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威力偵察

 強襲艦艇が八つの小型ポッドを放出する。

 小型強襲機には搭乗員はいないが、体感ではタイムラグなしでパイロットによる遠隔操作を受けている。

 問題は無線誘導の方だ。

 先行して放出された監視ポッドからのリアルタイム映像のいくつかは不鮮明なままだ。

「予定通り光学回線固定でいく。中継ポッド随伴確認」

《確認。有線補助スタンバイ》

「連中の開けた穴周辺はトラップがある事を前提に動け。重装甲強襲機並列で進入、牽制を忘れるな」

《サブ港駐機スポットの非常口位置確認。破損なし》

「本命側は偽装フィールド展開開始。無茶するなよ!」

『ダー』

『是』

『ヤボール』

『了解』

『コピー』

『シ!』

『ラジャー』

『ヤー!』

 様々な返事が返ってくる。

 このチームも強襲訓練ではトップスコアを叩き出した事もあるが、なにせ今回は実戦だ。

 地上のテロ掃討とはまた違った難しさがある。

 威力偵察でありながら事前に装備使用制限があったのも気に入らなかった。

 これ以上の宇宙港破壊を望まない誰かさんが横槍を入れたのだろうが、正直余計なお世話だ。

 隣に軍制服組の監察官がいるのはもっと余計なお世話だろう。

 自由に悪態をつくこともできやしない。


 宇宙港の外壁破壊部に重装甲強襲機がとりついた。

《動体センサー感度上げます。状況グリーン。破片散乱がありますが作戦遂行に問題なし》

 司令室の仮想ウィンドウに戦況が表示されていく。

 ここまで状況は静かに進んでいるのが不気味だった。

《サブ港駐機スポットに進入開始。状況グリーン》

 宇宙港側の四機は飽くまでも牽制目的で偽装フィールドは使っているものの、光学迷彩だけに留めている。

 本命はカウンターウェイトに取り付く四機の方で、こっちの偽装フィールドは電磁波はもちろん、質量共鳴に対しても高度な隠密性がある。

 一気に管制電子脳を奪取する。

 無論、侵入者を排除できるのに越したことはない。


『コマンダー。不審物発見』

《宇宙港側です。映像確認しました》

 宇宙船用の駐機スポットに二つの半球状の物体が鎮座していた。

 大きさは重装甲強襲機よりもやや小さいようだ。

 周囲に生きている光源に照らされているその表面は鏡のように輝いている。

「光学兵器対策の鏡面装甲かな?」

《ネガティブ。鏡面装甲特有の光学偏移がありません》

 何だ?

『バグ・アイとスパイダー投入します』

 重装甲強襲機の背部ラックから監視用の小型独立デバイスを放出させていく。

 軌道エレベーター各所の狭部に入り込んで内部偵察をさせる為だ。

 こいつらが発信する共振ビーコンは、一定の強度があるから電波障害のある状況下でも一定の成果が期待できるだろう。

 使い捨てなのがいささか惜しいが今は情報こそが貴重なのだ。


『不審物が移動を開始!』

 既に武装使用許可は出してある。

 ヒート・ガンによる制圧射撃は完璧だった。

 熱放射で周囲施設が溶解しているようだが、射程が短いから軌道エレベーター基幹部への影響はない。

 不審物にも直撃があっただろう。


 確かに不審物体にはヒート・ガンは直撃していた。

 その筈だが物体の移動が止まる様子がない。

 質量共鳴砲で狙うがエラー音が鳴るだけだった。

《質量共鳴センサーに異常反応。共鳴振動周波数設定が出来ません》

『レイ・ガンとパルス・レーザーも試します』

 いずれも直撃するが鏡面で反射することも減衰することもなく、宇宙港内部を焼くだけに留まった。

 おかしい。

「立体画像の可能性は!」

《ネガティブ。エネルギー・ポテンシャルを検知。反物質反応と断定。動力源があるものと推定》

『近接攻撃で殴ってみます』

 現場の判断は素早かった。

 分厚く複数の防御シールドを備えた盾を前面にして、二機の重装甲強襲機が並列突撃を敢行する。

 不審物体と衝突すると、壁際にまで押し込んだ。

 その筈だった。

 不審物体が消えていた。

 続いて二機の重装甲強襲機の異常を知らせるアラート表示が次々と仮想モニターに現れる。

「何が起きた!」

『06操作不能!』

『07操作不能!いきなりです!』

『08です。確かに不審物体と衝突してますがすり抜けたように見えました!06と07の各所で何かが爆発してます』

《敵性物体はナノマシンの群体と推測》

「ナノマシンだと?」

 ナノマシンが?

