生活は……、破綻の道へ進んでしまった」
俊はため息をついて電車に乗り込んだ。