第四十二話 小沛のことを悪く言っちゃダメ
「なんだって!」
俺に報告書を持ってきたちょううんが、びくっとなる
ちょううんに謝りながら、俺は再び報告書に目を落とす
そこには、どうやら小沛の周りでりゅうびや俺に対する良くない噂が飛び交っているらしい
「民をたぶらかす魔女に、奸計を用いて人々を欺く偽善者か……」
ちょううんがよくわからないって顔をするので、俺の読んでいた報告書をちょううんにも見せる
「こーめー様はそんな人じゃありません。りゅうびさまだって、誰がそんな悪い噂を言うんですか。私が叩き切ってきます」
報告書を握り締め、ちょううんが憤った声で叫ぶ
今にも飛び出して言って、手当たり次第に槍を振り回しそうだったので俺は慌ててちょううんを止める
「離してください! こーめー様はこんな根も葉もない噂をされていいんですか?」
「まぁ、ちょううん落ち着け、お前が怒ってくれるのは嬉しいが、このまま何も考えずに暴れれば、それこそ噂通りになっちまうだろ、な?」
「くっ……わかりました」
俺が彼女の頭に手をやり、説得するとなんとかわかってくれたみたいだ
しかし、予想はしていたが、こんなに早くしかもこんな露骨な形で嫌がらせをしてくるとはな
既に、俺には犯人の目星はついていた
りゅうびや、やまだ達の努力により、小沛はこれまでにないほど潤った
ただ、これだけの急速な成長の影には、被害を受けたやつや面白く思っていない奴らも当然産まれてくる
特に、身近に居る奴からすれば、となりの奴が急に潤い始めたら嫉妬もするだろう
だけど、まずは鎮火が先だな
これ以上余計な噂を立てられるとめんどくさいことになる
今はまだそう強く信じてはいられないと思うが、噂も数が増えれば真実になりかねない
特にネットも新聞もないこの世界じゃあ、周りの情報の大半は噂だからな
それに、俺たちにも後ろめたいことがないかと言われれば、微妙なところだしな
やまだ達は納得してくれたが、実際事実として太守を傀儡状態にしたからな
俺はそこまで考えると、即座にちょううんに指示を出す
「ちょううん、今この小沛の庁舎にいる幹部連中を集めてくれ。既にここまで噂が来てるってことはかなり後手に回っちまってるから、早めに対策打たないとやばい」
「はい、すぐに集めてきます」
りゅうび軍の主だった面子はそれぞれの仕事で、遠くに散っているので、集まったのはやまだとだいたい半数くらいの役人達だけである
「こーめー殿、突然招集をかけて一体どうかなされましたか?」
「ああ、どうやら小沛の、特にりゅうびの悪い噂が流れている」
こーめー様のもですよ、とちょううんが小声で抗議してくるが、俺の方はいい
俺の話を聞いて、初めて知ったような顔をした連中はほとんどいなかった
「ええ、その噂は私も聞きましたが大げさすぎませんか。確かに、りゅうび様のことを悪く言う輩は許せませんが、所詮は市民の噂程度の話です。我々が集まってまで対処する必要があるんですか?」
やまだのすぐ横にいた役人があまり興味がないような感じで言ってくる
「ええ、こーめー殿、りゅうび様は素晴らしいお方です。その素晴らしさが噂程度でどうこうなるとは……」
やまだも、それに続く形で意見を言ってくる
駄目だこいつらはわかっていない
俺は、手で机を思いっきりバコン叩く
手が痺れて痛いが、今はそんなことどうでもいい
「あんたたちは何も分かっていない!」
「こ、こーめー殿、確かに噂が広がるのは住民の不審につながったり、市場の不活性化につながったり影響は出ると思いますが、そこまで焦らなくても、対策担当者決め、ことに当たらせればそれで十分ではないでしょうか?」
俺の補佐をよくしてくれている、財務担当の役人が驚きながらも俺をなだめようとしてくれる
だが、そういうことではないんだ
彼の言うとおり、りゅうびや俺の噂なんて普通はどうでもいい
正直、俺も対外的にはそれで十分だと思う
そう、対外的には
「ええ、住民たちや、外に関してはそれで十分です。ですが、大きなことを見落としてる」
「大きなことですか……」
会議室にいる全員が、分からにというように、俺の言ったことを反芻する
「……今うちの領地は、武器を持った7000人の暴徒を発生させるかどうかの瀬戸際なんですよ」
「あっ」
全員が、口をあんぐり上げて驚いた顔をする
どうやら気づいたようだ
今、りゅうびはここにいない
そして、派遣されている兵士はイコールりゅうびの信者達だ
歯止めが全くない彼らが、りゅうびの悪口を言われたらどういった行動に出るか、想像するまでもない
最悪、城が何個か地図から消えるぞ
「わかったか、すぐに対策会議をするぞ!」
「「「わかりました!!」」」
全員の顔には先程までの気だるげな表情は一切残っておらず、とても集中した仕事人の顔になった
既にここまで噂が来ているんだ、幸い彼らが派遣されているのは山奥などだから、まだ大丈夫だろうが予断を許さない状況であるのには変わりない
すぐにでも、味方が燃え上がる前に鎮火する手を打たなくては
くそ、誰だか知らんが余計なことをしやがって
俺は小さく舌打ちをすると、ここまでに練った対応策を話し始めた




