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公爵令嬢の婚約

作者: 月森香苗
掲載日:2026/03/10

 サルドリア王国の王家には現在、国王と王妃、そして五人の王子がいる。

 娘が欲しかった王妃が根性で五人の子を産んだが、全員が男で、王妃はそれはもう嘆いた。

 我が子は可愛い。だが、娘が欲しかった……!と血の涙を流さんばかりの勢いで唸る王妃を、似たような立場の夫人達は頷く事で同意した。

 血を残すという意味では男子であることはそれはもう良い事なのだ。家によっては子が出来なかったり、娘しかいない家だってある。だが、娘が欲しい母からすれば、同じようなものなのだ。

 何度でも言うが我が子は可愛い。ただ、母と娘がお揃いのドレスやアクセサリーをつける、なんていう微笑ましいことをしてみたかったのだ。

 王族である以上、いつかは他国に嫁がせて別れの日が来るとしても、そんな思い出を作りたかった。しかし産まれたのは全員男で、しかも揃いも揃って夫である国王に似て男前なのだけれど、可愛さはなく、ちょっとドレスを着てみない?なんて事も出来ないやんちゃなタイプばかりだったのだ。


 なので、王妃はメルリアン公爵家のネルフェリーチェをとても可愛がった。王妃が娘を強く望んでいることを知っている者は、まあそうなるよね、と理解を示した。

 ネルフェリーチェは絶対に王子の婚約者にはなれないので、国内貴族の令嬢達もネルフェリーチェが特別扱いされるのを微笑ましくみていた。


 そんなサルドリア王国にある縁談が持ち込まれた。東にある王妃の母国を挟んで更に東のセストラル王国との外交に伴う婚姻である。

 セストラル王国には王子が二人しかいない。そしてサルドリア王国にも王子しかいない。婚姻外交は無理だろう、とサルドリア国王は不思議そうに言ったのだが、セストラル王国が望んだのはネルフェリーチェだった。

 わざわざ調べたのか、と感心するも、ネルフェリーチェの事は調べたら簡単に分かる事なので、確かに王女がいなくとも彼女がそれと同等として嫁げるには嫁げるのだが。


「セストラル王国の第一王子は馬鹿の極みとして知られているではないの!わたくしは許しませんわよ!」

「エリュミネリア様、私が母ですわよ」

「分かっていますわよ!ルミネシア様がネルフェリーチェちゃんのお母様だってことは!だけど、だけどわたくしにとっては心の娘なのよ!ルミネシア様の次でいいから第二のお母様と呼ばれたいのよ!」


 国王に呼ばれてネルフェリーチェが母と登城しサロンに赴くと、王妃が疲れ切った国王を横に置いて荒ぶっていた。

 王妃のエリュミネリアとネルフェリーチェの母ルミネシアは結婚する為にサルドリア王国に来る前からの付き合いである。

 ルミネシアはエリュミネリアの母国の北にある小さな王国の王女で、隣接する国同士の関係で交流があった。

 それもあって二人の付き合いは長く、だからこそネルフェリーチェをエリュミネリアが可愛がるのをルミネシアも許していた。

 婚姻前に二人で子供が産まれたら、とか、娘が産まれたら、とかそんな話で盛り上がったこともあったので。

 娘への夢が大きくなりすぎて五人も子供を根性で産んだ、その執念を知っているからこそ、ルミネシアはエリュミネリアに甘くなってしまうのだ。

 それに、娘が欲しかったからと言って王子を蔑ろになどしていないことも知っていた。

 幼い頃は猿の方が大人しいくらいに全員が活発すぎて、乳母や侍女が走り回り追いかけ回して筋肉痛にさせたこともある王子達の体に紐をつけたのは王妃だった。


「犬の方が大人しく歩くわ!」


 と言いながら、走り出そうとして紐に邪魔され喚く王子を連行する光景は、他国に知られてはならないだろう。怪我をさせないようにはしていたし、なんなら紐のおかげで無駄な怪我は減った。

 安全性を確かめた上での安全紐は、どこに飛び出していくか分からない子供を抱える家の救いになったとかならなかったとか。

 とにかくそんな感じで体当たりで子供に接するエリュミネリアを知っているルミネシアは、一見すると大人しいネルフェリーチェを可愛がるのも無理はないな、と思っていたのだ。

