ヌヴェル29 踊らにゃ損損
じっちゃんは、豪快な人だったらしい。
人情に厚く、人のためなら一肌も二肌も脱ぐという度量持ち。
一方で、遊び好き、酒好き、女好きとどうしようもないあかんたれで、ばっちゃんはいつも泣かされていたらしい。
僕は、じっちゃん子だったので、優しいじっちゃんの思い出が多いが、確かに酔っぱらっているときは怖かったし、喧嘩したあとのばっちゃんの背中がやけに寂しそうだったのも覚えている。
そんなじっちゃんは、ばっちゃんを残して先に死んでしまった。
葬儀では、“あの人には、よう助けてもろた、ほんまええ人やった”とか、“せんど遊んだんやから大往生やわ”とか、“嫁さん泣かしてばっかりやったから成仏できんのんとちゃうか”とか、いろいろ言われていた。
そのときも、ばっちゃんの背中は寂しそうに見えた。
それからしばらくして不思議なことがあった。
じっちゃんの座卓の前で、ばっちゃんがぽつねんと座っている。
その腕に蚊がとまっていた。その蚊をばっちゃんはじっと見つめている。叩こうとも追い払おうともせず。
すると、蚊は徐に飛び立つとフラフラとまるで踊っているかのような恰好で闇の中へ消え去ってしまった。
次の日、ばっちゃんはじっちゃんの座卓に酒の入った盃を置いた。
そこにフラフラと踊っているかのように蚊が飛んできて止まった。昨日の蚊のようだ。それが美味しそうに酒を飲み始めた。
そんなことが数日続いた後のことだ。
盃の酒の中で蚊が死んでいた。
ばっちゃんは、その酒を庭の隅に撒いた。蚊はやがて土に返るのだろう。
それから数年、ばっちゃんも亡くなった。
家の整理をしましょうということになり、僕はじっちゃんの座卓を粗大ごみに出すため、抽斗の中身を改めた。そこに、じっちゃんの字で半紙に墨書されたものが出てきた。
この世にし楽しくあらば来む世には虫にも鳥にも我はなりなむ
調べると、大伴旅人という歌人の歌であり、万葉集に載っているものだった。
意味合いは、<この世でね楽しく生きたらね あの世では虫になっても鳥になっても俺はかまわんさ 踊らにゃ損損>ということらしい。
まさに、じっちゃんの生き方そのものや。
ばっちゃんは、これを見てたんだなぁと思った。
あのとき、蚊を叩こうとも追い払おうともしなかったのは。
あの蚊は、じっちゃんだったのかな?
ならば、じっちゃんは蚊のつぎ何に生まれ変わったんだろう?
鳥かな?それとも、やっぱ蚊かな?・・・
参考文献 万葉学者、墓をしまい母を送る 著作 上野誠 株式会社 講談社




