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接触

 ブラジル・バレル基幹部のメンテナンス・シャフトには北米連合の駐留軍が集結していた。

 運営は地球圏連合と共同であるので否はない。

 彼らには軍人として一種の自負があった。

 テロに対抗するには、最前線で兵士が実地で行動すべき、という規範である。

 兵士の生命と秤にかけて正解とは言い難い事は承知している。

 現地指揮官は膠着している事態の打開を図ることを決断していた。

 兵士全員が危険を承知の上で最前線に立つ。

 意気軒昂であった。

 装備の質では地球圏連合が揃えているものに及ばないだろう。

 だがそれだけに実戦で体を張る事に誇りさえ感じているのだった。

 最前線での判断は、遠隔操作に頼る地球圏連合の機械兵よりも優れると自認している。

 そんな彼らがメンテナンス・シャフトの搬入エレベーターを上っていった。


『基底部に到達。偵察開始』

『工兵部隊到着』

 工兵部隊で橋頭堡の確保を最優先で行い、拠点を作る。

 その上で面で安全地帯を拡げて行くのがこの作戦の要諦だった。

 資材さえあれば都市戦で臨時の小型要塞を一時間ほどで作り上げる猛者達だ。

 偵察部隊も中南米各地で毎年のように派遣されて実績を積んでいる。

『有線確保確認。中継ステーション設置開始』

「了解」

 静かに事態は進行していたのだが。

 変化は奇妙な遭遇戦から始まった。


 偵察部隊は宇宙港のメンテナンス基部から侵入し、無人の税関施設を制圧していく。

 メインゲートにその不審物体は出現した。

 サッカーボールのような球体が四つ。

 更に大きな球体が二つ。

 偵察部隊が随伴させていた四足歩行型護衛ロボット達が防御陣を組む。

 相互を狙点として対物フィールドと対光学フィールドを組む。

 脚を止めて防御を固めると、各種センサーでデータ収集を進める。

 精査するが、杳として正体が掴めない。

 先制攻撃をすべきか。

 メインゲートを迂回するルートを確認するが、そのルート方面に新たな不審物体が現れていた。

 攻撃してくるような様子は見られない。

 センサー類による情報収集の成果がないことを確かめると、前線指揮官は攻撃を選択した。

 

 小さな球体へ質量共鳴砲の先制攻撃が行われた。

 だが。

 球体の装甲が消失したのと同時に不審物体が一気に動き出した。

 いや、消えてしまっていた。


 目標を見失った偵察部隊だが、対物フィールドには負荷がかかっていることを示す警告表示が出ている。

 フィールド全面に爆発が広がったかと思うと、プラズマ臭が拡がる。

 周囲の空気が渦巻いた。

 あっという間にフィールドが飽和して消失する。

 偵察部隊が見た風景は爆発に次ぐ爆発だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 この訓練にも少しずつ慣れていった。

 ジリジリとしか変化できなかったけれど、少しだけだが早く変化できるようだ。

『そろそろ私の補助も減らしていくよ』

 脳内でレーヴェ先輩の声が響いた。

 驚きもあったけど、また課題が増えたことに気が重くなる。

 全部自力でこれをやれ、とそのうちに言い出すのだろう。

 そんな中でもいくつか気がつく事もある。

 感覚を高めたまま維持するのはむしろ易しいのだと覚った。

 意識が拡大する範囲も拡がっている様だ。

 母島の全てを大まかにではあるが認識できる。

 クルーザーの位置も分かる。

 しかも、正確に、だ。

 甲板に置いてあるデッキチェアと昼食が入っていたバスケットの位置も分かる。

 なんか、凄い。

『まだまだ。もっと広い範囲で知覚出来ないと話にならない』

「もっと、なんですか?」

『そうだね』

 今度は感覚を狭めるイメージで感覚を鈍くしていく。

 こっちのほうが難しい。

 加減が効かないのだ。

『自分を中心にして球体をイメージしてみて』

 言われるままに試してみる。

 先輩の補助のせいか、うまく認識できるようだ。

『その球体を拡げたり縮めたりするイメージで続けて』

 言われるままに続けていく。

 不思議なことに体のコントロールも容易になりつつある。

『はい、そこで止めて』

 自然な感覚の時点で止められた。

 何かあるんですか?

