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ココネのうた  作者: 筑波社
エピローグ
23/23

いつもうたの中に 4

 手が伸びる。

 非難も、抵抗も受け入れる。それでも、譲るわけにはいかない。

 来るだろう行為に身構えたが、しかしその手は乱入者を壇上から追い出すためのものでも、まして暴力を振るうためのものでもなかった。

「貸してあげてくれませんか? お願いです……」

 伸ばされた手は自分を庇うための少年のものだった。相手の男の方が歳も大きさも一回り以上ありそうなのに、それでも立ちはだかった少年は言った。

「だがな……」

 思わぬ加勢に面食らう男だが、それでも渋り声を漏らす。

 その気持ちは多いに正当なものだ。こんな小童がただひたすらに我侭を言っているに過ぎないのだから。

「それでも……どうかよろしくお願いします」

 少年は手を腰の脇に持っていくと、深々と頭を下げた。慌てて自分もそれに倣う。

「そこまで……言うのなら」

 少年二人にここまでされてさすがの男もうなずかざるを得ず、なんとか了承を受けた。

 一人だったら一笑に伏されただけだっただろう、少年には感謝の念が絶えない。

「ありがとうございます!」

 まずは少年に、言葉で礼を告げる。

「いえ……それよりも」

 首を振ると少年は男の持つギターを示した。

「何をするつもりか知らないが、壊さないでくれよ」

「はい。本当に……ありがとうございます」


 一刻も早く。

 逸る気持ちを抑えながら礼を言って、ギターを受け取りバンドを肩に回した。

 擦り切れの目立つそのギターは、しかしつやつやとしていて、年季と同時に大切にされていることが伝わってくる。

 少年に目配せすると、彼はこくりとうなずいた。

 回れ右をして、つい先ほど押しのけてきた民衆を向く。

 思ったよりも人は帰っておらず、むしろ予期せぬ揉め事に興味津々だ。

 十分。自分が相対するには十分すぎる人数だ。

 しかし今ここで聞いてもらう歌には、多すぎることなんてない。一人でも多く、よりたくさんの人に聞いてもらいたい。

 ごくりと唾を飲み込む。

 いざこの場に立って、注目が自分にあるとわかって、何から話せばいいのか、何を伝えればいいのか、緊張と相まって真っ白になりかける。

 しかしそれも一瞬のことだった。

 ――わかったからだ。

 わざわざ話し、伝える必要のないことに。ただ感じてもらえればそれでいい。ありったけのココネを、歌にの中に込めているのだから。

 弦を爪弾く。いくつかの音階を鳴らしてみて調律を試みるが、さっきまで演奏に使われていたギターだ、その必要はなかった。

 今度こそ伴奏を始める。ざわついていた聴衆から雑音が消えた。

 そして歌を込める。ココネのことを思い描きながら。


 生まれの不遇で、さらに視界すら奪われて生まれたココネ。

 しかしだからといってあの子は塞ぎこむなんてことはしない。

 自分と一緒にいたココネは歌に興味を示して、そして自然と歌うことを覚えた。

 それからのココネは本当に楽しそうに、嬉しそうに――幸せそうに歌を歌うのだった。

 目が見えなくても、身体が小さくても、ドールというただの嗜好のために生まれた存在であっても、歌がある、声がある。

 声が枯れたら水を飲む。疲れたらお腹を満たして、そうして寝てしまえばいい。そしてまた次の日、せいいっぱい歌うのだ。

 そうやってココネは確かに生を全うしていた。元気に楽しく――無邪気に。

 そしてそんな姿を見て元気をもらうのだ。

 自分も頑張ろう、って。


 ありったけのココネへの想いを歌に込めて吐き出した。それで、自分の作ったココネの歌は終わり。


 ――?


 それなのに弦を弾く指の動きは止まらない。

 じゃんじゃん、と楽しげに鳴らしていたココネのように終わらない。

 そして自然と、閉じた口がまた開く。頬を伝った何かが飛び込んで――しょっぱい。

 そうして今度は見知らぬ、ココネを想って、また歌を歌うのだ。

 誰かのために――そう自分のために、見えないガラスの瞳をまっすぐ向けて、大きな声で元気になれって歌うのだ。

 そうやってココネの歌は確かに届いて、元気になって、ここに立たせ、ぐるりと囲む彼らの心も温かくして。


 ――ココネは歌になった。


 何度も何度も、繰り返し「ココネのうた」を歌った。

 何週目かになると、声も出なくなって、嗚咽が零れるばかりで――それでも搾り出すように声を出した。

 すると前触れもなく歌が格段に大きくなった。

 振り返ると、合唱団の面々が笑みを浮かべながら、ココネのうたを歌ってくれていた。ギターを渋々貸してくれた人だって、大きくうなずいて口を開いている。

 また何週かすると、さらにわっ、と広場が沸いた。今度は四方八方。ここに集まった皆が、ココネの歌を歌ってくれていた。

 ――満面の笑顔を浮かべて。


 ただ一人だけ涙を流して声を殺す自分に苦笑いを浮かべ、叱咤して歌を歌う。

 そうしてずっと声が枯れるまで飽きもせずに歌い続けた。


 ココネはそこら中に数え切れないくらい存在する。

 ――それぞれの歌の中に。歌の染みた身体の中に。温もりの心の中に。

 だってこれは――


 ココネのうた 


 なのだから。

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