込められた想い 1
次の日は雨だった。
初冬の曇天から降り注ぐ雨粒は冷たく、肌に刺すような痛みすら与える。
人から外出する気力を奪い、結果として通行人が減り、そうなれば店に来る客は普段よりも少なくなる。
さらにパンは湿気に弱く、そのため他の業種より大きい影響を受けるのだ。作るパンの数を抑え、それでも平常時より残ってるパンは多かった。
要は、暇なのだ。
「もう閉めるかー」
いつの間にか背後に立っていた父が提案した。まだ閉店まで時間はあるが、売り上げが見込めなければ閉めてしまうことはよくあった。
「わかった」
言葉を返して、閉店を知らせる案内を掲げに店先に向かう。
「あら、今日はもうおしまい?」
一人、お客がやってきた。
「ああいえ、どうぞ。いらっしゃいませ」
快く迎え入れる。父に目配せをしようと振り返ると、すでにその姿はなかった。とりあえず自分は会計台に戻ることにする。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
と言ってトレイをとると店を周り始めた。
近くに住む常連の奥さんである。外見は若く美人だが、これでも二児の母で、大工の強面の旦那を日々尻にひいているのだ。
「今日も頑張るわよね、雨なのに」
パンを見繕いながら奥さんは言う。
外を意識すれば聞こえる、雨のせいで掠れた歌。ドールのことだろう。
「そうですね」
昨日のことを思い出し、少し憂鬱になる。あの後ドールの元へは行っていない。一方的に自分が癇癪を起こしただけなのでばつが悪かった。しかし、トレイは回収に行かなくてはいかない。
「でもあれよね、あの歌を聞かないと落ち着かないって言うのかしら、頭から離れないのよね」
昨日も料理しながら、気づいたら歌ってたもの。と呟く。
その気持ちは理解できた。ドールの歌は耳を越えて体の内側に響く感じがする。あの声を聞いていると、不思議とやる気が沸いてくる。
「今日も歌を聞きにここまで来たようなものだもの。で、ついで、に寄ったの」
ついでの部分をこれでもかと強調して、いたずらっぽく奥さんが微笑んだ。こういう仕草をすると本当に母親とは思えない。
「ありがとうございます」
努めて営業用の笑顔で返す。
「どうしてかしらね。あんなに必死で、誰のために歌っているのかしら」
「誰のため?」
なぜはともかく、自分は歌を歌いたくてそうしているのだと思っていた。
「でも、やっぱり疲れてるのかしら、昨日よりは元気ないような気がするのよね」
自分の問いには答えず、選び終えて奥さんは会計台にトレイを置いた。
「毎日ですからね――かなり疲労はしているでしょうね」
厨房から出てきた父が会話に混ざってくる。閉めると決めて、厨房の片付けに行っていたのだろう。
「あれじゃあ、身体壊しちゃうわ、絶対」
ここは二児の母の言葉だ。信憑性があった。
「そんなにつらそうでしたか?」
夜に見た、地面に座り込みながらでも歌っているドールの姿が思い浮かぶ。
「うーん、今すぐってわけじゃないけど……」
今すぐではないと言われ安堵する。商品を持ち帰りようの袋に入れ終わる。
「わざわざついで、に来てくれたんです、サービスしますよ」
いつの間に何点かパンを持ってきた父がそれも袋の中に入れた。
「聞かれちゃってたみたい」
てへ、と奥さんが舌を出す。
「店長ぅ、ありがとうございますー」
「いえいえ、いつもご贔屓にありがとうございます」
とかく、父は美人に弱い。
「また来まーす」
サービスをもらって気をよくし、足取りの軽い奥さんは手を振りながら店を出て行った。その先は冷たい雨の中なので、上機嫌も長続きしないかもしれない。
「よし、じゃあ今度こそ閉めるか」
「はい」
閉店を示す看板を提げに行く。
「あとよろしく!」
父は全て店の後片付けを丸投げにして、さっさと二階に上がっていってしまった。いつものことだ。




