そのよん! 「やっぱり、サンタくんなんて大っっっっ嫌い!!」
バレンタイン編はこれで終了です。
「……はぁ」
とぼとぼと歩いていたあたしの口から、無意識にため息が出た。
あの子の、ピンクのふわふわした、可愛いラッピングだったなぁ。
あたしの用意したのは……こげ茶色の、手のひらサイズの四角形の箱。……地味、だったかな。
きっと、彼女のチョコは、ラッピングと同じように、可愛くて女の子らしいもの、だよね。ハートの形のチョコに、文字とか飾り付けとか、しっかりしてあるような。
サンタくんは、日頃からあたしに、『俺はモテるからな』と、冗談混じりにあたしに言ってた。彼から嘘を言われたことはない。だから、それは本当のことなのかもしれない。
だとしたら、今日、サンタくんは、さっきの彼女からもらったようなチョコを、いっぱいもらったってこと?
……悔しい。すっごく悔しい。
理由は、わかんない。だけどあたしは、それを悔しいって思ったし、悲しかった。
急に、虚しくなっちゃった。昨日まで、頑張って用意してきたあたしのチョコが、ちっぽけに見えた。
今から戻っても、サンタくんはいないかも。それになにより、あたしはどんな顔をしてサンタくんにこれを渡せばいいの?
……もういいや。渡すのは、諦めよう。明日、サンタくんから散々イヤミとか皮肉とか言われるけど、もういいや。忘れちゃったって、言えばいいよね。
もともとは、サンタくんが図書室に来ないのが悪いんだよ。あたしは、ちゃんと準備してたのに。
うん、なんか、ムカムカしてきた。
「……これ、どうしよ?」
手元に残ったあたし作のチョコ。せっかく作ったんだし、なにより食べ物だから、捨てるのはちょっと、ね。
もったいないし、食べよっかな。ちょっとお腹すいてたし。
チョウチョ結びをしてた小麦色のリボンを解いて、箱を開ける。中には、小粒の茶色いトリュフがいくつか入ってる。
一番上に乗ってたのを一つつまんで、口の中に放り込む。
「あむっ……」
う……なにこれぇ。
板チョコが溶けきってなくて、ダマになってるよぅ。これじゃ、チョコチップみたい。
これは、むしろ、あげなくてよかったかも。サンタくんのことだから、絶対からかってきたよね。『俺ののどを詰まらせる気か?』とかなんとか言ってきそう。
……なかったことにしよっと。
失敗作をパクパクと食べていって、あっという間に、中身が全部なくなった。
「にが……」
うービターチョコで作ったから、すごく苦い。もっと甘いのが好きだから、ちょっとつらい。
……本当に渡さなくてよかったかも。だって、きっとサンタくんにあげたら、『他のやつのほうがうまかった』って言われたかも。
そんなこと言われたくなかったし、やっぱりこれで、よかったはず。
でも、なんでかな。ちょっとだけ悲しいような。
「ううー……」
口の中が苦いよぅ。
図書室に置いてるあたしの荷物の中にお茶があったはずだから、すぐに戻って飲もう。
それで、今日はそのまま帰ろう。サンタくんに今は顔を合わせにくいし。
ヨロヨロと歩いてると、後ろから足音が聞こえた。
「おい」
「? サ、サンタくん」
な、なんで? なんでここにいるの? あの女の子は?
サンタくんは不機嫌丸出しで、あたしを睨んできた。
「お前、どこ行ってたんだ。図書室にいないなんていい度胸だな?」
「それはこっちのセリフだよ!」
もともと、サンタくんが来ないからあたし、探しに行ったんだけど!?
サンタくんを見てると、さっきまでのイライラが復活した。
睨み返してると、サンタくんが目を細めた。悪びれる様子なんてないし、サンタくんはべつに気にしてないみたい。
「……まあいい。もちろん、献上品はあるんだろうな? 伊月」
「……う。な、ないない、ないったらないもん!」
「ほう……?」
「うううう……! 怖いから魔王モードやめてぇ!」
一瞬で不機嫌モードから魔王モードになったぁ!
