学園生活6
その後、終ぞ、その女と邂逅することはなかった。
学園の中で自分以外の忌子をみたという話も聞かない。
自分は、幻でも見たのではないだろうか?などと思ってみたりもした。
しかし、首から下がる銀の文様がそれが事実だったことを告げている。
エレンからは何度かそれとなく問い詰められたが、女の事は話していない
なぜかは分からないが、話さない方がいいと、自分の勘が言っていた
変わらない日常が数ヶ月続いたのち、予定通り僕は学校を”卒業”した
配属先も、何の変哲もない帝国との戦場の最前線
少し質のいい皮紙に書かれた卒業証書と真新しい直刀と皮の胸当て
それだけが10年近く身を置いた学び舎からの餞別品だった
「…ニザール、本当に行くの?」
「エレン、くどいぞ。それ以外にどこに行けと言うんだ。」
自室の後片付けをしている自分の元に3人の学友が訪ねてくる
「そうだぞ、ニザール。君の実力があれば、行軍に紛れて行方をくらますことも難しくはあるまい。」
「然り。そのまま、この大陸から出るもよかろう。例えば、東の大陸ではこの大陸の常識なぞ意味をなさぬ。貴殿ならばいくらでも生きる道は見つかるであろう。」
「そうだな。気が向いたら、行ってみるのもいいかもしれない。
どのみち、いきなり戦闘が起こるわけじゃない。いつものようにただのパフォーマンスで終わる可能性の方が高いだろう?」
「それは…そうかもだけど…」
「らしくないぞ、ニザール。”起こる可能性のある出来事は、往々にして最悪のタイミングで起こる”君の口癖の一つだろう」
「加えてだ、ニザール殿。貴殿、それは本心ではあるまい」
…本当に、気心の知れない友人というのは、困ったものだ。
「…死ぬ気はない。だが、”力”が必要なことは事実だ。郷に入ってはなんとやら、お前の好きな東の大陸の”ことわざ”だ」
「…何か、考えがあるのでしょう。もうここまで来たのであれば、止めはいたしませぬ」
「…ニザール、これ」
そういうとエレンはいくつかの紙束を差し出した
「多分、ニザールが配属される戦場周辺の地形図。戦場自体は平原だけど、近くに”魔の森”がある。ここに入り込めれば、軍だって追ってこれない。ほとぼりがさめるまで、身を隠すにはピッタリだよ」
「お前…いつの間に。それに、どうして僕の配属を?」
「あの禿が話してるのを聞いた。次の祭りの戦場は、ここだって。
大量の兵士が動員されるだろうから、ニザールが配属される可能性も一番高いと思って」
…驚いた。頭を使うことも苦手ではないと知っていたが、諜報まがいのことまでできるようになっているなんて。
「それと、これも。」
そういうと、エレンは一つの指輪を差し出した。
「私が、子供の時からつけていた、お守り代わりの指輪。私の代わりに、ニザールを守ってくれるように。よかったら、持って行って。」
「…ありがとう。大切にするよ。」
そういうと、神の束を懐にしまい、指輪をはめた。
「某からも。有事の際には、使いなされ。」
カゲツからは、いくつかの小瓶に入った液体を渡される
「…これは?」
「毒薬。即効性のあるものから、無色無味無臭の遅効毒、封を開けた瞬間に気化する混合毒、いくつかの種類を用意した。ニザール殿なら、状況に応じて有効に使えるであろう。」
流石は大商人の息子だ。どこから仕入れてきたのかは分からないが、非常に心強い。
必要に応じて使わせてもらおう
「ふむ、最後は私だな。持って行ってくれ」
最後に、カイザが布にくるまれた金属製の物体を渡してくる
「希少鉱石を用いた1対の短刀だ。君の戦闘スタイルから、あのような粗末な直剣では扱いずらかろう?何、友の晴れ道だ。これくらいはさせてくれたまえよ」
布を解いて感触を確かめる。軽く、しかしとてつもない切れ味を秘めていることが見た目からわかる。半月を描くかのように湾曲した刀身は、投擲したとしても狙いを違えることは無いだろう。控えめに見ても、相応の業物だ。
まるで僕のためにあつらえたかのように、とてもよく手に馴染む
一体どこから仕入れてきたのだ…と聞くのは、この場ではあまりに野暮だろう
「お前たち…感謝する。ありがたく頂戴しよう。」
そういうと、三者三様の笑顔を浮かべる。
まったく、僕の学友たちは揃いも揃ってお人好しで優秀だ
彼らの未来が明るいものであることを願わずにはいられない
「またね、ニザール」
笑顔で、しかしどこか寂しそうなエレンの声を背に、学園を後にする
学園の入口に向かうと既に隊列が組み始められていた
このまま行軍を行い、戦場に向かう旨の号令が下される
別れの余韻に浸る間もなく、戦場に向けて僕は足を進めるのだった