 エリュミネリアは可愛いものが好きで、王女の頃から目を掛けていたルミネシアによく似たネルフェリーチェなので、母娘でエリュミネリアの寵愛を受けていると言っても過言ではない。

 そんな可愛い可愛いネルフェリーチェのところに来た縁談の相手が、よりにもよってクズなどエリュミネリアには許せなかった。


「エリュミネ。話を最後まで聞いてくれ。ネルフェリーチェの相性の良い王子と婚約を、との事だから第二王子でもいいんだよ」

「あら……あら。あらあら。まあ、そういう事?」


 それまで怒り心頭であったエリュミネリアは、国王の説明を聞いて何とか収めた。


「ルミネシア様。私、祖国の姉より話を聞いておりますの。セストラル王国の第二王子は優秀だと」


 メルリアン公爵家は兄がいるのでネルフェリーチェが嫁ぐのは決まっていたが、どこに嫁ぐかは定まっていなかった。

 立場的に十六歳で婚約者がいなかったのは、王族との婚姻が求められる際にネルフェリーチェが適しているからだ。公爵令嬢の身分であるが、彼女は皇女とほぼ同等の立場であった。


「私が嫁ぐのはどちらでも構いません。国の益となるように」


 母ルミネシアや王妃エリュミネリアも祖国の為に他国に嫁いで来たのだ。ネルフェリーチェは己もまた同じようにこの国の為に嫁ぐ事に反対する理由はなかった。





 交流の為、他国への移動経験の為にとセストラル王国より二人の王子がサルドリア王国にやって来た。第一王子は陸路を、第二王子は海路を使ってきたのだが、第一王子は噂通り相当な我儘らしく、予定を立てているにも関わらず好き勝手に他国を移動している中で振舞っていたそうだ。

 第一王子のグレミオと第二王子のロレシオは、この段階ではまだネルフェリーチェの婚約者候補という形でしか無かった。

 ネルフェリーチェに選択を委ねる形にしたのはセストラル王国からの誠意であり、また、暗にどちらを立太子させるべきかを外部に委ねた形であった。

 恐らくだが、セストラル王国は第二王子を立太子させたい。しかし大抵の国がそうであるように、長子継承の原則があり、横暴でエリュミネリア王妃をして「馬鹿」と言わせる愚かさでも廃嫡させるほどの瑕疵がなかった。

 他国にて明確な瑕疵が出来れば引きずり下ろせる。

 そんな意図が明確に見えていて、その思惑に乗っても良いと思ったのだ。第二王子の評価はそれだけ良いものばかりだったから。


 海路にて早々にサルドリア王国に入国したロレシオは、多くの手土産を用意していた。サルドリア王国では海を資源としている。その中に真珠があった。

 美しい真円の真珠で誂えたパリュールをエリュミネリア王妃、ルミネシア、ネルフェリーチェの三名分用意しているのは流石であった。


 特に、エリュミネリアはとても喜んだ。妹のように可愛がっていたルミネシアと心の娘として溺愛しているネルフェリーチェとお揃いのパリュールは、この国の事情をよく知っていると言うこと。

