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宇宙港

 静浜ベースは旧世界に敷設された軍用基地を流用している。

 小型機にしか対応できないのは難点だが、日本所轄領土の国土保全員には重要拠点である事に変わりはない。

 ここに限らず、国土保全に従事する職員が拠点とする基地は各所にある。

 この基地は大井川が形成する三角州の縁に位置し、周囲は物静かな環境にあった。

 だが管制タワーの中では修羅場のような有様になっていた。

 宇宙との連絡が取れない。

 どうしても、とれない。

 位置情報を検知することすらできていない。

 通信網は地球衛星軌道上のコロニー群を中継点としているのだが、そちらも当然沈黙していた。

 旧世界の固定有線ケーブルを用いた緊急回線のみが生きていただけだ。

 その回線も状況確認の為にフル活用されてはいたが、まるで成果は上がっていないようだ。


「所長、こりゃここにいても時間の無駄かもなあ」

 スニールの意見も納得できる。

 朝に発生したこの喧騒は収まる様子がない。

 フィールドワーク組は業務を一旦中止、ここにもいずれ戻ってくる事だろう。

 喧騒が酷くなる事はあっても収まる事はあるまい。

「在庫確認が終わったら戻るさ。どうだ?」

 この基地の管理脳も今やフル回転の筈だが口調には変化がない。

《反物質燃料の補充は先週終わったばかりです。通常業務を前提にすれば優に一年以上大丈夫ですが》

「食料、だよな」

《はい。食料自給プラントは三箇所しかなく、そのうち一箇所は撤去予定で稼動させてません》

「今から動かしといた方がいいぞ。どこだ?」

《三沢です》

「特例で動かしといていいぞ。食料ストックはどうなんだ?」

《軌道エレベーター直下のクラウド・シティに保管してある分は三ヶ月といった所です》

「保安体制は?」

《ガードユニットは八基です。暴動の可能性でもあるのですか?》

「最悪の事態は考えておく事にしてるのさ」

 所長も考えすぎな気がする。

 でも所長が何も根拠がなくここまで動くものだろうか?

