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ココネのうた  作者: 筑波社
ある街で――
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疲れたコネコにパンを 1

 マイスター。それは国に認められた、いわば手形だ。

 その資格を持って初めて、その物を販売することができる。その取得方法は対象によって大きく異なるが、パンの場合は毎年二度行われるコンクールで、最優秀賞を取ることだった。

 参加資格は15歳から。そして今年、その年になり臨んだ結果は優秀賞だった。成績からすれば全体で二番目に良い結果だ。最年少初参加でこの成績ならば人は褒めるかもしれない。まして年齢に下限があっても上限はない。参加者のほとんどは二十代で中には三十代だっている。その中にあっては十分な結果だったのだろう。

 それでも自分にとってそれは意味のないことだった。栄光が欲しいわけではない。マイスターの資格――ただ唯一、それだけが欲しい。

 自分の店を持つ。それが夢だから。

 パン屋の息子として生まれ、ずっと共に育ってきた。当然最優秀を取れるものと思っていた。

 腕は一流のパン屋仕込み。劣っていたとは思わない。

 結局、ある段階まで達してしまえば運なのではないだろうか。どんなに最高のパンを作ったとしても、人には好みがある。その好みに合わなければ最優秀は取れないのだ。

 実際これ以上どこを改良していけばいいのか自分でも、父の作るパンを見てもわからなかった。

 父には愛が足りない。真顔でそう言われた。

 そんなはずはない。こうして人生を捧げてきてそれで愛が足りないなど言われても、信じるには値しなかった。そもそも、もしこれ以上パンに愛情があったとして何が変わるのか。運と諭したくない父の、方便なのだろうと今は思っている。

 思考を中断すると、ちょうどパンの焼きあがる時間だった。もう夜もそれなりに深い時間帯だ。

 いつも通りのバゲット。コンクールの課題で、調味料が少ない分、腕の差が出やすい。

 オーブンから取り出したそれを見やる。

 ――上出来だ。

 父のパンにだって引けはとらない。足りないのはただ一つ、マイスターの資格だけ。

 焼きあがったパンを均等に切り分ける。売り物として出せないこのパンはこうして、次の日の家族の朝食になる。出来上がりを食べさせられないが、修行中の身としては、店が終わってから出ないとパン作りが始められないので仕方なかった。

 サクッと外側の皮が包丁で押し付けられて音を上げる。

 端を口に運ぶ。慣れ親しんだ味だ、うまい。

 後片付けを始める。外に意識を向ければ、歌が聞こえて来る。

 それも夕方からずっと。

 夜を意識してというよりは純粋に疲れか、ギターの音はなくなり、声量もかなり落ちていた。耳を澄まさないと屋内では聞こえないくらいだ。

 ずっと歌い続けている。当然、最低でも夕方からは何も食べていないのは間違いない。 

 視界に湯気を上げるパンが映る。しばらく、誰かに出来たてのパンを食べてもらっていないなと思った。

 それにこんな時間まで世間に音楽を流し続けるのはさすがに近所迷惑ではないだろうか。もっと夜が深まれば、善くない輩が茶々を入れに来るかもしれない。

 特にドールは貴族の富の象徴だ。人の恨みを買いやすいともいえる。

 ――忠告だ。忠告に行くだけ。

 ついでにパンを少し分けるくらいいいだろう。どの道毎朝、残り気味なのだし。

 何言い訳してるんだ。と自嘲する。

 ずっと気になっていた。ドールがどうしてこんなところで延々歌い続けているのか。そして不思議と頭に残るこの歌。近くで聞いてみたかった。

 

 空を見上げて、笑い飛ばしてやる。

 

 覚えてしまった歌詞を思い出す。

 そう心に決めると、二切れ、真ん中の大きい部位をトレイに乗せ厨房を出た。

 広場は取り巻く家々から洩れる明かりと、空で白く輝く月光のみだ。今日は満月、当たりは真っ暗闇ではなくある程度の視界を確保できる。目が慣れればもっと見えることだろう。

 ドールは夕方と同じ、店の正面方向にいた。ただ泉の縁からは降りて、それを背もたれにし、ギターを抱きかかえて座っていた。

 歌が一曲終わるのを待って近づいた。ずっと同じ歌を歌っているので終わりはわかる。

「どう、食べるか?」

 突然上からかかった声に、ドールはびくりとなる。気にせず、ずいっとパンの乗ったトレイを前に出した。

 何のことかと、怪訝そうにドールは見上げた。

 その顔を見て、驚きにトレイを落としそうになるのを、何とか堪える。

「その目……」

 ドールの目には、瞳がなかった。

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