 この時点でロレシオに対してエリュミネリアからの好感度は高かった。ネルフェリーチェの母ルミネシアもその抜け目の無さを評価したし、ネルフェリーチェも印象が良かった。


 ロレシオは赤茶の髪の毛に黒い目をして、日に焼けた肌をした体格の良い男であった。

 礼装が窮屈そうなのは、普段は政務の一環で海に出ることがあるため、簡素な服を着ているからだという。

 セストラル王国では海が生活の一部であり、海に親しむのは当たり前のことだと言う。

 セストラル王国の現国王や先代国王を知るエリュミネリアもその発言には頷いていた。


「あの国の男性はどの方も体格が良くてね。貴公子然とした方が好みなら合わないけれど、わたくしの母国の令嬢の中には逞しくて頼り甲斐があると密かに人気があったのよ」

「それならば、日に焼けず細い方は肩身が狭そうですね」


 第一王子のグレミオがまだ到着していないので、ロレシオを歓迎する王妃のお茶会が開かれ、そこでネルフェリーチェはロレシオと顔を合わせた。


 逞しい体つき、整った男らしい顔立ち。焼けた肌も政務によるものならば真面目な気質なのだろう。

 ネルフェリーチェはにこりと微笑みながら、彼ならば並び立てそう、とひっそりと考えていた。


 グレミオが到着したのはロレシオが来てから約一ヶ月後。その間にロレシオは多くの有力貴族に紹介されていた。

 一応の配慮としてネルフェリーチェと共にいると婚約者が確定したと思われかねないので、同じ歳の第五王子レキレウスと共に行動していた。

 王子達はいずれも子供の頃が嘘のように大人しくなったが、国王に似た風格の持ち主で、レキレウスとロレシオが並び立つ姿は、年若い令嬢達の目を奪った。

 とは言えど、ロレシオは他国の王子であり、ネルフェリーチェの婚約者候補なので弁えている令嬢達は決して踏み込む事はしなかった。

 稀に弁えない令嬢が現れてロレシオに接近しようとしていたが、そう言ったものは直ぐに社交界での立場を失った。


 第一王子グレミオは噂に違わぬ横暴さで、国力としてはサルドリア王国の方が上なのにやたらと上から目線での物言いをしていた。

 そして、ロレシオに対しては特に顕著で、ことある毎に彼を貶める発言を繰り返した。さもグレミオが王太子かのような発言をしていたが、セストラル王国からついてきた彼の従者達は止めることがなかった。

 通常ならば有り得ない光景である。彼を肯定する為の沈黙ではなく、彼の失言を積ませる為だと言うのは誰の目にも明らかであった。

 グレミオは他国にも関わらず、好き勝手に振舞った。その中に、王城敷地内を勝手に歩き回るというものがあった。

 王城内は国家機密が存分にあり、警護の為の騎士が至る所に立っていたので無断侵入は出来なかったようだが、その代わりのように敷地内を歩き回っていた。


 そこでグレミオは王城の隅にある、小さな家を見つけた。隠されるように建てられたそこには一人の少女が暮らしていた。

 グレミオはその少女から話を聞き、なんて事だと憤慨した。

 少女は己を「秘匿された王女である」とグレミオに告げたのだ。


 グレミオはそもそもこの婚約には反対だった。何れ王となるのに妃が王女ではなく、他国の公爵令嬢というのが不満だった。

 何故王女では無いのか、と不満を漏らせば、説明をした宰相が「サルドリア王国には王女がいませんので」と答えていた。

 交流の為に、とサルドリア王国に足を運ぶのも嫌だった。嫁いでくるのであればあちらから来るべきだ、と言ったのだが、父の国王が行けと言うので仕方なく来たのだ。

 何故ロレシオがいるのかは分からないが、グレミオが王になれば追い出すつもりなのを感じ取って、取り入る先を探しに来たのだろうと憐れんだ。

 不満だらけの中で、グレミオが見つけられたのは秘匿され虐げられている王女。まさに運命ではないか。王女がいるならば、公爵令嬢ではなく王女の方が良い。

 そう判断したグレミオは、本来ならばネルフェリーチェに渡さなければならないドレスを少女に渡した。王女なのにドレス一枚すらないのだと嘆いていたので。

 少女はコーリンと名乗った。

 コーリンの儚そうな見た目とグレミオを頼るような振る舞いに彼はどんどんとコーリンにのめり込んだ。

 それを、誰も止めなかった。

 グレミオは他国の王子なので当然ながら監視がいる。しかし、誰一人として注意も警告も止めることすらしなかった。

 それは、サルドリア王国側にとっても都合が良かったからだ。

 サルドリア王国はこのコーリンを上手く処理したかった。セストラル王国はグレミオを失墜させたかった。

 出会いこそ計画したものではなかったが、国王と王妃は報告を受けて、これは良い機会だと便乗したのだ。



 その結果、王子二人を歓迎する夜会にて、グレミオは着飾らせたコーリンを伴い現れた。


「サルドリア国王よ!貴国は王女がいないと言って私に公爵令嬢を宛がったが、王女がいるではないか!私は虐げられ秘匿されていたコーリン王女を妻として連れ帰る!こんな非道なことをする国との国交などおぞましい。我が父には断交を進言する!」