うう、何回見ても、サンタくんのこの表情と雰囲気は怖いよぅ。
で、でもでも、ないものはないんだもん!
「わ、忘れちゃったの!」
「へぇ……」
凄まないでよ! そんなことされたって、あたしはもう持ってないし。
でも、サンタくんに知られるとまずいよね。ラッピングの箱、見えないように後ろに持とうっと。
そろーっと静かに腕を動かしてっと。うん、これで大丈夫なはず!
サンタくんを見ると、相変わらずの魔王モードだ。こんなの見たら、子どもが泣いちゃうよ。いつ解除されるのかな。
「お前、食ったろ?」
なんで!? なんでバレてるの!?
図星をさされて、あたしは思わずバッと目を逸した。
あっ! や、やっちゃった。こんな反応したら、ますますサンタくんの思うツボだよ!
でも、目も合わせたくない。あんまり黙っててもわかっちゃうから、なるべく普段通りの声を意識して出さなきゃ。
「な、なんのこと?」
「そうか。とぼけるか」
ま、まだ、まだ大丈夫なはず!
なんか、妙に確信してるけど、まだごまかせるよ、きっと!
内心はおどおどしてるけど、表情には出さないように必死に我慢した。
そんなあたしにサンタくんは一歩近づいてきた。そして、また一歩。
……な、なに?
二歩も近づいたのに、サンタくんはまだ距離を詰めようとしてる。
ち、近くない?
慌てて、あたしはそのまま一歩下がった。だけど、それと同時にサンタくんのほうもこっちに来るから意味がない。
それを何度か繰り返してるうちに、あたしの手に硬いのが触れた。
これって、もしかして、壁!? お、追い詰められちゃった!?
手に持ってるラッピングの箱のせいもあって、これ以上あたしは後ろにさがれない。なのに、サンタくんはまだ足を動かしてる。
え、ええ、ちょっと、どこまで近くにくるの?
サンタくんは、あたしとの間に定規が入るか入んないかくらいの距離を残して、やっと止まった。
うん、絶対近いよ、これ!
「……」
「……」
うう……至近距離の魔王モード、怖い。変な汗がだらだら流れちゃうよ。でもこれ以上さがれないし。だからといって、横からは逃げれなさそう。サンタくんの目、ドラマで見たお嫁さんをいびる姑みたいだからね!
ライオンに狙われたら、こんな感じなのかな? すっごく獰猛な光がサンタくんの目にあるよ?
もしかして、う、動いたら、食べられちゃう!?
そのまましばらく、サンタくんとあたしは無言で睨み合ってた。
先に動きを見せたのはサンタくんだった。というよりも、あたしは食べられるかと思って動けなかった。
魔王モードだったサンタくんが、急にニヤリと笑った。いかにも悪だくみしてますって顔で。
そ、その顔は!
あたしは後ろに一歩さがろうとしたけど、背中には壁があって無理だった。グシャッって音がしたから、ラッピングの箱、潰れちゃったかも。
この表情のサンタくんって、ろくなことないんだよね。ある意味、魔王モードよりもタチが悪いかも。
ごくり。……な、なにを言われるのかな?
「!」
封鎖された!? サンタくんの両方の腕が、あたしの顔の左右にあるんだけど。
もしかして、これって、完全に逃げられなくなっちゃった?
ど、どどどどどどどどどうしよう!?
サンタくんはお構いなしに、さらにその無駄に整ってる顔を寄せてきた。だから! 近い、近いってば!
抵抗しようとしても、腕で封じ込められてるから、あんまり動くことができない。できたとしても、せいぜい身動きする程度くらい。でも、何もしないよりはいいよねっ!?
な、なんでっ? か、体が動かないよ!?
うわ、うわうわわっ!? どうしよどうしよどうしよう!?
というか、なんでまだ近づいてるの!? こ、このままじゃ……!
唇の端ギリギリ。そこに柔らかさと湿った感触がした。
「???!!!!!?!?!!!?」
口から声にならない悲鳴が出た。
顔がものすごく熱いけど、当たり前。
だって……だってこんなの、キスの一歩手前だよ!