 どこか見通して動いているような所がある。

 レーヴェ先輩にも共通して言える事だ。


「冬華!久しぶり!」

 声を掛けてきたのは真由だった。

 中部エリア研修で半年ほど寝食を共にした親友だった。

 直接会うのは一年振りだがはしゃぐ訳にはいかない。

 彼女の表情も暗いままだった。

 何が起きているのか。

「真由。大丈夫だった?」

「こっちは大丈夫。岐阜ベースを回って帰って来た所だけど、こっちもこの有様かあ」

「ずっとこう。もっと悪くなりそうだわ」

 有線でもたらされる各地のベースの様子がモニターで見てとれるが、喧騒は変わっていない。

「貴方はもう少しこっちにいるの?」

「すぐ南に戻ると思うけど。何かあった?」

「傍受電波があるの。同僚が電子脳に報告するからすぐ分かると思うけど」

 普段から朗らかな彼女の顔は硬い。

 彼女の緊張感が伝わってくる。

「テロ。もしくは戦争かも。軌道エレベーターの宇宙港が占拠されてるみたい」

「でも三つともなの?」

「まだ分からない。ケニア・バレルともブラジル・バレルとも連絡が取れないみたいだし」

「インドネシア・バレルだけは確実なのかしら?」

「私が知る範囲ではそうみたいね」

 何かしらの軍事勢力が宇宙港を占拠、か。

 地球圏宇宙軍が黙っていないだろうし、スピード解決も見込めるのだろうけど。

 所長の受け応えを聞いていると長期化を前提にしているようだ。

 そこがどうしても引っ掛かる。


「お壌さん、クルーザーは起動しとけ」

 所長の指示が飛んできていた。

 私達の会話を聞かれてたのか、少し気になった。

「ゴメン真由、連絡入れとく」

「気にしないで。また今度ね」

 真由は管制塔に向かい、私はクルーザー駐機スポットに急ぐ。

 行き交うスタッフは誰もが緊張した顔付きをしていた。

 いざともなれば、宇宙軍が地上に降下部隊を派遣することもできるだろう。

 救命活動に関しては不安はない。

 一年程前、春日ベースのスタッフ拉致事件は、発生から二日経過しないうちに解決した実績もある。

 それでもこういった事には慣れることはないのだろう。


 駐機スポットには様々な地上用クルーザーが並んでいる。

 その中でも小型の一台に取り付く。

 マリンブルーを基調にした船体に警告色のオレンジのラインが眩しい。

 船体こそ普通のクルーザーに見えるが船殻は並みではない。

 深海潜行を可能にする為に宇宙用軍艦すら上回る耐久規格で構成された一隻だ。

「まあ秘密兵器だな」

 とは所長の弁だけど、本当にそうなのかも知れない。

 タラップ入り口で認証窓に右手を当てる。

《フユカ・マキシマと確認。起動ですか?》

「肯定よ、リトル・マム。物資搬入は終わってるわよね?」

《受領確認まで終了。いつでも出発できます》

「電波状況はモニターできる?」

《地上波のみ確認できますが、宇宙からの電波は皆無です》

 やっぱりダメか。

 無駄と分かっていても、聞かずにいられないのも人間なのだろう。


 運転席に座ると生体認証コードを打ち込んで仮想全天モニターを展開する。

 体を固定すると機関メニューを呼び出し、起動指示を出した。

 機関ステータスを確認するが異常はない。

 絶好調だ。

「リトル・マム、今日は少し運動しましょうか?」

《貴方の手動運転でなければ》

 もう。

 マムったら私の手動運転はお気に召さないらしい。

 せっかくの性能なのに宝の持ち腐れじゃないの。

 チェックリストを呼び出し要確認事項を潰しながら待つ事にした。


 所長がようやく腰を上げた。

 展開していた仮想ウィンドウを全て閉じて無言で歩き出す。

 私はと言えば周囲の声に耳を傾けながら、状況を自分なりに纏めるのに夢中だった。

 これは変化だ。

 望ましい形ではないが、変化には違いない。

 所長の思惑は薄々と承知はしているし、その意義は理解している。

 だが納得できている訳ではない。

 飽くまでも次善なのであって、私の理想とは違っている。

 腹立たしいのは所長の思惑が外れるのを見た事がないことだった。

 私自身の信念が揺らぎそうになる。

「スニール。ニコライの事だけどな」

「うちの新人ですか?」

 この状況にはそぐわない話題だった。

 唐突過ぎるが、所長の言動にはよくある事だった。

 そして後々に考えると重要な決断だあった事もあったりするから侮れない。

「半年早い、とは思うがあっちの訓練を始めよう」

「肉体鍛錬は中止ですか?」

「並行してやらせる」

「詰め込み過ぎになりませんかね?」

「そこは耐えて貰おうか」

 あの新人も気の毒に。

 私も所長の所に来た当事は逆だった。

 いきなり能力開発に入ったものだから、混乱する事この上なかった覚えがある。

 あれはもう三十年前ほどにはなるだろう。

 同じ苦労をあの新人がするのかと思うと同情を禁じえない。

「新人の力もすぐに必要ですかね?」

「そうならない事を祈るだけさ。さもなければ実地で苦労して貰おう」

 気の毒に。

 この所長は良い意味でも悪い意味でも切り替えが早い。

 新人をレオンに付けたのは心配だったが、かえって良かったのかも知れない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 この日、地上班の班長にとっては受難続きの一日になった。

