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夜襲

 目が覚めた。

 覚めてしまっていた。

 もっとぐっすりと熟睡できるかと思っていたのだけど、まるで効果がなかったようだ。

 まるで手足に手械足枷がしてあるようで、思ったように動かせなかった。

 覚醒した直後なのに感覚だけが鋭くなっているかのようだ。

 時計を見ると時間は深夜で日付が変わった直後だ。

 月明りだけで部屋の中が明るく照らされている。

 随分とよく見える。

 肌に触れる空気の感触も何故か新鮮に感じられた。

 近くに海があるかのように波の音が聞こえている。

 体は碌に動かせないのに感覚だけが鋭敏になっていた。


 そんなボクの嗅覚が何かを捉えた。

 何か、ボクのものとは違う匂いがする。

 それに部屋の中に何かがいる、気がする。

 確かに、いる。

 奇妙に感覚が鋭敏になっているが、思うように体が動かない矛盾。

 何が部屋に侵入したのか、確かめたいけど断念するしかない。

 ネズミのような小動物?

 ゴキブリ?

 だがその正体は意外なものだった。


 浮かび上がるシルエットは艶かしいラインを描いていた。

 しかも一つではない。

 三つだ。

 言葉を紡ぎ出そうとして失敗した。

 喉が鳴っただけ。

 声も出ない。

「あら?起きちゃった?」

「ミラ!わざと気配消してなかったでしょ!」

「あら、フユカったら律儀」

 言い合いをしているミランダとフユカを尻目にパメラがベッドの傍に近付いていた。

 匂って来る女の匂いに頭がクラクラしそうだ。

 声を上げようとして何度も失敗する。

 パメラはボクの隣に添い寝してくると胸の辺りをさすってきた。

「可愛そうに。まともに動きたくても動けないのね?」

「代わりに全部あたしらが動くから安心しててね?」

 ミランダがパメラと反対側を確保してきた。

 脚を絡めてくるのと同時にボクの腕を胸の谷間で抱え込んだ。

 勿論、抵抗できない。

「二人とも!」

 フユカはベッド脇で立ち尽くしている。

 というかなんで三人とも下着姿なの?

「ここからは夜の訓練って所かしらねえ?」

 ミランダの声に怪しい雰囲気に意識が掠れてしまいそうになる。

 一体何が起きているんです?