 視認できるほどの密度で群れを成していた、という事なのか?

 頭では理解できるが、目で見ていても信じられない。

「爆発は何で起きてる?」

《回答不能》

 クソッ。

 電子脳が肝心な時に役に立たないとは。

「08は後退!」

『05です。進入経路上に同様の不審物体を確認』

「バグ・アイとスパイダーを放出して後退しろ」

『コピー』

 訳が分からないまま指示を出していくしかなかった。

 これでは強行しても利はない。


 監察官の表情を横目で見る。

 表情の乏しい典型的な日本人の中年男性だが、何も言ってこない。

 それはそれで助かるのだが、何も発言しないというのも殊更に不気味な感じがする。

 本当に何を考えていることやら。


 本命側の進行状況は順調のようだ。

 何事もなければいいのだが。

『03が管制電子脳にとりつきます。周囲に脅威なし』

『全周警戒継続。バグ・アイ放出』

《認証コード開放準備に入ります。同期シークエンスへのカウントダウンは不要》

『03へ、偽装フィールド展開領域を拡大せよ。04は03の背後に張り付いて警戒継続。全周警戒は01と02にて継続』

《中継ポッドの発振信号に欠損あり。原因不明》

 何だ?

 仮想モニターの表示画像のいくつかが消えていた。

《受信状況が急激に悪化しています。支援行動に支障が出ます》

「01から04はどうなってる!回線確保優先しろ!」

《中継ポッドの支援範囲を再構築します。実行中》

『04通信途絶!』

『01反応なし!なんだこれは?』

《有線補助回線にも異状。回線保持できません》

『02沈黙!』

『03反応ありません!』

 司令室には先に無力化されたパイロット達が集まってきつつあった。

 05から08のパイロット達だ。

 遠隔操作だからこそ無事で済んでいるが、生きているからこそ感じることもある。

 屈辱。

 そして01から04までの仲間の戦況も絶望的な事を知る。

 今度は唖然とした顔を並べてしまう。

 正体が知れない相手ではあるが、こんな形で任務が失敗に終わるとは予想していなかった筈だ。

 思いは司令室にいる全員が共有していた。

 砂を噛むような重たい雰囲気を破ったのは監察官だった。

「全てのデータを幕僚本部へ転送」

《了解》

 まるで無関心にも見える鉄面皮のまま電子脳に指示を出す。

「距離を置いてバグ・アイとスパイダーの反応を待ちます。そのまま待機」

 司令室にその言葉を残すと監察官は自室に戻ってしまっていた。

 彼の姿が見えなくなると各所で舌打ちの音と何かを叩く音が響いてきていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 重たい。

 所長はさっきより楽だ、と確かに言っていたっけ。

 時間が長い割に酷くなかったというだけで、体に感じる重さは半端ない。

 ボク以外の七名は涼しい顔をしているのが信じられなかった。

「まあ最初の精神同調にしては上出来だよ」

 ビッグ・ママはそう言ってくれたけど、慰めになってません。

 というか肩を軽く叩いたつもりなんだろうけど、巨大なハンマーで殴られたような気がした。

「さて食事の準備もしておかなくちゃね」

 ビッグ・ママは先に引き上げた。

「さて、ニコライ君」

 レーヴェ先輩はいつもの笑顔でボクに話しかけてくる。

 でもなんとなく、周囲に言い聞かせるようなニュアンスで放しているような雰囲気がある。

 なんだろう?

