第二十六話 疾風の黒騎士
「今度は、何ごっこをしてるんですか、そうそう兄」
無骨な鎧を全身に着込んだ男が声をかける
「なんだそうじん、これは『国という単位の頂点に立つ男と黒い馬に乗った戦う男』という話に出てくる感動的な出撃シーンだ」
「なんですか、そのやたら説明的な人物が出てくる、回りくどそうな本は」
じとーっとそうじんがそうそうを睨む
「なんだよ、そうじんノリ悪いな」
「はぁ、そうそう兄、あなたは3万人の兵の将軍なんですから、もう少しそれらしい行動を」
「はい、ストップ。戦場では暗い話はタブーだぜ」
「またそうやって」
「まぁまぁ、そうじんさん落ち着いてください」
そうじんを後ろから制したのは、青い髪を長く伸ばした落ち着いた雰囲気の少女だった
「かこうえんか、またそうやってそうそう兄を甘やかすとですねえ」
「ふふふっ、そっちの方がそうそう様らしいじゃないですか」
笑顔で答えるかこうえんに、そうじんはただただため息をつくだけだった
それを見かねてか、そうそうが声をかける
「何、そうじん心配するな、既に作戦は我が黒騎士に伝えてある」
「そう言う手回しの良さは相変わらずですね」
今日もそうじんの気苦労は絶えないのであった
「で、こーめー、どうやって高蓮砦をせめるのだ?」
昨日夜遅くに高蓮砦に到着した俺たちは、すうせい将軍に挨拶をし天幕を張り、早々に床についてしまった
疲れがたまっていたのもあるが、それ以上に、りゅうび軍初の砦攻略戦ということだけあって、みんな英気を養うため休んでもらったのである
通常は夜襲を警戒して見張りを立てるものなのだが、すうせい将軍が気を利かせて俺たちの方にも警備の兵を回してくれたのである
鶏巾族の兵士を取り込んだことも、最初は驚いていたけども、快く許してもらえた
本当に器の広い将軍である
次の日、りゅうび軍3300人の兵士は皆気力に満ちた顔で整列していた
りゅうびの魅力のおかげか、脱走くらいは気にしていたが、一人も脱落していない
「それじゃあ、作戦を説明します」
前回の功績を考え、今までのりゅうび、かんうさん、ちょうひさんに加え、俺も隊を率いることになった
内訳は
りゅうび隊2000
かんう隊1000
ちょうひ隊50
こ-めー隊250
となった
ちょううんには、俺の護衛と共に、こーめー隊の副隊長を頼んだら、快く引き受けてくれた
むしろ恐縮されすぎて、説得に3時間程かかったのはきっと気のせいだ
「む、小僧の隊が少ないのはわかるが、なぜそれよりもちょうひ隊が少ないんだ。さては貴様りゅうび様のことを」
かんうさんが俺に向かってロリコン偃月刀を振りかぶってくる
「うわー、ちょっ、ちょっとまって、これは作戦なんですよ」
「なんだと、ん、なるほど、そういうことか」
この人はなんでこんなに理解力があって頭がいいのに、りゅうびのことになった途端見境がなくなるんだろう
「はい、それでは詳しい話をしていきます」
高蓮砦の総兵力は2万5000と見積もられていた
これは、一見少ないようにも見えるが、ほかの方面からの進軍を防ぐために兵力を分散していること、そして、崖を背にした高蓮砦は高く厚い防壁に囲まれた難攻不落の砦であったためである
当初、すうせい将軍は他の方面から侵攻している将軍の到着を待つ予定らしかったが、俺の作戦を聞き決戦に踏み切ってもらった
実質的に、俺の策が成功するまではすうせい将軍の部隊は、砦に牽制をかけるだけなので被害も少ないことと、手柄を他の将軍に分けなくて済むというのが彼らの背を押したと言える
すうせい将軍はともかく、俺たちに対して懐疑的であった幕僚たちにはいい餌となったようだ
「全軍、進軍!」
「「「「おうっ!!!」」」」
すうせい将軍の号令のもと、高蓮砦攻防戦の火蓋が切って落とされた
