いつもうたの中に 3
呆然とした気持ちで前を見つめていると、合唱団の中でも特に若い少年、十代半ばくらいだろうか、が先頭に出てきて、声を上げた。
「この歌はもともと私たちが作ったものではありません。ご存知の方も大勢いらっしゃると思います。この歌はある小さな子が、一日中をかけて歌い続けていたものです」
ある小さな子。間違いなくココネのことだ。
「私はあの子に大きな勇気と喜びをもらいました。だから……恩返しがしたいんです! この歌には、いえ、あの歌声には――ある願いが込められていました。それはある人に元気になって欲しい、それだけの想いです。そのために歌い続けていました。もう歌えなくなってしまった――永遠の眠りについたあの子の代わりに、かの人が元気になるようにと……」
握りこぶしを胸に押し当て、くやしそうにしながら少年は続ける。
「だから皆さんも、ふとした拍子でいいのです口ずさんで頂けたなら、それがきっと想いを後押しするものになると信じています」
少年は言い終えると、ふーっと深い息をついて頭を下げた。
「今日は、聞いてくれてありがとうございました!」
ぱちぱち、と少年の口上が終わると共に乾いた音が送られる。飛び火のようにあちこちで湧き上がって、わっ、と大きな拍手となった。
足元がふらついた。いや、世界そのものが歪んだのかもしれない。
――信じられない思い。
きっとあの日だろう。病に倒れたあの日、ココネが追い出されたあの日。
あんな不自由な身体で、それでもココネは確かにここに来て、そして歌を歌ったのだ。一日中だという、その日だけだったのだろうか、それとも次の日も、次の日も――
そして――少年の言葉を思い出す。
認めたくなかった。頭の中ですら想像することに、大きな勇気を必要とする。
少年の言葉を信じるなら、ココネはもう――どこにもいない。
今すぐこの場で泣き叫んで、崩れ落ちたかった。
「待ってください!」
しかしそんな気持ちとは裏腹に、気づけばあらん限りに声を張り上げていた。こんな大声が出せることを、生まれて初めて知る。
注目が集まるのが分かった。合唱が終わって広場を後にしようとしていた人々が、何事かとその足を止める。
誰一人としてこの場を離れて欲しくなかった。
決意して前へと進む。ざわつく音を耳にしながら、無礼を承知で壇上に足をかけた。
こんな場所に憧れていた。そんな遠かった夢が、少し足を上げるだけでいとも簡単に叶ってしまう。
合唱団の面々が当惑と不信感を浮かべながら非難の視線を浴びせてくる。
そちらから目を切り、先ほど口上を述べていた先頭の少年に顔を合わせる。少年は驚いた表情を浮かべていたが、こちらの浮かべる顔に何かを感じとったのか、神妙な面持ちに変わると、頷いてくれた。
「すいません……失礼な上にこんな頼みごと……なんですが、ギターを貸していただけないでしょうか?」
図々しくもそう訊ねると、少年以外の合唱団の不信感は怒りに変わり、奥のほうにいた一人の
男がずいっと出てきた。
さっきの歌で、ギターを演奏していたその人である。
いつもの自分ならば確実にたじろいでいたことだろう。もしかしたら脱兎のごとく逃げ出していたかもしれない。しかし今は、微塵も退がろうとは思わなかった。