「手段は問わない。食堂まで一人の力で来ること。いいね?」

 それだけ言うと先輩もまた所長と肩を並べて引き上げていく。

 ミランダとパメラは苦い顔をしているのが分かる。

「先手を取られたか」

「まずかったかな?」

「いいから二人ともクルーザー点検手伝ってよ!」

 フユカに急かされて女性陣がいなくなった。

 残ったのはスニールさんだけだ。

「これ、ボクは本当に大丈夫なんですか?」

 聞いてみた。

 ちょっとボクには無事でいられる自信がない。

「序の口だ。本番はまだ先にあるぞ」

「え?」

「まあ人間って奴はそうそう簡単に死なないように出来ているものだよ」

 それって激励の言葉に聞こえない。

 半死半生にまで追い込むって宣言しているようにしか聞こえない。

「当面は食堂まで辿り着くことだ」

 スニールさんも立ち去ってしまう。

 結局、誰も助けてくれそうにないって事だ。

 これはしんどい。

 取り敢えず立ち上がる事から始めるしかなかった。


 やばい。

 真面目な話、這って行く方が早そうだ。

 全身が思ったように動かせない。

 所長曰く、コントロールし難い状態であって疲れている訳じゃない、と言うけど、これって疲れているようにしか思えない。

 夕食の時間までに食堂に辿り着けるのか、真剣に心配し始めるようになっていた。


 で、うちの新人と全員と精神同調してみた訳だが。

 皆はどう評価しただろう?

 正直言って掴みどころがなかった。

 不気味とも言えた。

 事前に所長一人が精神同調していたことと何か関連があるのだと分かってはいる。

 倦怠感を伴う感覚に戸惑っているだろうが、その感触が私の時と比較にならない程酷いのも気になった。

 やり方そのものは理解できる。

 でも納得しきっている訳ではない。

「リトル・マム、固体位置追跡データは全滅かな?」

《肯定です、スニール》

「固定回線の使用制限は?」

《緊急回線は確保。通常の相互連絡は伝言メッセージのみ可能です。サイズ制限に留意して下さい》

「まるで数百年先祖返りしたようなものだな」

 かつて全ての人類が地上を住処としていた時代とは違うのだ。

 拡大EUや北米連邦もインフラコストの関係で地上敷設回線は殆ど残っていない。

 地球の自然環境への現状復帰を基本としているのだから当たり前だ。

「サバイバル用太陽光パネルは明日から設置だ。事前チェックは?」

《二ヶ月前に点検整備済みです。問題ありません》

「反物質燃料のストックは賄えないだろうが耐えるしかないか」

《いざともなれば揚陸艇で支援物資が来るかと》

「それはマニュアル上の話だ」

 そう、宇宙側の思惑はどう変わるか、知れたものではない。

 ほぼ毎年、異能者判定で危険分子を炙り出し、地上で引き取るようにしているのは妥協の産物でしかないのだ。

 新人の思念の僅かな残滓が残っているように感じた。

 残留思念が随分と長く感じられるようだ。

 今頃は体を動かすのも億劫だろう。

 今夜にはもっと酷くなる。

 明日の朝には豹変しているかもしれない。

 所長とレオンは三日三晩かかると見積もっていたが、油断はならない。

 暴走したら止める。

 彼らだけに任せるには一抹の不安があった。


 食事にはギリギリ間に合った。

 ほんの数百メートルの距離を移動するのに二時間近くかかってしまった。

 それにしても食事が凄い。

 肉、肉、肉だ。

 昼と同じメニューのサンドイッチまであった。

「急な話でね。余分に作ってあって助かったよ」

 ビッグ・ママはそう言うけど、半分でも十分な量がある。

 まあ美味いんですけど。

 ただ食事をするにも体を動かすのが大変でなかなか進まない。

 結局、食べ終わったのはボクが一番最後になった。

 情けない。

 這う這うの体で自室に戻るとシャワーを浴びる事もスルーしてベッドに直行した。

 食事をしたせいか、気分はやや上向きになったけど、体が自分のようでない感覚は更に酷くなるようだった。

 動けない。

 いや、動きたくない。

 疲労で眠りたくなるかと思っていたけど、眠れそうになかった。

 それだけ、昼の訓練の感覚は新鮮だった。

 自分の体が自分のものではないように感じる。

 それに所長だけでなく、他の皆の視点で様々なものを見ていたような気がする。

 不思議だった。

 今ならばどんな超常現象も幽霊だって信じていられるだろう。

 やや興奮した感覚に苛まれながら、少しだけ自分の意識が薄れていくのを感じていた。

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