1話:身代り
俺は死んでいる。そう、死んだのだ。
9月23日、AM8:05。高校一年の俺は、校外学習で日本最大級の遊園地ユニバルに行くために鞄に荷物をつめこんでいた。
「今日は待ちに待ったユニバルだぁー。思いっきり楽しむぞぉー」
そんなことを叫びながら、大きな鞄に水筒をつめた。鞄は最後の荷物を入れるとパンパンになった。そんな大きな鞄を持って、パンを口にくわえ、頭に買ったばかりの帽子を被って、俺は走って家を出た。
「行ってきまぁーすッ!! 遅刻だ、遅刻」
おじいちゃんの形見である腕時計の針は、8時13分を指している。学校に集合が8時20分。家から学校まで、歩いて20分、走って15分。だから、間に合うはずがないのだ。学校の名前は、私立聖蘭高校。どこにでもあるような普通の学校だ。俊は、学校に行くまで何人かの女子に会った、下を向いてしょんぼりと歩く短い瑠璃色の髪の女子、長い茶髪の髪をなびかせながら走っていく女子。こんな時間でも意外と生徒がいるもんだなと思いながら、俊は学校に入っていった。
「遅れましたぁー」
俺は、8分遅れで教室に到着した。幸いまだ出欠をとってる最中で、まだみんなは出発していなかった。
「お前は、ユニバルに行かないということで報告しておこう」
意地の悪い女担任は、簡単には許してくれない。
「えっ、えぇーッ!! 困りますよ先生。あんだけ楽しみに待ってたのにぃー」
俺が身振り手振りを使って訴えているのに、先生のぶっきらぼうな顔は一向に変わる気配がなかった。
「そんじゃ、私の前で土下座したら許してやろう」
「先生。それってやらせちゃっていいんですか?」
「土下座は、……ダメだな。しょうがないから、今日は無条件で許してやろう」
俺と先生の20回目の同じやり取りが終わった。俺が遅刻した場合、ほぼ100%の確率でこのやり取りがなされるのだ。先生の極端な許し方もどうかと思うが、俺の飽きずにやる訴えも周りからは変人にしか見えていないのだろう。そんなことを思いながら、俺は席についた。
俺が学校について15分が経ち、出発予定の時刻になった。
「よぉーし。出発するー」
先生の掛け声でみんなが立ち上がった。そして、鞄を持ち教室をぞろぞろと出ていく。電車で行くため、最寄り駅まで歩かなくては駄目だったが、幸い最寄り駅までは5分とかからなかった。最寄り駅は地下で、意外と大きく、同じ路線同じ行き先の電車が入るホームが2ホームあるほどだった。
「よぉーし。一列に並べ。これから来る列車の次の列車に乗るぞ」
俺のクラスである6組は、比較的静かな奴が多く、不良などと言われる存在はいなかった。が、他のクラスは違う。特に、今駅の向かいのホームで並んでいる2組は凄かった。女子の不良がクラスの主導権を握り、先生までもが見て見ぬふりをしている。今日もそう、女子の不良たちが一人の女子に迫っていた。
「今日さ。私、金忘れちゃったんだよねぇー。貸してくんない? まぁ、返せないけど。あんたは、行かなくたっていいよねぇー。私達が行ければ満足だもんねぇー」
不良の大きな声は、地下だからかもしれないが、こっちまで響いてくる。追い詰められてる女子は、後退りして線路の方へ進んでいた。
「まもなく、1番線、2番線に千里東方行き電車が参ります」
アナウンスと共に、ベルの音がなった。
「あっ!!」
心配してたことが起こった。追い詰められていた女子が線路に落ちたのだ。そして、その女子は頭を打ったらしく、線路の上で気絶している。
「くそッ!! 何やってんだよッ!!」
俺は何かしようと考えた訳ではないのだが、勝手にというか本能的に線路に飛び降りてしまった。周りは叫び声か何だか分からない声でうるさくなり、遠くに電車のライトが見える。俺はその女子を抱き抱えた。そして、ホームへ置いて、自分もホームに乗り上がろうと手に力を入れた。その時だった。左から眩しいライトが照らしてきて、耳にはブレーキ音とクラクションのような音が響いてくる。きゃぁーという叫び声が聞こえたのを最後に、俺は宙を飛んだ。全身骨折、内臓破裂、脳内欠損、心肺停止、即死だったらしい。俺は、50メートルほど飛ばされて、死体になった。俺は、死んだのだ。この日、一人の少年は、自分の命と引き換えに少女を助けた。そんな新聞の記事が出たときには、もう葬式が始まっていた。