「なるほど。グレミオ殿下はコーリンと婚姻するということですか。良いでしょう。では、婚姻誓約書に署名を」


 ここで疑問に思えばグレミオはまだ救いがあったのだろう。しかし、彼はどこまでも愚かであった。

 準備がいいではないか、と婚姻誓約書という文字を読むだけでさらさらと署名をした。そしてその隣にいたコーリンも同じように署名した。

 誓約書は直ぐに回収され、国王の手に渡されると、確かにと頷き、偶々(・・)夜会に招待されていた神殿の神官長を近くに招いた。


「ちょうど良い。婚姻の祝福を二人に与えてはくれないだろうか」

「ええ。構いませんよ。祝福に場所は関係ありませんからね」


 にこやかに笑う神官長は即席の婚姻式と見立て、二人を祝福した。

 本来であれば盛大な結婚式をするものなのだが、ここは他国。自国に戻ってコーリンが望む結婚式を行おうと満足気にしていたグレミオは、次の瞬間叩き落とされた。


「コーリンは王女ではなく平民故、グレミオ殿下は王位継承権を失ったようだが、彼女を幸せにしてやってくれ」

「……は?いや、コーリンは王女だろう?」

「コーリンは私の異母弟が結婚した女性の連れ子で王家とは何の血の繋がりもない平民だが?」


 私は一度もコーリンを王女と認めたことは無い、とサルドリア国王はにこやかに語る。王妃も笑みを浮かべていた。


「な、なぜ、ならば、何故、敷地内にコーリンは住んでいたのだ」

「悲しい事に弟夫婦は病を得た。異母弟はコーリンが成人するまでは面倒を見て欲しいとそう願った。故に世話をしていたのだが、何を勘違いしたのか、己を王女だなど言い出した上、ネルフェリーチェを害そうとしたので隔離したまで」


 ギョッとした顔でコーリンを見るグレミオに、コーリンは「私は王女よ。だってお城で暮らしていたのよ?」と何の疑いもなく言うのだ。

 城に暮らしていたら王女となるならば、使用人だって王女になってしまう。


「コーリンは間もなく市井に戻す予定だった。異母弟との約束は十分に果たしたつもりだ。市井にあれば働かなくてはならなかったが、食事に困らせたことはなく、今後を見据えて働き方を教えるメイドも派遣した。学んだかは別にして」


 グレミオは己が最悪な道を選びとったことを察した。

 王族は平民とは結婚が許されない。貴賤結婚を認めている国もあるにはあるが、それは特殊な環境だからであり、セストラル王国では当然許されていない。


「こ、婚姻は無効だ!王女だと思ったからこそだ!」

「そうは参りません」


 婚姻の向こうを叫ぶグレミオの言葉を封じたのは神官長であった。

 神殿は国に属さない独立組織で、神の敬虔なる下僕。王族から平民に至るまで婚姻の許しを与えられるのはこの独立性があるからだ。


「既に神に誓約書を捧げ、神の代行者として私の名で祝福を行いました。神の教えの元に死による別れ以外は許されていません。お二人は夫婦となりました。これに相違ありません」

「それをサルドリア王国国王の私が見届けた」

「セストラル王国第二王子ロレシオも見届けた」

「セストラル王国大使セグレティス・レーベンも見届けました」


 この場はセストラル王国の王子の来国を歓迎する夜会で、多くの貴族も参加している。当然、セストラル王国から先にやって来ていた大使も招かれていた。

 無効になど出来るはずがない。

 グレミオは確認の一つもせずにコーリンを王女だと言い妻にすると宣言した。誰一人としてコーリンを王女と認める言葉を発してはいないのに。

 独断で全てを進めた上、国を侮辱した上で断交など言い出す王子に対し、参加していた貴族達は非難の目を向けた。

 それに、サルドリア王国の貴族達はコーリンという少女など今の今まで知らなかった。

 もしも彼女が王女ならば、例えどのような生まれであろうともエリュミネリアは隠すはずがないのだ。貴族であれば誰もが知るほどに、エリュミネリアは強く娘を求めていたのだから。