間近にあるサンタくんの顔を呆然と見ると、彼は不敵な微笑みをしてやったりというように浮かべてた。
「いっいいいいいま! な、なめ、舐めた!?」
「それが? チョコレートがそこにしか残ってなかったんだ。それは本来俺のものだから、別にいいだろ」
どこか確信めいた口調で「食ったろ?」って聞いてきたのって。
も、もしかして、あたしの口の端にチョコがついたままになってたの?
だけど、それとこれは別! あたしの全身が震え始める。それが羞恥か怒りでかは、それどころじゃないからわかんない。だけどたぶん、どっちもだと思う。
ああもう、どうしてこんなことするの!?
「セ……セク、セクハラだよ!」
だけど、サンタくんはニヤニヤと底意地が悪く笑ってる。
こ、この、セクハラサンタ! サンタくんなんて、変態眼鏡セクハラサンタだよ!
なにがそんなに楽しいの!? あ、あたしは、怒ってるんだから!
「今回は勘弁してやる。けど来年はそうはいかないからな。お前がチョコを用意しないつもりなら、次はこれを食う」
そして、親指でつっとあたしの下唇を撫でてきた。また触ってきた!
……って。『これ』って、え。えええええええ!!!???
口がぽっかり開いちゃうけど、それをはしたないなんて思わない。だって、そのくらいびっくりしたんだもん!
サンタくんが言ってることって、キスするぞってことだよね? き、聞き間違いじゃ、ないよね!?
予想外過ぎて、目が回りそう。頭がグルグルする。
なんでっ!? どうして!?
ッハ! あ、もしかして、サンタくんの冗談なのかな? ちょっといつもと趣向を変えた、サンタジョークなのかも?
そう考えたら、納得かも。そうだよ冗談だよ。サンタくんがそんなことするはずないし。
多分チョコを渡さなかったから、その仕返しであんなこと言ったのかも。
これ以上、からかわれたくない!
笑って、サンタくんを見上げてみた。笑顔が引きつってるかもしれないけど、ここは頑張れ、あたし!
「そ、その冗談、面白くないよ?」
「冗談に見えるか?」
「!!!?」
「ま、確かめたいなら、来年も『忘れて』みたらどうだ?」
ま、ままままま、まさか、まさかまさか! じょ、冗談じゃないの!?
サンタくん、真剣な瞳してるし、本当に、冗談じゃないの? ……本当に?
なんでそんなこと言うのかな? そんなにチョコくれなかったの、ムカついたの?
きっかけはそれだと思うけど、そんな行動に出始めたのか、全然見当もつかないよ。
何を言っていいのかわかんなくなって、あたしは目を泳がせるしかない。
さっきから、戸惑うことばっかり。
顔は熱いままで、このままじゃ湯気が出そう。この場合は、知恵熱じゃなくて、なに熱って言うのかな?
関係ないことが浮かんできて、頭の中はぐちゃぐちゃ。それもこれも、ぜーんぶサンタくんのせい!
ムッとするあたしを、サンタくんはクククと笑んでる。満足そうだけど、あたしはすごく不満だよ!
「一応言っておいてやる。ごちそうさま」
「ご!?」
ごちそうさまじゃないよ!
しかも、だからなんで、そんなに楽しそうなの!?
本当にわけわかんない!
今のサンタくんになにを言っても、もっと顔を熱くさせられそう。
だから、あたしができることといえば。
「……ううううう! やっぱり、サンタくんなんて大っっっっ嫌い!!」
エッロ! サンタくんエロ!
確かにこれは伊月の言うとおり、これはセクハラですね……。
この変態眼鏡セクハラサンタめ!
すべて勝手にサンタくんが動いた結果がこれだよ! おまわりさん、こいつです。
当初の予定では普通にチョコのドッチボールをさせるのみだったのですが。
「サンタくんのうわさ」で完全に彼はドエス心が芽生えたみたいですね。
伊月ちゃん、ご愁傷様です。彼からは逃げきれないでしょう。
この対である、「ホワイトデーもサンタくんと一緒!」をあげる予定です。
サンタくんの考えるお返しとは、一体なんでしょう?
もしよければ、読んでみてください。では、お楽しみに~。