「ほら、フユカ。せっかくの一番手は貴方なんだから」

 パメラの手招きでフユカまでベッドの足元に登ってくる。

 ベッドは一人寝には大きいが、四人では窮屈だった。

 それだけに密着するしかなくなる。

 ミランダとパメラに両脇を押さえ込まれて、フユカに圧し掛かけられている格好だ。

 そうでなくとも体は動かない。

「ゴメンね、ニコライ。こんな形でゴメン」

 フユカが何故か謝ってくる。

 謝りながらもボクの服が次々と剥ぎ取られていった。

「でもこの二人に先を越されるのはもっとイヤ」

「本当は独占したいのよね?」

「でもそれはダメ。そこまで妥協はしないからね」

 ボクの目の前で女同士の火花が散っていた。

 なんだってこんな目に。

「訳が分からないでしょうけど、説明は後。今は自分の感覚をよく把握することに集中してね」

 パメラがそう耳元で囁くと体中を蠢かせてきてボクに愛撫を加えてきた。

 ミランダも反対側でダイナミックに動き出す。

 そして驚いている暇もなくフユカに唇を奪われていた。

「私の初めては全て捧げるから」

 唇を離すと彼女は確かにそう宣言した。

「訂正してね、私達の、だからね」

 耳元で聞くミランダの声はこの上なく艶かしかった。

 体が自由に動かせないのに心臓だけが激しく脈動しているのが分かる。

 まるで別の生き物のようだ。

「覚悟してね、動けないうちはずっと続くんだし、ね?」

 天国なのか地獄なのか。

 熱にうなされるような感触が襲ってきていた。


「始まってるみたいだね」

 ビッグ・ママのその一言でそこにいた四人は同時に思考閉鎖を行っていた。

 せめてものエチケットだ。

 新人が朝まで、どれほどの苦行になるのかは彼女達次第だ。

 生きていて欲しいものだ。

「しかしいいのかね?性急に過ぎるんじゃないの?」

 ビッグ・ママの懸念は尤もだ。

 娘みたいに扱っている三人がどうなるかもあの新人次第ってことになる。

「準備不足は承知してるが、こっちも急がないとな」

 ビッグ・ママの心配をよそに所長は興味なさげな印象がある。

 言葉と態度が一致しないのはいつものことだ。

 その所長は地面に横たわって夜空を眺めていた。

 レオンも所長と同様、地面に体を横たえて空を見上げていた。

「宇宙が騒がしいのが気になりますか?」

 レオンがそう言うと所長が空に向けて手を伸ばした。

 何かを掴む動作をしたかと思うと、掌の上に球体の結界が生成されていた。

「スニール、これをどう見る?」

 私には唯の球体結界にしま見えない。

 中には何もないように見えるが。

 いや。

 何かがおかしい。

 かなりのエネルギー・ポテンシャルが検知できる。

 知覚領域をより細部に併せて拡げていく。

 私には比較的得意な分野の能力だが、それでもエネルギーの正体に辿り着くのに時間がかかってしまった。

 驚くべきことに反物質の波動がある。

 かなり高度に抑えられているが、確かに反物質が存在していると分かる。

 でも目には見えない。

 殆ど分子レベルの大きさだろうとは思うが、そこまでしか分からない。

 実世界の物質と衝突したら対消滅していなければならない筈だが。


「スニールでもすぐには分からない、か」

 所長がそう言うと結界の中を凝視する。

「全員、同調してくれ」

 四人で思考同調して感覚を共有化した。

 所長が結界の中を見ているのは私とはまったく異なる方法を用いていた。

「微粒子の運動速度だけを見ている。ちょっと面白いぞ」

 確かに興味深い。

 速度、というか粒子密度の変異を見るという知覚方法も興味深い。

 ブラウン運動のモデルのようにも見えるが、あまり動いていない存在がほぼ均一に分布しているのだ。

「二種類に見えるけど違うね。三種類?」

 ビッグ・ママは運動特性を知覚する能力では彼女は鋭い感覚を持っている。

 確かに、指摘されてみると、動き回る存在にしても速度分布はほぼ二つに分けられるようだ。

「スニール、細部まで見えそうか?」

「やってみましょう」

 今度は目印がある。

 拡げた知覚領域を狭い範囲に絞ってより細かく精査する。

 確かに、三種類の存在が感じられた。

 全部が分子級の細かさだ。

「ナノマシン、ですかね?」

 レオンも指摘してくるが間違いないだろう。

 ナノマシンだ。

 しかも動いていないタイプは反物質を内包しているのも間違いない。

 粒子状になるまで群体を成しているようだ。

「ナノマシンがある一定の数で群れを形成してるようですな」

「他の二種は増えてるように見えるね」

「自己増殖型のナノマシンだろう。あまり爆発的な増殖ではないようだが」

 さらに細かく見ていく。

 激しく動いている二種類もまた群体となっているようだが、その大きさは一定ではないようだ。

 こちらには反物質を含んでいない。

「電波封鎖されている件と関係がある。そう見た方が良さそうだな」

「興味深いですねえ」

 所長が全員の目を見る。

 思考同調しているんだからテレパシーで伝えてもいいのだが、これは所長の癖だった。

「じゃあこれは始末しとくぞ」

 そう言い残すと結界は一気に縮小する。

 次元反転と空間反転を組み合わせて時空の彼方へと廃棄されていった。

「リトル・マムの分析機器で解析ができるようならまたサンプリングして電磁フィールドに閉じ込めておこう」