 呆然としているグレミオを他所に、国王は一人の女性を手招いた。


 ネルフェリーチェ・メルリアン。

 両親と共に国王の前に進み礼儀正しく挨拶をしてホールへと振り返る。

 そこで初めてグレミオはネルフェリーチェを見た。そして、メルリアン公爵家の人々を見た。

 当主たる公爵は、国王と瓜二つの顔をしていた。


 国王マキリシアスとメルリアン公爵ラクトシアスは瓜二つの双子として生まれた。

 どちらが王になってもおかしくなかったのだが、後から生まれたラクトシアスは国を治めるのは荷が重いと幼い頃からずっと言い続けていた。

 マキリシアスは国に寄り添うような考えが出来るが、ラクトシアスは自分の大事なものしか大事にしたくない性格だったので、早々にラクトシアスの臣籍降下は決まっていた。

 初めこそ、マキリシアスに何かあった時や影武者としてラクトシアスを残しておくべきだと言っていた者も居たが、折角重荷から解放されるのに邪魔するな、と静かに怒ったラクトシアスによっていつの間にか消えていた。

 やがてエリュミネリアとルミネシアの縁談が結ばれる事になったのだが、王妃なるべくして教育を受けていたエリュミネリアに対し、国同士の結び付きが出来れば良しのルミネシアだったので、自然とどちらの王子と結婚するかが決まった。

 大陸の中央にある帝国とかその周辺の大国ならいざ知らず、大陸の端の方にあるそれなりの国なので、割と自由があったとも言える。

 ネルフェリーチェは確かに公爵令嬢という身分ではあるが、その血は二つの国の王族の血を持つ王女と同等であった。


 グレミオが何故理解していなかったのか誰にも分からないが、勉強から逃げ、苦言からも逃げ、自分のしたいことしかせず、見たいものしか見ない性格なので、きっと公爵令嬢という肩書きで思い込んだのでしょう、というのがロレシオの見解であった。


「歓迎の宴であったが、グレミオ殿下はコーリンと夫婦となったので、必然とネルフェリーチェ嬢はセストラル王国第二王子ロレシオ殿下と正式に婚約する事となった。皆のもの、祝福の拍手を」


 ネルフェリーチェに近付き手を差し出すロレシオ。その手に手を重ねるネルフェリーチェ。

 グレミオが本来ならばそこにいるはずだったのに。そう思っても全てが遅かった。グレミオの周りにはいつの間にかセストラル王国の人間が取り囲んでおり、ロレシオのところに行けないようにされていた。


 グレミオとロレシオは同母の兄弟であるが、グレミオはロレシオを憎んでいた。年下なのに出来が良く、順番が逆ならば良かったのにという大人達の密かな会話を聞いていた。

 そこで、見返してやると奮起するならまだしも、ロレシオを虐げて鬱憤を晴らそうとしていたのだから、誰もがグレミオを見捨てる方向に舵を切ったのだ。

 そもそもの話、グレミオは日に焼けるのを嫌って外に出なかった為、ひょろりとした色白の男であった。他国では人気が出るかもしれないが、セストラル王国では逞しく日に焼けた肌の男がモテる条件で、当然グレミオは人気がなかった。

 舞踏会や夜会などがあれば令嬢達の視線を集めるのはロレシオで、それもあって益々グレミオはロレシオを憎んだ。完全な逆恨みである。

 立太子はしていないものの、長子継承が原則だったのでグレミオは慢心していたのだ。何れ自分が王になると。


 だからこそ、サルドリア王国での振る舞いを誰も注意しない事で調子に乗った。罠だとも知らず。

 セストラル王国側の思惑としては、グレミオが失言と失態を重ねてサルドリア王国側から強く抗議してもらうことを考えていた。そしてサルドリア王国側もそれを了承した上で受け入れた。

 なぜなら、このままだとネルフェリーチェがグレミオに嫁ぐ可能性があったので。その可能性が僅かでもあるのをエリュミネリア王妃が許すはずもない。

 ネルフェリーチェの親であるラクトシアスとルミネシアは、エリュミネリアの過激すぎる部分を好ましく思っていたので、ネルフェリーチェが嫌がらない限りは好きにさせていた。

