第四十四話 怪盗小沛仮面
小沛に流れたりゅうびの悪い噂に対して、俺たちが対策会議をしてから三日が経った
そして、現在俺は必死に追手から逃亡していた
日に日に俺を追う影は増えていく
彼らは皆一様にギラギラと目を血走らせながら、武器を手に追っかけてくる
全く、息つく暇もない
こっちに世界に来てから、俺は自分の体力のなさに呆れ返ったものだ
最初は鎧を着て歩くと1時間も満たないうちに音を上げていた
そのあとも、例えば高蓮砦の戦いでは、馬に乗って前線で指揮をしたため、一晩明けたら緊張が解けたのか、その後三日くらいはちょううんに介護してもらわないと、まともに生活できないほどだった
そんなこともあって、小沛に来てからちょううんと朝のトレーニングを欠かさずしてきた
彼女は文句も言わずに、というかむしろ喜んで付き合ってくれた
今、なんとか逃げきれているのもそのトレーニングの賜物であろう
しかし、何であいつらは薄い服しか着ていない俺を完全武装で追っかけることができるんだろう
変態は、常識の範疇を超えている
まぁ、今は俺も変態なんだがな
なんたって、今の俺の装備は
鎧:全身タイツ
兜:りゅうびのパンツ
武器:りゅうびのブラジャー
といった、完全変態武装状態だ
顔はバッチリ隠しているので、捕まらなければバレることはないが、正直精神的にはもう死にたい
俺がなんでこんな状況になったのかは、単純だ
自分でそう仕向けたんだからな
りゅうびの噂で暴徒が小沛から発生することを抑えるには、彼らの攻撃対象を変えるしかなかった
その為にはもちろんりゅうび関連で、何かをするしかない
本人は不在の今、俺が考えた作戦は
『怪盗小沛仮面☆りゅうびの下着を強奪作戦』だった
まぁ、簡単に言えば、りゅうびの部屋から下着を盗んで、小沛に潜伏するだけのお仕事だ
もちろん、作戦は大成功で、わずか三日で7000人のうち半分は既に小沛入りをしているらしい
作戦の進行具合は全て、あらかじめ打ち合わせた場所で毎日聞いている
残りの半分も昼夜を通して、全力でこっちに向かっているらしい
俺はこの三日間、毎日味方に追われてる
奴らの目的はもちろん俺が持っているりゅうびの下着だ
しかし、まだ捕まるわけには行かない
兵士が全て小沛に集まり、りゅうびから連中に暴走しないように話す必要がある
それまで果たして逃げ切れるだろうか
あいつらも、普段はたいして頭使わないくせに、こういう時だけ何でそんなに知恵が回るんだってくらい罠を仕掛けてきやがる
落とし穴、待ち伏せ、道を塞ぐなど住人の迷惑お構いなしだ
というより、住民も俺の逮捕に協力的だからな
まぁ、女の子の下着をかぶった全身タイツの変質者に対しては当然といった態度だろう
俺も当事者じゃなければ間違いなく逮捕に協力するだろう
唯一の救いは、やまだ達庁舎の人間は今回の作戦を知っているので、うまく逃亡の手伝いをしてくれるということだ
というか、それがなければ俺は一日も逃げきれなかっただろう
ただ彼らも、怪盗小沛仮面の噂を広めたり、りゅうび軍の連中が暴れすぎないようになだめたりなど、他にも多くの仕事を抱えているため、頼りすぎるわけにもいかない
一応、生き残る手は俺も独自に打ってはいる、後はうまく機能するかどうかではあるが……
そんな時だった、一瞬で今俺が走りすぎた街の一角が吹き飛ばされた
そのがれきの向こうから、咆哮が響き渡る
「りゅうび様の下着を奪った不届きものはどこだぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」
しまった、もう死亡フラグが到着したのか
あの人だけはやばい
並の連中なら、1000人や2000人いても、逃げ切るだけの算段があったがあの人だけはやばい
本気で、死ぬ
俺は、一目散にそこから走って逃げた
しかし、劉好団の連中にすぐさま捕捉され、程なく俺はかんうさんに発見された
