第五十三話 えんしょうとえんじゅつ
「それでは会議を始める」
天幕の一番奥に座った金髪の男が開始を宣言する
彼は、立ち上がり、自らの胸に手を当て声高らかに言う
「私が反とうたく連合軍盟主のえんしょうだ。今回は私の呼びかけに応じ、皆よく集まってくれた。我らの力で悪逆非道の限りをつくす悪臣とうたくを討ち果たそうではないか」
全体から拍手が起こる
えんしょうはは見た目まだ二十代後半か三十代なりかけにしか見えないが、よく通る声で自らを名乗った
この歳で数いる諸侯たちをまとめ、その盟主になり堂々と発言した彼は今日初めて見る俺でも、優秀であることがわかるほどの才気に溢れる男だった
三国志ではそうそうのかませ犬的立場のえんしょうという認識を俺は改めなくてはならなかった
えんしょうの自己紹介が終わると、彼の横に座っていた妖艶な女がゆらりと立ち上がる
「我は今回の反とうたく連合軍の副盟主を務めることになったえんじゅつじゃ」
えんじゅつと名乗った女は派手な化粧に胸を強調した黒いドレスを着ていた
ほとんど皆が鎧を着ている中で彼女の存在は、一際浮いていた
そして、もう一つ気になったのは、ほんの一瞬ではあるがえんじゅつが立ったとき、えんしょうが顔をしかめたことである
何か確執でもあるのだろうか?
そんな俺の疑問は、主要人物の紹介が終わり、軍の配置になった時に解決した
今回の連合軍で、えんしょうは4万5千人という大軍を率いてきた
連合軍の総数は約30万人なので、それに比べれば少ないように見えるが、主要な人物たちがおよそ1万程度と考えると、その数は強大であった
しかし、それだけの兵を用意したにもかかわらず、えんしょうが最大勢力ではなかった
最大勢力は、4万7千人の兵を率いてきたえんじゅつであった
連合軍の場合、誰が盟主になるかは非常に重要である
今後の発言力にも繋がり、英雄として最も賞賛される
その分盟主はになるには、力を示す必要があり、多くの者と利害が一致しなければならない
今回の場合は、地方領主であったとうたくが皇帝を擁して、自らが最も偉くなるように動いているため、諸侯たちの意識の統一は簡単であった
なんせ、とうたく一人だけおいしい思いをしているのだから、欲の皮が突っ張った彼らは面白く思うわけがなく、董卓にたいし怨みうや妬みを持った諸侯はかなりの数に登るだろう
そして、その中でうまく盟主の座を射止めたえんしょうは、その地位を確固たるものにするため、連合軍で最大の兵数を用意しようと考えたのだろう
あまりに力がないと、勝った後に盟主の座を引き摺り下ろされかねない為である
また、兵数で貢献しておけば諸侯以外の周囲の連中も、えんしょうが盟主であると認識するだろうし、十分な宣伝効果もある
しかし、えんしょうはえんじゅつによってその出鼻をくじかれている
さっき言った通り、今回えんしょうは最大勢力になる必要があった
それを、わずか2000人の差で覆されたのである
たぶんえんじゅつはえんしょう軍の総数を掴んでいたのだろう
その為、彼女はえんしょうの盟主としての地位を脅かす存在になった
現に、書簡が送られてきた時には一言も書いていなかった、副盟主という地位に彼女は収まっている
まぁ、そういうわけでえんじゅつの存在は、えんしょうにとって目の上のたんこぶ状態なんだろうな
それもあってか、今回の汜水関攻略戦で一番被害が出ない後軍の大将をえんじゅつがやり、中軍の大将がえんしょうとなった
もちろん、というかやっぱり所詮は末席である、俺達りゅうび軍は敵と最初にぶつかる前軍配属になった
他にも、そうそう、そんけん、こうそんさんさんなど若手の領主が前軍に配属させられた
前軍大将はきょうぼうという男になった
名前はきょうぼうなのに、見た目は冴えない中年のおっさんだった
しかし、俺たちにとって都合が良かったのは、きょうぼうの副官としてそうそうが選ばれていたことである
前のりゅうえんの様に戦に関して全く知識を持たない大将の下で戦うことほど恐ろしいことはない
下手すれば、敵と当たる前に味方に殺されかねない
そして、天幕の前でそうそうが俺たちに言った意味もわかった
と同時に、提案を受けざるおえないという状況に追い込まれていることにも気付いた
会議は、その後大まかな方針と諸注意を経て、おおよそ一時間程度で終了した
事前に主要人物に根回しされているからであろう、特に質問も反論も出なかった
ただ、もちろん俺たちのような力のない領主の何人かは悔しそうな顔をしていたことは言うまでもない
会議が終わると、改めてそうそうが話しかけてきた
俺は、一度戻って話し合ってもいいですかと聞いたら、快諾してくれた
そうそうの方も、他に勧誘する人物がいるらしい
りゅうびは、そうそうと手を組むのか? と不満そうにしていたが、帰ってから詳しい話をすると説得したら、渋々とだが納得してくれた
外で待っていてくれた、かんうさん、ちょううんと合流し、俺たちは自分達の天幕に帰った