 マニュアルにはないが、情報を得るために現地を探るよう早急に指示を出していた。

「スパイダー・アイ、第七搬入エレベーターで宇宙港最下部到着しました」

《宇宙港図面は常時仮想ウィンドウに提示開始。メンテナンス・シャフトまで誘導開始》

「了解。スパイダー・アイ展開開始」

 スパイダー・アイは愛称でメンテナンス用の遠隔操作型マシンだ。

 今回は背部ラックに監視用機器を増設している。

 普段もやっている操作なのに今日は緊張が走っていた。

 正直、何が出てくるのか分からないのだ。

 監視カメラを始め、センサー類で確認できるのは基幹電子脳が管轄する宇宙港最下部までになっている。

 緊急用で直結できる筈の回線では最上部の管制電子脳と連絡が取れていないのも不気味だった。

 物理的に切断されているとしたら、どこかでブロックごと分断している可能性すらある。

 把握している範囲では、空気流出による気圧低下は今の所ない。

 メンテナンス・シャフトを通じて管制電子脳の状況を確認できれば、突破点が見つかる可能性があるだろう。


「第四第七搬入エレベーターで宇宙港最下部に到着。スパイダー・アイ展開済み」

《了解。メンテナンス・シャフトまで誘導開始》

「有線誘導も並行って本当に必要?」

《電圧偏移を検知。無線誘導による遠隔操作に支障が出る可能性を排除できません》

「非常事態発生したらパージ可能か?」

《無論です》

 こんな状況にスタッフも慣れている訳ではない。

 軍籍にあって訓練を受けた者ばかりだが、ここ数十年は大規模戦闘などなく、小規模な地上戦しかなかった。

 ナノポッドでスパイダー・アイを操作するスタッフの生体モニターを確認していく。

 心拍数は多く、血圧も高目で推移しており、平常心でいる者は皆無だ。


 大型平面スクリーンに映した宇宙港図で状況確認を行う。

 インドネシア・バレルに付帯する宇宙港は三重のリングの二層構造となっている。

 最外縁のリングが発生している人口重力は地上と同様の1Gであり、旅客港と観光施設、宿泊施設となっている。

 その内側のリングは貨物専用の港であり、その内側は無重力港だ。

 そのいずれとも情報網が断絶していた。

 中央構造物となるメイン・シャフトには、管制電子脳のあるカウンター・ウェイトまで直通の緊急回線もある。

 それが意図的に断線されているとなると、尋常ではない相手という事になる。


「なんだ、あれは?」

《動体確認》

「後退する!」

 スパイダー・アイが捉えたメンテナンスシャフト内の映像に奇妙な物体が写っていた。

 ムカデ?

 金属製の百足のようなモノが蠢いていた。

 メンテナンス坑は設備作業員以外に詳細を知らされていない筈だ。

 そもそも宇宙港の設計図自体が高度な機密扱いなのだ。

 これは尋常な相手ではなさそうだ。

 スパイダー・アイから送られる映像が次々と消えていく。

《稼動停止を確認。敵性と判断。画像は全て保存しました》

「駐在武官殿は?」

《本日は休暇中、緊急連絡回線でコール済みです。至急戻るとの回答ですがもう二十分ほどかかりそうです》

 班長は思い切り舌打ちすると操作パネルに拳を打ち付けた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 クルーザーで戻る間、所長とスニールさんは何やら密談していた。

 所長が何やら悪い顔をしているのが気になる。

 あの顔は何やら悪戯をたくらんでいるサインだ。

 思考を読んでみたい誘惑に駆られるが、やめておく。

 どうせ思考閉鎖してるだろうし。


 クルーザーは法定高度の五千メートル以下を速度制限ギリギリで飛行を続けていた。

 速度制限といっても目安であり、音速以下でソニックブームを出さない事が環境保全員としての自己制限なのだ。

 本当はこの船、もっと高度を上げてもお咎めはないし、速度超過も黙認されている。

 所長に与えられている権限が一体何なのか、その全貌はまだ教えて貰えていない。

 出来れば早く戻りたいのだ。

 あの二人が新人に何を仕掛けるのか、知れたものではないのだ。


 結局、マッハを出さずに巡航速度で島に到着、父島のベース基地を一度フライパスして駐機スポットに着陸する手順を指示していく。

 地上の様子を写す複数の仮想ウィンドウを確認すると、恐れていた事態が起きようとしているのが見えた。

 着陸をリトル・マムに全て委ねたのは失敗だった。


 操縦席から降りて居住区画に顔を出す。

「スニールさん、荷物搬出をお願いしたいのですが?」

 どうやら私に全て押し付けるつもりだったらしく、私物を手に降りる様子を見せていた。

 ダメ。

 今は許す訳にいかないのだ。

「おい壌ちゃんよ、顔が怖いって」

「怖くて結構」

《着陸まであと一分の予定》

 所長がタラップのある場所に陣取る前に素早く体を滑り込ませた。

 私にも私物があるけど今は優先順位は低い。

 所長の目を覗き込むと私の主張を受け入れてくれたようだ。

 場所を明け渡してくれたので勝手にそう解釈しておく。

 お叱りがあってもそんなものは後だ。


 駐機スポットに降り立つと即座に駆け出した。

 あの二人組から彼を守らねば。

 この場合、レーヴェ先輩は確実に当てにならない。


 昼寝をしているニコライ。

 その彼に添い寝しようとしている二つの影が見えていた。

 ミランダもパメラも何だってこうも懲りないのか、本気で蹴り上げてやろうかしら。

 近寄ると更に怒りがこみ上げてくる。

 二人とも扇情的な格好だ。

 その狙いもまた明白。

 有罪決定。

 ニコライはニコライでだらしない顔で眠り込んでいた。

 今、就業時間だって理解してる?

 有罪決定。

 確かに私はここの最年少だけど、彼らよりも先輩である事に変わりはない。

 説教してもいいよね?

 まずは三人まとめて叩き起こすことにした。

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