「事態が早期解決するって目もありますよ?」

 地球圏連合も無能集団ではあるまい。

「長引く、と思うね」

 レオンがやけに自信のある口調で言い切った。

 そして誰もが無言に陥った。

 彼の予言めいた言葉は異能とは関係はない。

 その筈だ。

 だが彼の予言めいた言葉が外れる事はあまり見たことがない。

 外れるのはいつも、どうでもいい事だった。

「ニコライ君の訓練メニュー、明日からは様子見しながら進めていですかね?」

「任せる」

「それにしても」

 レオンの表情が珍しく曇っているように見えた。

「ギリギリ、ですかねえ」

「ギリギリ、なんだろうな」

 所長もレオンも含むところが多すぎて、どう解釈していいのか困る。

 ビッグ・ママも苦笑いだ。


 灼熱の中にあって触れ合う肌だけが何故か心地よかった。

 自分が何をされているのか、何をしているのかもハッキリしていない。

 酒に溺れたことはないし、ドラッグの経験もないが、何かに駆られるように脳の奥が焼かれる感覚が続く。

 苦しい。

 それなのに欲望が止まない。

 女性の体を求めようと自然に貪っていた。

 最初は確かに逆レイプでボクの方が貪られていたというのに。

 理性的な思考だけが体から抜け出しているかのようだ。

 ボクはこういう体験は初めてだ。

 付き合った女の子はいたけどキスまでだった。

 驚く事にボクを襲ってきた三人の女の子もまた初めてだったらしい。

 その証もあった。

 今ではそんな事など念頭にないかのように互いの体を貪っていた。

 正直、思うように体が動かせる筈がないのによく動くものだと我ながら呆れてしまう。

 欲求のままに動く。

 昼間にあんなことがあったのに、何故か体はダイナミックに動いていた。

 そんなボクを彼女達は奔馬のように駆り立ててきた。

 フユカも。

 ミランダも。

 パメラもだ。

 三匹の猫科大型肉食獣に喰われているような感覚がある。

 脳髄を灼かれる時間が夢のように過ぎていくようだった。


 気がついたら朝だった。

 フユカとミランダに抱き枕にされていて動けない。

 ボクはといえばパメラの膝を枕にしているようだ。

 パメラの顔は豊かに盛り上がった胸に隠れて見えない。

 少し身じろぎするとパメラが顔を覗かせてきた。

「あら、おはよ」

「えっと」

 体にはまだ違和感がある。

 昨日よりも酷くなっている気がする。

「なんか色々とすみません」

「それ、私達のセリフよ」

 色々と疑問があった。

 まるで抑制が効かなかった事はその最たるものだ。

 何か薬でも盛られたんじゃなかろうか?


「ボクの頭、重たくないですか?」

「平気」

 起き上がろうとするにはフユカとミランダを引き剥がさないといけないのだが、とてもできそうにない。

 熟睡しているようだった。

 それ以前に指先すらも思い通りに動かすのにとんでもない集中力が必要だった。

 腕を動かすのも頭を上げるのも諦めた。

「動けそう?」

「ちょっと無理みたい」

「あらそう」

 パメラの顔がそのまま近付いて来てキスしてきた。

「じゃあまだ悪戯し放題?」

「ちょっと」

「大丈夫。朝遅れたらビッグ・ママに怒られちゃうし」

 そうだ。

 時計表示を見るとまだ時間に余裕はあった。

 間に合いそうか。

「ミラ。フユカも。手伝って!私達全員、シャワー浴びないと人前に出れない有様よ?」

 ミランダが抱え込んでいたボクの右腕を話すと起き上がった。

 寝たふりしてたのか。

 フユカは目を開けてそのままボクを凝視している。

 ボクの左腕を離す様子がない。

「この、ケダモノ」

 不条理だ。

 そんな言葉が脳裏に浮かんでいた。


 女の子達にシャワールームに連れて行かれるという軽い屈辱に耐えると、シャワーポッドで体をリフレッシュさせる。

「また後でね」

 そう言い残すと女の子達は部屋から退散してしまったようだ。

 本当に何だったんだろうか。

 ボク自身も何かに誘導されているような、操られているような気がしていた。

 シャワールームを出ると室内保全を自動機械に任せて部屋を出る。

 食堂までは普段なら歩いて一分といった所だが、今のボクにはとんでもなく遠い場所に感じられた。

 昨日よりもキツい。

 いや、普通に動くには尋常じゃない集中力を要するのだから、疲れによるキツさとはまた違う。

 自分の体が自分のものでない違和感が更に酷くなっていた。


 ようやく半分の行程をクリアして佇んでいるとレーヴェ先輩に声をかけられた。

「おや、大丈夫かな?」

 大丈夫に見えないと思います。

 反論したいけど口にするのも億劫だった。

「今日も海で潜って貰うから。昼過ぎからは母島でフィールドワークに行くよ」

「運転席、換わって欲しい所ですけど」

「本を読むのに忙しいのでね。謹んで辞退しておくよ」

 急激に怒りが湧いた。

 なんだろう、いつになくボクの感情の起伏は大きくなっているようだ。

 普段通りの軽口なのに。

「手助け、はないんですね?」

「これも訓練だからね」

 無情にもボクを置き去りにして行ってしまった。

 結局、食堂に辿り着いたのはボクが最後だった。

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