 それに、溺愛していたと言っても実母のルミネシアを差し置く、なんてことはしなかったので。

 王妃としての公の部分と私の部分をきっちりと区別していたからこそ、王妃の多少の暴走を誰もが微笑ましく見守っていたのだ。

 そんな王妃が「公」として第一王子グレミオは「無い」と断じた。確実にロレシオになるようにし、あちらの思惑通りになるよう協力するのは必然であった。


 コーリンとの出会いはまさに運命だったのだろう。グレミオにとっても、セストラル王国側にとっても、ついでに王家にとっても。

 コーリンは妄想癖が酷い。母を失った悲しみから壊れた、とかではなく、勝手にどんどんと悪化させていった。

 誰もが彼女に「貴方は王女ではない」「貴方はこういう生まれだから平民である」「国王陛下の温情である」と言っても自分の中で作り上げたストーリーに浸り続けた。

 彼女の中では、母親は国王の寵愛を受け、そこから生まれたのがコーリンで、王妃がそれを許さずに秘匿されて育てられた王女。となっていたのだ。

 異母弟である王弟の存在は消され、実父の存在も消され、王妃と結婚後に相思相愛になって脇目もふらない国王に失礼だし、悪者にされた王妃に対しても失礼であった。

 全て、彼女の中で辻褄を合わせ、より悲劇の王女となるように組み上げられた妄想である。

 そんなコーリンの妄想を誰もが否定して修正しようとしても無駄だった。

 早くに市井に戻すべきだったが、この妄想癖と一見すれば可愛らしい顔立ちが変に誤解を招いて広げかねず、どこか隔離に良い土地はないかと探している最中だった。

 厄介者を抱えていたのはサルドリア王国側も同じだったので、ならばセットにして処理してしまえ、となったのだ。


 セストラル王国には離島がいくつもある。その中には生活が出来るような場所だってある。ただし、船で二日はかかる距離で、自力での逃亡は出来ず、更に潮流とかそんな感じで、海賊でも近寄るのを嫌がるような島が。

 そこに二人を送ることになる。

 生きてはいけるのだ。きちんと自分達で動けば。当然従者などはいない。

 ある程度の支援物資を与えたらそれで終わりだ。定期的に様子見をしにいくだろうけれど、改善しない限り島からは出られない。そうなる予定だ。


 逞しく男前なロレシオと、美しく嫋やかなネルフェリーチェが二人並んで優雅に踊る姿は貴族達の目を奪った。

 グレミオとコーリンのことなど、直ぐに忘れてしまうだろう。

 その二人はセストラル王国の人間に囲まれたまま会場から連れ出され、そして容赦無く薬で眠らされた。これ以上この国にグレミオをいさせる訳にはいかないし、協力してくれたサルドリア王国へのお礼の意味でコーリンもさっさと連れて行くことにした。

 船酔いをするからと海路を避けたグレミオだが、寝ていれば問題ないだろうと船に乗せて彼らは一足早く帰国した。

 ロレシオが戻る頃には離島で生活を始めているだろう。





 ネルフェリーチェはある記憶を持って生まれた。それはもしかしたらこの魂が経験した一つ前の誰かの人生だったのかもしれない。

 とても曖昧で明確なことは分からないけれど、ふわりふわりと夢を見るようにその記憶を眠っている時に思い出していた。

 己の視点で薄い板のようなものを手にしている光景。光を放つそこには文字が書かれていた。読めないのに理解出来るという不思議。

 それは物語であった。


 舞台はセストラル王国。

 主人公は隠され虐げられて育った王女コーリン。彼女は第一王子グレミオに助けられ、祖国サルドリア王国からセストラル王国に亡命し、最終的に王妃となる物語。

 そう、奇しくもコーリンが妄想していた話がその板の中で物語として作られていたのである。

 もしかしたらコーリンも似たような夢を見たのかもしれない。しかし、現実としてコーリンは王女では無い。

 亡き王弟とコーリンの母が出会った時にはとっくにコーリンは生まれていたし、コーリンの両親はお互いに想い合う夫婦だった。

 国王は王妃を心から愛しているので側室などいない。隠し子もいない。

 同じ名前の人々はいてもそれだけ。人間関係も性格も能力も全員が違っていた。


 なので、ネルフェリーチェは物語とこの世界は違うのね、と納得していた。

 ネルフェリーチェは、物語に出てきていたグレミオとロレシオがこの世界では逆なのだなぁ、と面白く思っていた。

 物語のグレミオは真面目で優秀で正義感が強い王子。それに対してロレシオは優秀な兄と比較されて卑屈になり、乱暴者で横柄な態度を覆さない王子だった。

 離島に送られるのはロレシオの方だったのだ。

 しかし現実は逆だった。

 ロレシオと初めて顔を合わせた時、ネルフェリーチェはとても胸がときめいた。日に焼けた肌の健康そうなところとか、屈託のない笑顔とか、暑いからと許しを得てシャツ一枚になった時に見えた腕の太さとか。

