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そのまま

新婚旅行①

作者: こまこま
掲載日:2026/06/02

「なあ」


夜。


詩がソファで本読んでる横で、

昂汰がスマホ見ている。


まったりした時間。


「ちょっとどっか行かん?」


詩、本から顔上げる。


「どっか?」


「新婚旅行、ちゃんと行ってへんやん」

「オールスターのとこ、ちょい空くやろ」


詩、一瞬止まる。


「……あ」


“忙しいから”って諦めてた

いつかきっと、って後回しにして、考えないようにしてた。


「……いいの?」


昂汰はそこで初めて顔を上げる。


「何が」


「昂汰さん、忙しいし、疲れてるし」

休みたいんじゃ…


「ん、だから行く」


詩は小さく笑う。


「…じゃあ、行きたい」





それから。

昂汰さんがいっぱい調べてくれて、

いくつかあげてくれた候補の中から

一軒決めて。


「休みに行くんだからな」

“絶対無理すんな”

ってしつこいくらい念押しされて。





前日夜。


寝室の明かりは少し落ちている。


詩はベッドに入ってるはずなのに、

なかなか落ち着かない。


スマホを見ては伏せて、

また少し考えて、

また起き上がる。


「……寝れない」


小さく呟いた声が、部屋に落ちる。


その瞬間。


「何してんねん」


昂汰の声。


振り向くと、ドアのところに立っている。



「明日早いやろ」


「うん、でも……」


言いかけて止まる。


楽しみ、って言うのがちょっと恥ずかしい。


昂汰はため息をついて、

ベッドの横に来る。


「子どもか」


軽く言いながら、

詩の額に手を当てる。


熱があるわけじゃないのに確認する癖。


「別にそんな緊張するもんちゃうやろ」


「緊張じゃなくて……」


詩は少し視線をそらす。


「……楽しみで」


言った瞬間、自分でちょっとだけ黙る。



昂汰、一瞬止まる。


「ほな、余計寝な」


やわらかい声。


詩は布団の中でもそもそ動く。


「…うん、そうなんだけど」


「そんな楽しみなん?」


ふにゃっと崩れる顔。


「だって…」


「…っとに」


呆れたように笑いながら

そのままベッドに入ってくる。


布団を少し上げて

傍に空間を作ると、


「……ほら」


促すように小さく動く顔。


詩が少し迷ってから、

そっと近づく。


そのまま捕まる。



「寝るまで付き合うから」


「……それはそれで寝れない」


「うるさい」


でも手は離さない。




「ほら」


もう一回だけ言って、

詩の頭を軽く抱える。


今度は本気で寝かせるモード。

「…おやすみ」


額に、瞼に落ちる唇。


詩はそのまま、

ようやく少しだけ目を閉じる。


大きな手が頭を撫ぜる、

その温もりがあったかくて

安心したみたいに呼吸が落ちる。



昂汰はその様子を見ながら、


(ほんまに、もう…)


って思うのに、


一番落ち着いてるのは自分の方やなって気づく。






車。


高速に入って、少しだけ空気が落ち着いてる時間。


詩は助手席で、窓の外を見たり、前を見たりしてる。


いつも通りのはずなのに、今日はちょっとだけ違う空気。




「……昂汰さんってさ」


不意に詩が言う。


「ん?」


視線は前のまま。


詩は少し間を置く。


「運転してるとき、かっこいいよね」


「…は?」


耳がちょっとだけ赤い。


詩はそれに気づかないまま続ける。


「なんか……ちゃんとしてるっていうか」

「いつもちゃんとしてるけど、違うちゃんとしてる」


語彙がちょっと迷子。


昂汰は軽く笑う。


「何やねんそれ」


少しスピード落ちる。


詩は前を見ながら、

ほんとに何でもないみたいに言う。


「ここにいるときの昂汰さん、好き」


一瞬。


車内の音が変わる。


エンジン音だけが妙に大きく聞こえる。


昂汰は前を見たまま。


「……は?」


さっきより声が小さい。



「なんか、全部見える感じが」

「腕とか、首とか」

「顔も」


「…全部かっこいい」


そこでやっと少しだけ恥ずかしくなって、

窓の方を見る。




(今の何や)

(何で今言うた)

(しかも運転中に)