すうせい軍は途中で、予備兵と別働隊を編入させ約40000人まで増えた
攻城戦には三倍の兵力を必要とするというが、1.5倍のすうせい軍に対して本気の迎撃が必要である
開戦後、すうせい軍と鶏巾族軍との間で激しい弓の打ち合いが始まった
防御柵や土塁がある鶏巾族軍の方が有利であるが、敵を惹きつけるのが今回の役目であるすうせい軍も、木製の盾と兵数を利用して五分の戦いをしていると言える
それでは、俺らの作戦もはじめるか
「りゅうび頼んだぞ」
「オッケー。 それじゃあみんな、あたしのライヴ始めちゃうよ!」
「「「うおっほーほわわわわー!!!!」」」
突然りゅうびのライブが始まる
ここのところ、りゅうび軍の人数も増え、設備やバックバンドまでついた
既にかんうさんが手を回していて、持ち歌もいくつかあるほどだった
彼女の荷物が実は地味に多いのもそう言うことらしい
まぁ、それ以上に命のやり取りを今まさにやってる戦場の横で、2000人の信者共が騒いでるのである。すごくシュールな光景であるとともに、ものすごいインパクトがあった
この世界に来ていくつか気づいたことがある
一つは、この世界は俺の知ってる三国志に似ているが、全く違ったものであること
例えば、りゅうびが女だったり、ペガサスなんて生き物がいたりだ
少しの誤差ならわかるが、明らかに看過できないレベルの出来事がたくさん起こっている
そしてもう一つ、この世界の人間の能力だ
最初はちょうひさんの筋力なんかを見ても、漫画の世界にも来たのかと思ったが、ここまでいろんな人に会って少し考えが変わった
確かに、異常な能力を持った人間がいるのは事実として、大半の人間は普通であるということ
この世界では三国志の中で有名な武将の能力が異常なのである
かんうさん達の武力わわかりやすいが、それ以上にりゅうびの魅力である
確かに、俺の知る三国志世界は劉備玄徳は高い徳を持った人間で、多くの人々に愛されたという話はよく聞く、しかし、ここのりゅうびは人徳とかそんなレベルでは説明できないようなことをやってのけている
一回目の義勇兵を仲間にしたときは、違和感程度だったが、一昨日の豪での鶏巾族の連中を取り込んだ時に確信した
何らかの宗教を深く信じてる奴を一発で全員寝返らせるなんてどう考えても異常だ
つまり、りゅうびには人々を魅了する力がある
今回は、それを利用させてもらった
効果は抜群のようで、何人もの兵士がこちらの方を注目している
すうせい軍の突撃とりゅうびのライヴのおかげで、戦場全体が砦の右側に動いた
その隙を見越し、左側に移動する影
50人ほどの小集団が何かを運びながら、敵の矢が届かないギリギリに集まる
「それじゃあ、いきますよー」
ちょうひの間延びした声が戦場に小さく響いた
そして、りゅうび軍人間投石器の投石が始まった
その着弾点は、高蓮砦の正面門ではなく、左上の崖であった
現代のように崖に落石防止工事や強化補修がなされているわけもない、岩肌むき出しの天然ものである
もちろん、雨や風である程度は固められているだろうが、横から恐ろしい勢いで飛来する石には耐えられなかった
2・3発はびくともしなかった
10発目位から低い地鳴りのような音が鳴り
30発打ち込まれたあたりで、ついに耐え切れなくなった斜面が崩れた
「なんだ、崖が崩れてきたぞ!」
「被害状況を」
「うわぁぁぁぁ」
高蓮砦内は突然のできごとに混乱が起きた
そもそも崖側は、攻撃にさらされることはないとタカをくくっていたため人数も少なく、対応できる指揮官もいなかったことも原因である
混乱する、鶏巾族をよそに、崖の上に一騎の騎兵が現れた
彼は、崖下に向かい突撃命令を下す
彼が崖を下り始めると、その後ろから何人もの兵が続いた
