第七十五話 岩で遊んではいけません
北側の山の中ではもう一つの戦闘が行われていた
北側のとうたく軍の奇襲部隊を率いていたちょうりょうは、思わぬ敵の反抗にイラつきを隠せずにいた
「ちぃ、うちらよりも少数のくせして、なんでここまで手こずるんだ。早く行かないと、りょふの旦那においしいとこみんな持ってかれちまう」
今回のとうたく軍の作戦は、汜水関を捨て駒にし、敵が汜水関攻略後気が抜けたところを左右の山から一気に奇襲をかけ連合軍の重要人物である、えんしょうもしくはえんじゅつを討ち取る作戦であった
軍における大将の存在は、その軍の生命を左右するほど重要な存在である
特に、今回の様に連合軍となると、まとめ役の大将がいなくなった瞬間、求心力を失う可能性が非常に高い
その為、とうたく軍は守備の要の一角である汜水関をあえて捨て、とうたく軍でも随一の騎馬の名手であるちょうりょうと最強の武人であるりょふを本命の奇襲部隊の長に据えたのである
だが、今回この策を見破っていたものがいた、それは現在奇襲舞台の一翼であるちょうりょうの足止めをしている、りゅうび軍であった
彼らはこの奇襲に備え、汜水関での戦いはちょうひ、かこうえんの二人に任せ、今まで黙々と罠を仕掛けていたのである
木々の間に柵を築き、いたるところに穴を掘ったため、ちょうりょう隊は最大の武器である騎馬による突撃の足を完全に止められていた
その上、森の中での戦闘を想定に入れていなかった為、森林を巧みに使い攻撃を繰り広げるりゅうび軍になすすべも一方的に攻撃を受けていた
もちろん、ちょうりょう達は少しでも前に進もうと、犠牲を出しながらも柵を撤去し、進軍ルートを確保しようとしていたものの、土木作業の巧者が揃うりゅうび軍の作った妨害用の工作物を抜けることはできなかった
その上、先程まで汜水関に矢を放っていたかこうえんの参戦により、司令官がどんどん討ち取られ、いよいよちょうりょう隊の雲行きは怪しいものとなっていた
りょふは、己の力を証明するために兵士となった
類希な体格と、天性の武術の才、そして常軌を逸した訓練により、彼は瞬く間に将軍の地位まで上り詰めた
りょふは強くなるにつれ、戦いに自分の意義を求めるようになっていった
そして、今回は連合軍というまたとない大物が相手であるため、りょふ自身は興奮が抑えられないでいた
汜水関が陥落し、ちょうりょうからの合図を確認すると、一気に山を駆け下りた
もともと、この奇襲用にルートが作られていたため、連合軍とぶつかるまでにそう長く時間は経たなかった
慌てふためく連合軍の兵士を吹き飛ばしながら、彼は強者を求め駆け回った
そして、直線上にいる赤い鎧を着た女が目にとまった
彼女の近くには、確かここの将であったかゆうの武器が立てかけられていた
「ほう、あの女かゆうを討ったのか」
一瞬ニヤリと笑みを作ると愛用の鉾を握り直し、りょふはそんけん目掛けて突撃した
そんけんを射程に捉え、自らの鉾を振りかぶった瞬間、斜め後ろから気配を感じ、振りかぶったほこを引き戻し、斬りかかってきた相手を吹き飛ばす
斬りかかってきた男は、尻餅を付き、武器も取り落としていたが目が死んでいなかった
りょふは斬らねば厄介だと、一瞬で判断を下し、その男に攻撃の狙いを定める
しかし、その鉾はそぼうに振り下ろされることはなかった
突然飛んできた1m程の巨岩に、さすがのりょふも吹き飛ばされた
吹き飛ばされながらも岩をきれいに受け流したりょふは、そのまま岩が飛んできた方に目をやる
すると、もう一発同じように岩が飛んできていた
りょふは、気迫のともった声と共に岩に向けて、鉾を突き出す
強烈なりょふの一撃を受けた岩はその場で粉々に砕け散った
三発目に警戒しながらも、周囲を見渡すと斬りかかってきた男も、赤い鎧の女も遠くに撤退していた
馬の歩みを止めてしまったりょふは、連合軍に致命的な反撃の機会を与えてしまった
いくらりょふとはいえ10万の敵を一人で相手できると思うほど驕ってはいなかった
彼は、副官に目で合図を送ると、副官は撤退の笛を吹く
りょふは、自らが先頭に立ち、西側の門を目指した
さすがにりょふを止めれるものはいなく、りょふたちはそこそこの犠牲を出しながらも、西門から長安の方に撤退していった
りょふの副官の吹く笛の音は、未だにりゅうび軍に足止めされているちょうりょうの耳にも届いた
彼は、小さく舌打ちをすると、元来た道を引き返すように撤退していった
りょふ、ちょうりょうの撤退により、やっと連合軍は一息つくことができた
汜水関には、連合軍30万全てが収容できるわけではなかったので、汜水関内には仮設の大本営が設置され、えんしょう軍、えんじゅつ軍と負傷兵だけが汜水関内に入り、他は汜水関の外に天幕をはって休むこととなった
長かった汜水関での戦いの一日がやっと終わろうとしていた