そこからの、かんうさんの動きは想像の範囲を超えていた
なんと俺のとこまで、一直線に向かってきたのである
途中にあった建造物は全て聖りゅうび偃月刀の前には空気と変わらなかった
どんどん俺とかんうさんの距離が縮まる
俺は隠して用意していた妨害用のトラップを発動させるが、ことごとく吹き飛ばされ、全く足止めにならない
その間にも、かんうさんの雄叫びと、ものが破壊される音が近づいてくる
そして、俺の背中にゾワリと嫌な感覚が走る
咄嗟に体をかがめると、さっきまで俺の頭があった位置を聖りゅうび偃月刀が通過していった
そして、体制を崩した俺は、そのまま振り切られた聖りゅうび偃月刀の衝撃波に吹っ飛ばされ、壁に打ち付けられる
「がはっ」
俺が、立ち上がるどころか、息を着く前にかんうさんは俺のすぐ傍まで距離をつめ、流れる動作でそのまま俺に得物を振りかぶってくる
やべっ、さすがにこれは
どがぁん
俺が死の恐怖に目をつむった瞬間、突然目の前で爆発音が響いた
慌てて目を開けると、聖りゅうび偃月刀を横に構えて防御した姿勢のかんうさんが5メートル程左側に押し飛ばされていた
「おい、なんで私の邪魔をする」
かんうさんが怪訝そうな顔で、自分に攻撃してきた人物に敵意を向ける
俺も右側を向くと、そこには想像通りの人物が立っていた
というよりも、本気のかんうさんに不意打ちかまして、さらに後ろに下がらせる人物なんて俺の知りうる限り一人しかいない
「ふふっ、さて、なんでかしらね」
ちょうひさんがいつものゆるい笑顔で俺に近づいてくる
「こいつは、りゅうび様を侮辱したやつだぞ。わかっているのか!」
理解できないというように、かんうさんが叫ぶ
「わたしとしては、彼に死なれると困るからね」
そう言ってちょうひさんは、俺に小声で「もう大丈夫だよこーめー君」と囁いてくれる
「そうか、わかった」
かんうさんが、聖りゅうび偃月刀をギリッと握り締め、そのままちょうひさんに向ける
「例えおまえであっても、そいつを庇い立てするのであれば、打ち倒すだけだ」
そう言って、かんうさんが斬りかかってくる
神速の一擊に合わせて、ちょうひさんが拳を振るい、聖りゅうび偃月刀の機動をずらす
その一瞬の隙をついて、ちょうひさんは俺を担いで建物の上に飛び上がり、そのまま建物伝いに走っていく
俺は、一瞬のできごとに情けない声を上げながら、浮遊感を感じていた
「ちょっ、ちょうひさん。うわぁぁぁああ」
「ダメだよ、しゃべると舌かんじゃうよ」
「で、でも」
「正面からかん君と戦ったら、こーめー君を守りきれる保障はないからね。それにりゅうちゃんも多分そろそろ小沛についてるだろうから、りゅうちゃんにかんくん止めてもらうんでしょ」
まさに、その通りだった
会議室を出たあと、俺がちょううんに頼んだのはちょうひさんを呼び戻すこと
そして、りゅうびに事情を説明して、騒ぎを止めてもらうことだった
というより、この作戦を実行した時点で、俺が生き残るにはそれしか手段がなかった
ぶっちゃけ、マジでさっきは死んだと思った
ほんとうにちょうひさんの到着が間に合ってよかった
後はりゅうびのとこに行くだけだ
ちょうひさんに抱えられながら、肩の荷が下りた気分でホッとしていると、突然ちょうひさんが後ろに飛んだ
そして直後、正面の屋根が吹き飛んだ
「私から、逃げきれると思ってるのか」
「さすがかんくん、やるわね」
「おまえの話に付き合う気はない、さぁ、死にたくなければそいつを差し出せ」
「それはできないかな」
「なら仕方ない。おまえもろとも斬る」
ちょうひさんは、俺を抱えながら、なんとかかんうさんの斬撃を躱すものの、さっきまでの余裕は感じられない
やっぱり、俺を抱えてる状態では十分に戦えないようだ
このままだと二人共やられる
なら、やれる手はこれしかない
俺は、自分の中で覚悟を決めた