「「「うぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!」」」
かんうを先頭に、かんう隊の兵士が凄まじいスピードで崩れた岩の上を駆け下っていく
それにしても、功績のあった兵士にはりゅうびのライブの最前列チケットを褒美で出すと言ったら凄まじい士気の上がりっぷりだな
人間って、二本足よりも四本足の方が早かったのか
こーめーの視線の先には獣と化した男たちまさに一番下まで到達するところだった
いくら、ちょうひが崩したとは言え、結構急で足場も悪いはずなのに、一人の脱落者もいなところを見ると、彼らのりゅうびに対する愛にため息しか出ないこーめーだった
こーめーが一息ついた瞬間、再び崖が崩れる音がした
彼が、驚いて、顔を上げると、反対側の崖から凄まじい砂煙が上がっている
「馬鹿な、あっちには何も仕掛けは、っ、まさか、俺と同じ作戦を」
こーめーが言い切る前に、反対側の崖からも兵士たちの雄叫び声が聞こえる
予想だにしない事態が起こる中、かんうは既に砦内の最奥、つまるとこ鶏巾族の本陣までやってきていた
目の前には、親衛隊らしき筋骨隆々の男たち、そしてその中央に全身輝く雄鶏の被り物をした褌姿の男が立っていた
「我は、鶏様に仕えし大司教ちょうかく様の弟、ちょうほうなり、我が秘術によって鍛えられし部隊の底力をその身に刻むが良い」
彼は、そう叫ぶと親衛兵達はかんう達に襲い掛かった
そのころ、こーめーは突然の事態もあったが、鶏巾族に扮した250人の部下とともになんとか崖を下り正面門に向かい急いでいた
彼の任務は、内側から門を開け、すうせい軍を引き入れることだった
突然の崖の崩落、それから敵の侵入もあり、正面門付近も鶏巾族軍は大混乱状態であった
こーめー達は出来るだけ本陣に行くようにニセの伝令を叫びながら、正面門付近までくる
そこまで来ると、小柄なちょううんが先頭に飛び出し、そのまま正面門の閂を槍で真っ二つに断ち、その勢いで門をこじ開ける
こーめーたちはちょううんの先行に合わせ、二手に別れ、慌てふためく鶏巾族の弓兵たちに襲いかかる
ちょううんが、門から少し離れたタイミングを見計らって、ちょうひの強烈な投石が門に襲いかかる
数発くらった門はそのまま再起不能となり、そこ目掛けてすうせい軍がなだれ込む
すうせい軍が高蓮砦になだれ込んでいるとき、本陣の方でも戦いの決着がつきそうだった
強化された鶏巾族親衛隊は強かったが、それでもかんうの敵ではなかった
彼は、聖りゅうび偃月刀を振り抜き、一気にちょうほうまで詰め寄る
あと数メートルといったところで、ちょうほうを見据える
かんうがちょうほうの首に聖りゅうび偃月刀を打ち込むより早く、横から現れた黒い騎兵の大剣によりちょうほうの首が刈り取られる
「貴様は」
かんうが苛立たしげ問うと黒騎士はかんうを一瞥し
「あたしはかこうとん、覇王の剣よ」
そう言うと、かこうとんと名乗った女性は馬を返して、かんうの前から消えた
かんうは舌打ちをしつつも残党兵の討伐に向かった
「さすが、かこうえんだな、いつ見てもすごい弓の腕だ」
「いえ、そんなことありません。パズルのように組みあがった崖の芯になる部分をそうそう様に教えていただけなければ、あんな崖崩せる訳ありません」
「お前はもっと自分の腕を誇れ。それにしても、すうせいの方もどうやったのか知らねえが、崖を崩していたみたいだしな」
そうそうは自分の顎を触りながら考え込む
「それで、そうそう兄これからどうするんですか」
「ああ、かこうとんが戻ってきたらすうせいの奴には挨拶に行くさ。オレと同じ策を考えた奴も気になるしな」
そうそうは不敵に笑い、次を見据えるのであった




