コネコが選ぶただ一つのパン 2
同じ材料、同じ配合、同じ行程。いったいどこにそんな明確な差が生まれる余地があるというのだ。
気づけば、泉から背を向けて歩き出していた。
入り口から厨房に入る。残っていた自分のパンの前に立って、手に取り食べてみる。
うまい。慣れ親しんだ味だ。店で出しているものとも遜色ないように思えた。自分のパンに問題はない。ならば、純粋に父のパンがより優れているということだ。
父のパンを口に運ぶ。飲み下して気付く。
「これは……」
確かに、父のパンは自分のものと異なるものだった。他のパンもつまんでみる。やはり違う。ドールが選ぶだろう理由がそこにはあった。だがそれは、自分が想像していたのとは違う形で、だ。
無言で厨房を出た。店の置くから階段を昇り居間に出ると、目的の人物はすぐに見つかった。窓辺で椅子に腰掛け肘を突き、手には紅茶の入ったマグカップ。
窓の下には広場がある。一部始終を眺めていたとみてまず間違いなかった。それならば話は早い。
「どういうことだよ」
怒りを抑えているせいで、抑揚のない声が出る。父はそこで初めて気付いたといった風に一瞥をくれたが、すぐ視線は元に戻った。
「何が、愛が足りないだよ」
はあ、とあからさまなため息をついてようやく父の身体がこちらを向いた。
「ただのいんちきじゃないか」
「いんちき? なんのことだ」
父がとぼける。わからないわけがない。そうでなければ、パンのあの味の説明がつかない。
「親父の、さっき食べた。なんだよあれ」
そう、一口食べてすぐにわかった。三種類とも、店に出しているものより明らかに甘かった。さらに水分を多めに配合しており、普段のものより何割か、しっとりしたパンが出来上がっていた。
「おお、気付いたか。さすが」
父は気のない渇いた拍手を送る。
侮ってもらっては困る。いったい何年父のパンを食べてきたと思っているのか。今日のパンは店に出せない代物だ。下味が少し強く付いてしまっている、あれではスープには合わない。さらに水分の多いせいで痛みも早い。
しかし、こと今日の食べ比べにおいてそれは、プラスの要因となる。
それはドールが一日歌い続けた後だということ。疲れた体には甘いものが欲しくなるとはよく言われることだ。それに、子供は甘いものが好きというのも世間の常識。そしてこれは自分自身が見て経験したことだが、相当のどが渇いているドールにとって、最も欲しているのが水分ということだ。当然差の少ない中どちらを選べと言われれば、甘くてしっとりしたパンの方を選ぶに決まっている。
「俺がやろうとしていること気付いてたんだろ?」
すなわち、父と自分のパンを食べ比べさせることを。
「もちろん」
素直に父は認める。
「だからわざとドールが選びそうな味に変えたのか。そこまでして、見習いに勝ちたいのか!」
ここまで余裕だった父の表情が、きっ、と険しく変わる。
「勝ち負け? そんなのどうだっていいさ。ただマイスターとして、人様に出すものに手を抜くつもりがないだけだ」
それに、と父はさらに言葉を繋げる。
「お前は父さんの言ったことがまるでわかってない。愛が足りないって言っただろ。あれは、からかいでも冗談で言ったわけでもない」
ならば、愛を加えるというのは、自分の味を変えることだというのか。内心で反論する。




