終わりのはじまり 1
部屋は緊張感に満たされていた。
中にいるのは五人。
寝台で時々、咳き込み苦しげに息をする令息。
心配そうに立ち尽くし、両手を祈るように組んだ奥方。
あれこれと見知らぬ器具を駆使する医者。
彼らと少し距離を置いて腕を組み、苦い表情を浮かべる旦那。
そして屋敷の使用人である自分。
状況からも見て取れるが令息の容態がかなり悪いために、これほどの人間がこの部屋に集まっていた。
元々身体が弱かった令息はよく発作を起こしその度、騒ぎになっていたのだが、今日はいつもと違う感じだった。
「ふう……」
いつにも増して厳しい表情の医者。時折触診したり脈をとったりとしていたが、ため息に似たものを口から吐き出すと、令息から目を離し椅子の上で反転する。
固唾を呑んでそれを見守る奥方の前で目を伏せ、次いで父親を見た。
「今夜が峠でしょう。このまま絶対安静でお願いします……」
「息子は……助かるんですか!?」
神にすがるような面持ちで奥方は医者に訊いた。
今夜が峠と言っていたではないか、冷たい気持ちで内心反論した。令息の生死はこれから分かたれるのだ。どうしようもないほど動転しているのだろう、奥方には医者の言うことの半分も理解できていないに違いない。
「手は尽くしましたが、私の力でこれ以上のことは……あとは彼の生命力に託すより他にありません」
ふるふると首を振りながら、医者は厳しい状況を改めて伝えた。
「ああっ!」
奥方は悲鳴を上げてその場に崩れる。それでもなんとか這うようにして寝台の傍らに辿り着くと、荒い息の息子の手を手繰り寄せ握り締めた。
息子のそのつらそうな顔を見て、自分のことのように顔を歪める奥方。
妻のそんな様子を見ていた旦那が不意に目を逸らした。そのままこちらを見ると、部屋の外へ目配せをする。
用があるからついて来いという合図だ。
この合図にうなずくことで返事をし、先に部屋を後にする。
外開きのドアを開けると、外から「うわっ」という悲鳴と共にたたらを踏む小さい影が視界に飛び込んできた。
「ココネちゃん」
令息の両親が部屋に入ってきた時に、追い出されたのだ。それでも心配で仕方なく、ドアにくっついて聞き耳を立てていたのだろう。
令息がココネを気に入っていることを両親が、いや、特に奥方がよく思っていなく、こういう扱いをされる光景は頻繁に見られる。
「ここにいたのか。ちょうどいい」
旦那のために手で押さえ、開けたままにしていたドアからその人が姿を現わした。その先にココネがいることを確認すると、無造作にその手をとった。
「お前――」
旦那は名前を呼ばずそう言って自分に声をかけた。
彼は元来家庭にはそれほどの興味を示すことはない。あくまで体面的にしっかりと管理はするが、きっと使用人である自分の名前も覚えていないに違いない。
ココネは怯えている様子で小さくなっていた。
「これを捨ててきてくれるか?」
と言って旦那はココネの腕をぐいっと持ち上げた。
無理やりに引かれたせいでココネの身体がほとんど浮いた状態になり、その痛みに悲鳴をあげる。




