第三十八話 名プロデューサーとアイドル
「おい小僧、いるか?」
「はい、いますよ。どうかしましたか、かんうさん?」
俺の部屋に聖りゅうび偃月刀を携えたかんうさんが入ってきた
「ああ、一週間後から始まるりゅうび様の公演のことで追加予算を出せ」
おもむろに、俺に手を突き出してくる
俺が対応に困っていると、めんどうくさいなという表情をしながらも話してくれた
どうにも、りゅうびのライブが前回の事も有り好評過ぎて、人が収容しきれないらしい
既に、前回よりも多い10公演という殺人スケジュールを組んでいるらしいのだが、それでも捌ききれないらしい
理由の一つに、この世界に拡声器などがないことが挙げられる
もちろん、りゅうびが歌っているときは観客は声を出さずに聞き、曲と曲の合間だけ騒ぐようにしてたり、ステージを囲むように客席を配置したりして、一回辺りに参加できる人数を増やすなど多くの工夫を取り入れている
歌ってるとき、りゅうびの声と演奏以外一切聞こえないのは最初見たとき違和感しか感じなかった
アイドルのコンサートに行ったのに、全員クラシックの演奏を聴いているかのように観客たちが静かなのである
ただし、やはりそこはりゅうびの信者たちである、静かに洗練された動きで踊っている彼らの情熱という名の熱気は、遠くから見ている俺でもかかわり合いには絶対なりたくないと思わせる凄まじいものだった
そこでかんうさんは、急遽ではあるが、観客席を二段にしようというのである
それで、観客を二倍とは言わないまでも、さらに多く収容できるようにしたいらしい
なので、りゅうびのライブの総合プロデューサーであるかんうさんが直々に交渉に来たらしい
うん、まぁ、交渉じゃなくていきなり命令から始まったけどね
俺は、かんうさんから見積書を受け取り、頭の中で投資とそれによって回収できる金額を試算する
二階を設置することでおよそ40%収容人数を増やせるらしい
どんぶり勘定で、おおよそ10日の公演で回収可能だ
そのうえ、二階にすることで一階からりゅうびのことが見えなくならないような設計の配慮、想定人数よりも多人数で使用しても壊れない安全性、時間内に入退場可能な動線などの懸念事項も事細やかに説明している資料まで添付されていた
ざっと見るだけでも膨大な量の資料も全てかんうさんが一人で作ったらしい
本当にこの人はりゅうびのことになると気持ち悪いくらい有能である
流石は関羽のポジションにある人なんだろう
ただ、なぜこれを他のことに生かしてくれないんだ
と、俺は心の中で愚痴りながら、予算の承諾と工事の許可を記載した木簡をかんうさんに手渡した
俺の部屋から帰る途中、壁に打ち付けられた板が一瞬気になったようだが、そのまま出ていってしまった
ああ、また余計な出費が
俺の部屋の壁と扉はいつ元に戻るんだろう
今日もこーめーのため息は尽きなかった
「こ、こーめー、かくまってくれ!」
「ん、どうしたりゅうびそんなに慌てて」
「いいから、ちょっと机の下貸せ」
俺が頷く間もなく、慌てたりゅうびが机の下に身を潜める
その直後、りゅうびを呼ぶ何人かの声がする
りゅうびの方に目線を送ると、絶対自分のことをばらすなと視線だけで訴えかけてきていた
声の主たちは、たがて俺の部屋の前にも来て、りゅうびが来ていないか確認してきた
俺は、見ていないなぁといって内心ドキドキしながらも平静を装って答えた
彼らは特に疑いもせずに、俺に一礼して隣の部屋へと行ってしまった
「で、なにやらかしたんだ?」
俺は、追手を撒いてホッと胸を撫でおろしているりゅうびに聞いた
「別に、あたしは悪くないぞ。ちょっと、練習の合間に休みに来ただけだ」
「つまり、練習をサボってきたと」
「にゃっ!? ちっ、違うぞこーめー、休憩だ休憩、人聞きが悪い」
りゅうびが必死に言い繕ってくる
俺は曖昧に返事を返しながら、残っていたお茶と菓子を出してやる
「ん、ありがと。はふっ、うまっ。んくんく、ぷはー」
りゅうびは俺から、茶と菓子を受け取ると、一気に菓子を頬張り、お茶で飲み下してしまった
「そんな慌てて食わんでも、茶菓子は逃げないぞ」
「こーめーはかんうの恐ろしさを知らんから、そんなことが言えるのだ」
不満そうに口を尖らしてりゅうびが言う
「だいたい、あいつはあたしの臣下のくせして、ライブがあるのだから食事バランスに気をつけろとか、甘いものは太るから食べるなとか、ほんとに付き合っておれん」
ぷりぷりとライブの練習の不満を愚痴るりゅうびを見て、俺は吹き出してしまった
「なんだ、こーめー、笑うなんてひどいじゃないか」
「いや、別にお前の不幸を笑ったわけじゃないよ」
じゃあなんなのだ、とりゅうびが切り返してくる
「なんだかんだ文句を言いながらも、みんなのために頑張ってるお前を見ていて、ちょっと嬉しく思っただけだよ」
「なっ、あたしはただ、あたしのためにやってるだけだ」
顔を赤らめて、ぶっきらぼうに答える
その後、俺とりゅうびは久しぶりに色々と話した
ライブのこと、小沛のこと、そうそうのこと、仲間のこと
小沛に来てから、お互い忙しくなり、顔を合わせてもなかなかこういったたわいもない話はできなかったからな
久々にコロコロと表情の変わる楽しそうなりゅうびの姿を見た気もした
本当に、こうやって話していると、全くそんな気はしないが、それでもこいつは今や小沛という国を実質収めている領主なんだよな
そして、いずれは天下に覇を唱える王となる
でも、きっとそうなってもこいつは仲間とこうやって馬鹿な話をして、国中みんながそんな楽しく笑い合えるような国を作ってくれる気がした
俺は、そんなこいつを支えられるだけ、支えていきたい、そんなことを改めて思わさせられる時間だった
「りゅうび様、こんなところにおられましたか」
俺たちは話に夢中になって、後ろに立つかんうに全く気がつかなかった
「げっ、かんう」
慌てて、りゅうびが逃げ出そうとするが、一瞬でかんうに首根っこを掴まれてしまう
「ううっ、離せっ」
りゅうびはジタバタと暴れるも、相手はあのかんうさんである
引きはがせる訳もなく、全く無意味であった
俺はりゅうびにすがるように見つめられるが、目をそらす
「こーめーの裏切り者ー」
そう言って、ずるずるとかんうさんに引きずられていくりゅうびに俺は心の中で合掌することしかできなかった
すまんりゅうび、武器を振り回すかんうさんには敵いません
そして、いよいよ税の納付日になった




