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ココネのうた  作者: 筑波社
ある街で――
8/23

今日もコネコと戯れる 2

 不意打ちに礼を言われて驚き、口ごもってしまった。

「それでね」

 そう言いかけたまま、ドールは残りの食事を始めてしまった。何だったのか問いたいが、ここはおとなしく待つことにする。

 ここでこうして、他人にパンを振舞っていることがすごく不思議なことに思えた。一昨日以前であれば、笑ったかもしれない。

 なぜと訊かれれば、自分でもわからなかった。でも気づけばサンドイッチを用意して、水を汲んで、ここでこうしてドールの食べる姿を眺めている。

 今朝の食べ物を送っていた少女を思い出す。毛布を贈ったであろう人物を想像する。彼女らはどうしてそのような行動に至ったのか。

 歌――なのだろう。歌詞も声もそう、ギターの演奏もそう。惹きつけられるのだ。今日なんて、気づいたらタネを捏ねている最中に、鼻歌を歌っている自分がいて唖然としたものだ。

「おいしかった!」

 いつの間にかドールが全てを平らげていて、いつものように手を合わせた。

「今日も、ごちそうさまでした」

 それでね、どうやらこの言葉に続く答えは、これだったようだ。

「おなかいっぱい!」

「明日も食べたいか?」

 訊ねると、うんとすぐさま答えが返ってきた。

 少し、考えがあった。父が本当に自分に足りない部分があるというのなら、試してみようと。

 そして食事を終えて間もなく、ドールはいそいそとギターを持ち上げ構えた。左手が弦に振り落とされ、ギターは音を奏でる。真剣な眼差しに変わったドールの口から、いつもと同じたった一つの歌が紡がれる。

 歌は言う。

 僕はいつか空にきらめく星になる

 その日まで精いっぱいうたをうたう

 まるで歌詞が具現化してドールの形をとり、口を開いているようにさえ思える。命を削るように延々と、それこそ星になるまで歌い続けようしているように。

 もうドールの目に――盲目だから初めから映ってはいないのだが、自分は見えていない。歌い始めたら誰も映らず、ひたすらただ歌うだけ。

 トレイを拾い、広場を後にする。

 一度だけ振り返った。月明かりだけに照らされたドールは、広場の中、白く浮き出るようにそこにいる。

 店の二階にあがると、居間に父の姿があった。何をするでもなく、椅子にふんぞり返って、にやにやとこちらを見ている。

「ご執心のようで」

 面白がるように、皮肉たっぷりに父は言う。

「頼みがあるんだけど」

 言葉を無視して一つ頼みごとを言い置き、居間を後にしようとした。まともに相手をしていたら、血管が何本あっても足りない。ドールに対してしてることは、父にとってからかうに、これ以上ない材料であるだろうし。

 自分の部屋の敷居を跨ごうとした時、あきらめない父の声が追いかけてくる。

「別に連れてきたっていいんだぞー」

「ばか言うなよ」

 これで会話は終わりと、自分の部屋に逃げ込む。蝋燭には火を灯さず、暗闇の中でベッドに仰向けに倒れこんだ。

 ドールを民間人が所有することは、慣例で禁じられている。金を持つ商人と貴族の差を、はっきりさせるためだ。でなければ、ドールに毛布を与えた人物辺りがとっくに連れて行っているのではと思う。

 立場上半人前の自分が、家にドールを連れ帰るなどできるはずもない。

 ただせめて、この冷える夜、どこかで暖でもとってくれたならくらい思う。でないと本当に、遠くない未来に、命が燃え尽きてしまうような気がする。

 寝返りをうち、窓の方向を見る。

「歌が……」

 嫌な想像をしていた手前、慌てて窓に駆け寄った。

 広場に目を落とすと、そこにドールの姿はなかった。しかし、そこに姿がなかったことに、むしろ安堵する。川に水を飲みに行ったのだろう。

 窓に背を向ける。明日は店の定休日。いつもに増して真剣にパンを作ろう。

 心に誓った。

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