 ネルフェリーチェの周りにいる男性は揃いも揃って体格が良い。

 兄は父に似ている。つまり、従兄達ともそれはもうよく似ている。髪の色が母と同じなのでそれで見分けるしかないくらいには似ている。

 それは国王と父が一卵性双生児だからだ。二人を見分けるのはホクロで、目元にあるのが国王で、口元にあるのが父である。

 そんな二人に似ている従兄と兄に、唯一の女の子であったネルフェリーチェは大切なお姫様のような扱いを受けていた。なので、基準が彼らであり、社交の場に出てくる貴公子達は細くて心配になるほどだった。

 グレミオも細くて好みではなかった。

 ロレシオはネルフェリーチェの好みど真ん中だったので、早々に彼を選んでいたのだが、建前としてグレミオの到着を待たなければならなかった。

 仕方ない事とはいえ、さっさと来いよ、と思いながらも手紙などで着々と交流していたネルフェリーチェは、グレミオとコーリンが結婚して王位継承レースを自ら脱落した事に内心でガッツポーズした。

 これで憂いなくロレシオは王太子からの国王になれる。ネルフェリーチェは王妃になりたい願望はないけれど、そうなれる教育を受けていた。

 グレミオが王になっていれば、間違いなくロレシオは排除されていたので本当によかった。


 ネルフェリーチェは見た目こそ美しいが、内面は母に似て逞しい。母も似たような性格をしている。そうでなければあのエリュミネリアと付き合えないだろうし、ネルフェリーチェを心の娘と言って溺愛しているのを見てノイローゼになっても可笑しくないのに、笑っていられるのだ。