『そこが基準だね。自然であればその位置。そのまま留めて』

 先輩がそう言うと全身に奇妙な感覚が襲った。

 体だけでなく、心までもだ。

 なんというか、球体の中身が濃密になっていくようだ。

『これが次の基準。覚えておいてね』

「これ、どうなっているんですか?」

『君がキミ自身を知る為の準備って事だよ』

 やっぱり意味が分からない。


『異能と一括りで呼称してるけどね。実は人間は全員、異能の力の源は備わっているんだよ』

 えっと。

 人類皆異能者ってことになりませんか?

『だけど力を自覚できる人間は殆どいない。普通は抑制されてしまい発現しない』

「潜在的に異能者ってことになるんですか?」

『広義ではそう。でも余程のショックがあっても発現しないんだよねえ』

「ボクの場合は?」

『君はちょっと特殊だけど、基本は一緒。日本で言う所の五神通が全て備わっている事も分かっている』

「何ですか?それ」

『まあ後で調べてみたらいいよ。言い方が違うけど、超能力と言われているものも含まれているよ』

 ますます怪しい話になってきた。

 精神同調なんて異能の力で会話しているというのに。

『君もそうだけど、全員がテレパシーも念動もテレポートも扱える。そういう認識でいいよ』

「分かりやすいですね」

『うん。単に得意不得意があるってだけでね』

 そう言うと何か先輩からイメージが伝わってくる。

 奇妙な楕円形をしている。

『君には歪に見えてると思うけどね、その形が私にとっての球体だよ』

「これが?」

『私と君とでは感じ方が違う。個性と一緒でね』

「そういうもの、なんですか?」

『そういうものだよ』

 本当かなあ?

 今ひとつ信じきれない。

『この訓練は自分で自分を知るのに有効なんだよ。さあ続けようか』

 ボクが作り上げた球体が一気に縮む。

 体の中の一点に集約されていくかのようだ。

『中から中へ。結構キツいと思うけどがんばってね』

 でも拒否権はないんですね。

 意識を引っ張られる感覚にはもう慣れてしまっている自分が憎かった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 朝からニュースは宇宙からの情報封鎖の件で占拠された形になっていた。

