第六十一話 かこうえーん
朝、そうそうの天幕にひとりの少女が駆け足で向かっていた
彼女は、主君であるそうそうの許可もとらずに、まるでいつもそうしてるかのように天幕の入口を無造作に開け、書類に目を通しているそうそうの執務机を両手でバンッと打ち鳴らした
「そうそう! 妹をあの連中の指揮下に入れるって話は本当か?」
「なんだ、かこうとん知らなかったのか? あの時は別件で参加できない連中には書簡で伝えてたはずだが」
「あたしがそんなまどろっこしいもん読むと思うのか? って、そんなことはどうでもいい。なんで許可したんだ」
「面白そうだったから」
「きさまぁ、妹をどこの馬の骨ともわからん連中に預けるなんて」
スチャっとかこうとんは背負っている、愛用の大剣に手をかける
「おいおい、冗談だって。落ち着け」
「これが落ち着いてられる状況かっ! ああ、あたしの可愛いかこうえんがこんな馬鹿君……」
ごつん
「こらっ、お姉ちゃん自分の仕えてる相手にそんな口をきいたらダメだっていつも行ってるでしょ。そうそう様、いつもいつも姉がスミマセン」
「うー、かこうえん、痛いよ」
かこうとんはかこうえんに殴られた頭を両手で抑えている
しかも、若干涙目になっている
その横で、かこうえんは深々と頭を下げている
うーん、一騎当千の猛将かこうとんをげんこつ一発で鎮めるとは、やるなかこうえん
これじゃあどっちが君主なのかわからんな
「……かこうえんはいいのか、そうそう以外の下で働かされても」
「一時的に違う将の下で働くことなんて、これからいくらでもあることでしょう。それに、そうそう様が認めた人物の下でなら経験も積めて、いずれ敵になった時に、作戦の立て方とかも盗めるんだからいいこと尽くめじゃないですか」
「うー、でも、変な男に言い寄られたり……」
「そうそう軍の客将のとして来ている私に手を出す程愚かな人間があの娘の配下にいるとは考えられないし、私を組み伏せることができるほどの相手がいるとも思えないです」
「けど、もしもってことも」
「はぁ、私は私がいないあいだにお姉ちゃんがそうそう様に無礼をはたらかないかが心配です」
「ふははははは、なんだかこうとん、妹に言い負かされてるぞ」
「うるさい、そうそうは黙ってて」
「こらっ、お姉ちゃん! そうそう様にそんな言葉遣いしちゃダメですよ」
「うー、うー、だって」
「言い訳は禁止です。はぁ、どうやら私がりゅうび殿の下に行く前に、お姉ちゃんにはもう一回きつく言っておかなくちゃダメみたいですね」
かこうえんがガバッと、かこうとんの右手をつかみそのまま外へ連れ出そうとする
「いやっ、ちょっと待って、かこうえん? 目がすわってるぞって、ほんと、もうしない、もうしないから。そうそう! 見てないで助けろぉぉぉぉぉ」
オレはかこうとんを見送ることしかできなかった
頑張れかこうとん、多分死にはしない、うん多分……
後で、かこうとん将軍の悲鳴が聞こえたと兵士たちから報告が上がっていたが、見なかったことにしたのは、オレだけの秘密だ
「そうそう君、ちょっといいかい」
そう言って、じゅんいくが入ってきたのはその日の午後のことだった
「どうした?」
「……」
「しゃべっていいぞ」
じゅんいくは間違いなく優秀な男であるが、ひとつだけ欠点があった
それが、おしゃべりであるということだ
しかも、無駄に頭がいいもんだから、あえて本質をぼかして話しているのにも関わらず、本質を付いてきたり、しゃべらなくていいよけいな情報まで喋っちまうもんだから、仕事中は俺の許可無く話すことを禁じている
その代わり、こいつには最大限の権限と情報を渡している
最初の頃はそれでも余計なことをベラベラと言っていたが、教育が身についたのか最近はしっかりと黙っていることができるようになった
「例の件、とりあえず中間報告が来たから持ってきたよ」
「そうか、で、そんけん軍とりゅうび軍の奇襲方法はわかったか?」
「うーん、それがいまいちわかんないんだよね」
「両方共間諜対策はされてるってことか」
「いやー、そうなのかもしれないけど、そうではないっぽいんだよね」
「随分と曖昧な言い方だな。つまりどういうことだ」
「両方に共通して、兵士の忠誠度が高いから話を聞きにくいんだよね。それに、用意してるものが不可解すぎて、報告だけじゃあよくわかんないんだよね」
「用意してるもの?」
「そう、そんけんは船、りゅうびは舞台らしんだけど、さっぱりでしょ」
そう言ってじゅんいくが肩をすくめる
「ああ、お前からの報告じゃなければ信じるかも怪しいレベルだな」
「それと、もう一個、どうもりゅうび軍はとうたく反乱の前に何回かとうたくのとこに調査を出してるみたいなんだよね」
「なに、だが別にほかの勢力を調べるのは重要なことだろう」
「まぁ、そうなんだけど。どうもとうたくのとこだけ随分と多いみたいなんだ」
「じゅんいく。何が言いたい」
「どうもりゅうびはずっと前からとうたくが反乱することを、知ってたんじゃないかなって」
「なるほどな、少し警戒してもいいかもな」
じゅんいくの報告を受けたあと、オレは自分の仕事にとりかかった
夜になって、昼間じゅんいくが言っていたことを思い出したオレは、気づいたらりゅうび軍の天幕付近まで足を運んでいた
そこでオレは、ひとりの人影を見つけた
遠目でも、その人物が誰かわかった
あいつは確か軍師のこーめーだな
こーめーの姿を追い、オレもあとをつけて行った