止まりたい。


けど高速。



「……お前な」


やっと出た声。


詩は小さく笑う。


「ほんとはずっと思ってたよ?」


「……」


一回言葉が詰まる。


視線を前に戻したまま。


「……事故るわ」


「え?」


「普通に」



それだけ言って、

ハンドル握り直す。


でもちょっと呼吸が変わってる。




詩は横目でちらっと見る。


(あ、今ちょっと困ってる)


それが分かって、

ちょっと満足する。




(こいつ今、無意識で一番やばいこと言ったな)


(しかも逃げ場なしのやつ)




昂汰、小さく呟く。


「……そういう事」


間。


「…え?」


「そういう事言うってのは」

“ちゃんと覚悟してんのやろうな”




詩は少しだけ首をかしげる。


「覚悟ってなに」




昂汰は答えない。


代わりにアクセルを少し踏む。




(…覚えとけよ)

マジで。







「昂汰さん」

それは、いつもより少し弾んだ声で。

「見て」

身体中から嬉しい、が溢れてて


緑に囲まれて大きく息をする彼女は


とても幸せそうに見えた






「…すごいね」

玄関をくぐり、部屋に案内されながら

小声で何度もそう囁く


部屋の中を一通り見ながら何度も歓声を上げる


「…大丈夫か」

一回落ち着こ


心配になってそう促せば、

どうしてそんなに落ち着いていられるんだと目を細めてくる


「慣れてるんだ、こういうとこ…」


「な…!違うわっ」


濡れ衣もいいところだ


こんなところに連れてきたいと思ったのは彼女が初めてなのに


むぅっと頬を膨らませる姿も


渋々。


少し離れたところに座って


それでも2人分お茶を入れてくれるのも。



面倒で

愛おしくて

溢れる笑顔を隠せない



「うた、おいで」

隣をポンポンと叩けば

迷いながらも寄ってくる



“ちょっと休んだら散歩行こか”

途端に変わる表情

なんでも叶えてやりたくなる






旅館の夜は、昼間よりずっと静かだった。


木造の廊下を歩く音だけが、ゆっくり響く。


部屋を出るとき、詩は少しだけ落ち着かない様子で浴衣の裾を直していた。


「変じゃない?」


「…ええよ、似合っとる」


じっと見つめながら返事する


「…心配なるくらいや」


小さくこぼされた声は詩の耳には届かない。







外に出た瞬間、空気が変わる。


ひんやりしてるのに、どこか柔らかい夜。


灯りは少なくて、足元だけがぼんやり照らされている。


「……静か」


詩がぽつっと言う。


「…ん」


昂汰は前を見たまま歩く。


少し距離を取ってるつもりなのに、詩の歩幅が小さくて、自然と横に近づく。


浴衣の袖が、風で少し揺れる。


詩はそれを気にしているようで、たまに指先で押さえていた。


その動きが、なんとなく落ち着かない。


しばらく無言で歩く。


足音だけが重なる。


道の途中、少しだけ木が密になる場所があった。


そこに入った瞬間、灯りがさらに減る。




詩の足が、ほんの少しだけ止まる。


次の瞬間。


浴衣の袖が、ちょっとだけ昂汰の腕に触れた。


離れない。


というより、離す理由を見つけられないみたいに。


それを見て、少しだけ息を止める。



(……無意識やろな)


そういうやつ。


怖いとかじゃなくて、

安心してるときの距離の詰め方。



詩は前を見たまま、小さく言う。


「ここ、好きかも…」


昂汰は一瞬だけ黙る。


「……どこが」


「全部」


その言い方に、昂汰は少しだけ視線を落とす。


詩はほんとに、ただそう思ってるだけの顔をしている。


「…詩」


差し出した手を、

躊躇いもなく握ってくれる

そして、

ほんの少しだけ照れ臭そうに笑う。


(あかん…)


そう思うのに、止められなくて。


グッと引き寄せて

腕の中に閉じ込める


抵抗もせず

力を抜いて

身体を預けてくる事に


どうしようもなく

愛しさが込み上げる


腕の中

覗き込んだ瞳に映っていたのは

お互いの顔だけだった




「きれい…」


夜空を見上げながら

感動したように声を上げる


「すげえなぁ」


夢中になる彼女が心配で

背中から抱えたまま


同じものを見て

分かち合える


奇跡みたいなこの瞬間を

忘れたくない





「…戻るか」


夜の道は続いていく。


でもさっきより、少しだけ距離が近い。


というより。


最初から、そんなに離れてなかったみたいに。


それに、少しだけ歩く速度が上がっていた。


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