 拡大EUの通信網も旧世界のものを流用した回線のみが無事なだけで、経済活動に支障が出ている事に変わりはなかった。

 謎の情報封鎖。

 それに加えて軌道レベーターの占拠だ。

 宇宙との物流が止まって一日が経過しただけなのに、その激震は計り知れないものがあった。

 ケニア・バレルへの派遣軍の話もあるそうだが、問題の早期解決に果たして繋がるのか。

 ブラジル・バレルの奪還失敗が噂され、インドネシア・バレルではテロ組織の正体が明らかになったなど、噂ばかりが先行していた。

 一体何者が仕掛けているのか。

 容疑者として最右翼に名前が挙がる人物がいた。

 だが彼の手がかりは杳として知れない。

 捕捉する機会はこれまでに二度あった。

 その機会はいずれも逃してしまっている。

 そしてその理由も分かっていた。


 宇宙の本国と連絡が取れていない事がもどかしかった。

 それに駐在武官の立場がいまや足枷となっている。

 拡大EUのエージェントによる監視は最早日常ではあったが、昨日からは姿を見せて監視してきている。

 これは一種の警告だ。

 外交官特権で身分の保証はあるものの、エア・カーには接収されたらマズい代物もある。

 いつもより早起きしてオープンカフェで朝食を買い込んだ。

 車に戻ろうとすると横合いから声をかけられた。

「よう、久しぶり」

 私が追いかけている容疑者の顔がそこにあった。

 学生に見えなくもないが、三十台の筈だ。

 人によっては日本人の好青年と評価するだろうが、中身はとんでもない奴だ。

「あなたは」

「お前さんまであんな連中に見られてるとはな。世知辛いねえ」

 しまった。

 拘束するにしてもこの状況下では難しい。

 そもそも、今所持している装備でこいつを拘束できるだろうか。

 確信が持てなかった。

「顔」

「?」

「せっかくの美人が台無し。少しは観賞させろよ」

「ふざけてるの?」

 こいつは。

 ここで殴ってやりたいが、周囲の目がある。

 できない。

 どうしても、できない。

「ここじゃ話がし難いな。お前さんの車で続きと行こうか?」

 路上に駐車したエア・カーを指し示す。

 彼が私の持っていた朝食を奪い取るとエア・カーの助手席側に立ち、ドアを開けて乗り込んだ。

 勝手な奴。

 だがこれはチャンスかも知れない。

 運転席に腰を下ろす。

 ドアに内蔵してある個体認証確認センサーに指を押し付けて、エア・カーの起動手順を開始させた。

 自動的に私の眼球で個体確認が行われる。

「オレも個体認証、しといた方がいいんじゃないか?」

「何を言っているの?」

「お尋ね者なのは知ってるさ。確証が欲しいんじゃないの?」

 そう言うと助手席側の個体認証確認センサーに指を押し付けたようだ。

 ドアの取っ手の死角側にあるのに。

 当然、眼球による個体認証はエラー表示が出た。

 しかも彼のデータは最優先で要確保対象だ。

 エア・カーのドアは自動的にロックされていた。

「何の真似?」

「オレについて確証が欲しかったんじゃないのか?」

 そうだ。

 彼を追っているうちに湧き上がってきた疑問がある。

 異能者なのではないのか、と。

 だが彼の記録では毎年の異能者チェックはネガティブになっていた。

 後天性で異能の力に目覚めるケースがない訳ではないが、成人後となると聞いたことがない。

「今起きている騒動にも関係しているんじゃないの?」

「さてね」

「あなたの真意が知りたいわね」

「お前さんらしくない。知りたければ調べたらいいだろ?」

「調べさせてくれるの?」

 沈黙の時間が訪れた。

 気まずい。


「この世界に混乱をもたらすのであれば捕らえる他にないわよ。観念するの?」

「まさか。取引がしたい」

「取引?」

 こいつの顔に薄っぺらな笑いが張り付く。

「地球圏連合が把握している異能者達だ。彼らと会いたい」

「許すわけないでしょ!」

「だからさ。テロ紛いの事をしてでも脅迫してる」

 言葉が詰まった。

 やはりこいつの仕業か。

「怖い顔すんなって。美人なのに損だぞ?」

「ふざけないで」

「じゃあ交渉決裂かな?」

「私は知らないし権限もないわ。それに今あなたを拘束しなければならない立場よ」

「そしてそれが出来ないことも理解してる。だろ?」

 悔しい。

 悔しいけどその通りだ。

 さっきから彼の異能の力を抑える為にエア・カーに仕掛けてあるジャミング装置がフル回転している。

 それでも抑えきれない事も分かっていた。

 彼が掌を私に向けて差し出す。

 掌の上にカプセル状の物体が現れてきた。

「アポーツ」

 物体を手元に瞬間移動させるテレポート能力の一種だ。

 目の前で異能を見せるとは大胆な。

「そうとも言うらしいがね。まあこれはオレの誠意の証だと思ってくれ」

「これは何?」

「大気圏電離層とオゾン層の間にオレがバラ撒いたナノマシンだ」

 言葉がなかった。

 こいつは何を言い出すのか。

「まあ時間はかかるだろうが、宇宙に戻ったら分析でもしてみることだ」

「あなたは何をしたいの!」

「色々と知りたいことがあるってだけだよ」

 実ににこやかな作り笑いを披露する。

 昔からそうだ。

 効果的である事は認めるけど。


「でだ。今更だがお前のことは何て呼んだらいいのかね?」

「今はセシリアよ」

「呼び慣れてないんだけどな。昔の名前じゃダメかね?」

「あなたがいいのならね『風伯』」

「二つ名もいいけどな『巡察』」

 古い呼び名だ。

 そう呼ばれていた頃は私も権力の走狗になどなっていなかった。

 彼も権力に追われる立場になかった。

「やっぱジュディスって呼ばれるのはダメか?」

「思い出したくないだけよ、シェイド」

「そう呼んでくれた方がオレは嬉しいがね。仲間だったわけだし」

「人聞きが悪いわ。やめて」

 急に真顔になる。

「それは悪かった。美人に嫌われたくはないからな」

 こいつは本当に日本人なんだろうか?

 私の知る良識的な日本人像から明らかに乖離していた。

 軽薄すぎて好きになれない。

「また会いに来るよ。次は色良い返事だと嬉しいねえ」

 笑い顔は瞬時に消えてしまった。

 彼が残したのは微かなラベンダー臭だけだった。

 テレポート能力。

 これこそが彼をどうしても捕まえきれない理由だった。

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