「ロレシオ様。私、セストラル王国が美食の国と伺っていますの。楽しみにしていますね」

「本当ですか?魚介は嫌ではないですか?」

「このような土地でしょう?新鮮なお魚を食べる機会があまりなかったのですが、好きですよ」

「それは良かった」

「それに、海にも行きたいわ。海は恐ろしいところでもあるけれど、美しいところでもあると聞いていますもの」

「その通りです。俺は、そんな海が好きなので、貴方にも好きになってもらいたい」


 ネルフェリーチェのいつかの魂は海の傍で生まれていた。国が海に囲まれていて、その中でも海沿いの街に生まれていたようだ。

 魚が食卓に上がることが多く、飽きているようにも見えたけれど、ネルフェリーチェは食べる機会が少ないので憧れがあった。


「ロレシオ様。私は貴方の人柄を好ましく思っていますし、お姿も素敵だと思っています」

「え、あ、ありがとうございます。俺も、ネルフェリーチェ嬢を素敵な方だと思っています!」


 グレミオとコーリンが居なくなり、ロレシオが正式な婚約者だと発表され、彼が帰国するまでの間、ネルフェリーチェは彼と共に社交を行っている。

 婚約期間は二年。ネルフェリーチェが十八歳になったらセストラル王国に嫁ぐ事になる。

 一つ国を跨いでの輿入れの為、準備や国家間のやり取りに時間が掛かるものの、王族の婚約期間としては短い方であった。


 今日は予定を入れない休養日。王都にある屋敷にロレシオを招いたネルフェリーチェは二人で庭を歩き、ガゼボで休憩をしていた。

 心地よい風が吹き、見える範囲には庭師が丹精込めて整えた美しい光景。

 侍女が用意したお茶を飲みながら会話をする中、ネルフェリーチェはロレシオへの好意を言葉にする。


「政略でも想い合う結婚生活が出来るのだと、私は国王陛下と王妃殿下や両親を見て感じています。私も、ロレシオ様とそのように想い合う関係になりたく思います」

「あ、ああ。俺も、貴方と仲の良い夫婦になりたいと思っている」

「良かったわ。それでしたら、私の事はネリーとお呼び下さいませ」

「分かった。俺は、愛称などは無いのだが……」

「ロリーとかいかがです?私とお揃いみたいになりますが」

「いいな。ネリーだけの呼び方だな」

「ええ、ロリー。私だけの呼び方ですよ?」


 ネリーもロレシオだけの呼び方なので、後で教えよう。そう思いながらネルフェリーチェは笑った。





 二年の婚約期間は長いようで短く、豪勢な客船が唯一海と接する伯爵領に到着した。ここからネルフェリーチェはセストラル王国へと向かう事になる。

 迎えに来たロレシオは益々かっこよくなっており、ネルフェリーチェは何度でも彼に恋をするのだと知った。


 王国を出立する一週間前には盛大な舞踏会が開かれ、多くの貴族からの祝福と別れの挨拶を受けた。

 結婚式はセストラル王国で行う為、両親と国王夫妻の代理として王太子が共に客船に乗って向かう事となっている。

 エリュミネリア王妃は最後の最後まで自分が行きたいと言っていたのだが、実の娘ならばいざ知らず、姪の結婚式の為に国外に出るなど出来るはずもない。


「エリュミネリア様。エリュミネリア様は私にとっての第二の母です。今まで可愛がって下さりありがとうございます。これからはベアトリーチェ様を愛してくださいませ」

「分かっているわ。カロラインもとても可愛いお嫁さんだし、ベアトリーチェもとても可愛い孫だもの。ネルフェリーチェ、幸せになるのよ?」

「ええ、エリュミネリア様」


 今回同行する王太子はネルフェリーチェが婚約をした年に結婚し、昨年王女が生誕した。王太子妃カロラインはネルフェリーチェとは別にきちんと大切にされ可愛がられている。

 子供がまだ幼いのと、つい先日二人目の懐妊が判明した為、カロラインは留守を守ることとなった。



「ロレシオ様。末長くよろしくお願いしますね」

「こちらこそ」


 豪華客船の看板ではネルフェリーチェの両親が寄り添いながら海を眺め、王太子が従者や騎士に守られながら景色を堪能していた。

 ロレシオとネルフェリーチェはそれを見た後、顔を見合せて笑った。


 ネルフェリーチェはセストラル王国への期待を胸に、潮の香りに微笑んだ。

私の書く話としては、割とテンション高めな所もある。主に王妃様。


キャラ整理

王家

マキリシアス:国王

エリュミネリア:王妃。隣国の王女。

王子五人:相当やんちゃだった。

カロライン:王太子妃

ベアトリーチェ:王太子夫妻の初めての子。王女。


メルリアン公爵家

ネルフェリーチェ:公爵令嬢。やんわり転生者。

ラクトシアス:公爵。国王の双子の弟。

ルミネシア:公爵夫人。隣国の北の国の王女。


その他

コーリン:国王と公爵の異母弟の結婚相手の連れ子(血の繋がりのない平民)


セストラル王国

グレミオ:第一王子。コーリンと結婚し島流し。

ロレシオ:第二王子。ネルフェリーチェの婚約者。


***

国が緩いので王妃も王子達と関わることがあり、乳母や侍女を見て「わたくしがやらねば誰がやる!」とハーネス的なものを付けました。安全の為です。

ハーネスが恥ずかしいと思うようになるまでは付けられていました。王子達の黒歴史。

ネルフェリーチェが王子達と結婚は絶対にない、となっていたのが、父があまりにも似ていたので、血が濃くなるからという理由。

実際に前世の記憶がふわっとあるネルフェリーチェは、一卵性双生児なので、遺伝子がほぼ兄弟と思っているから「ない」と思っていました。


この話、公爵令嬢だけどほぼ王女と変わらん。なのに肩書きだけで婚約破棄され、血の繋がりがなく無関係な女の子を王女と思い込んでそちらと結婚すると言った他国の王子にざまぁする話、と考えて書き始めたのですが、なんか変になりました。

ノリと勢いで書いたので変なところもあると思いますがお許し下さい。


王妃様を考えるのがいちばん楽しかったです。

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