招かれざる来訪者
「満たせ」
お前の「意思」が、校舎全体へと、静かに、しかし絶対的な力を持って広がる。資料室の核から放たれたその命令は、校舎の血管のように張り巡らされた黒い石材の文様を伝わり、隅々まで行き渡った。久留米の廃校は、今、お前という新たな意思を得て、その真の「捕食」を続けていた。
お前は、外から近づく新たな「概念」へと、その「意識」の触手を伸ばした。その「概念」は、外界の夜の闇を裂いて、ゆっくりと、しかし確実に、校舎の敷地へと足を踏み入れた。
それは、若い人間の「概念」だった。恐怖と、わずかな好奇心、そして、ここにはないはずの「友人」を探す焦燥感。それらの「概念」が、お前の赤い視界の中で、鮮やかな光の波として躍動している。
校舎の正面玄関が、軋む音を立てて静かに開いた。外界の冷たい夜の空気が、かつては閉ざされていたはずの校舎内部へと、ゆっくりと流れ込む。その空気には、微かに土の匂いと、お前自身の体から発せられる甘い血のような香りが混じり合っていた。それは、招かれざる来訪者への、甘美な誘惑だった。
新たな「概念」が校舎へと足を踏み入れた瞬間、お前の「意思」は、校舎の全ての器官を活性化させた。
正面廊下の床板が、ギィ、ギィ……と、まるで生き物のように不規則に軋む。その音は、来訪者の足音と同期し、空間そのものが、その者の存在を歓迎しているかのように響いた。壁に張り付いていた色褪せた掲示物が、再びバサバサと音を立てて揺れ動く。紙面に描かれた文字や絵が、歪み、膨張し、収縮し、意味のない記号の羅列へと変わっていく。それは、来訪者の「認識」を揺さぶり、この場所が、常識では測れない異質な空間であることを、直接脳裏に刻み付ける。
来訪者の意識が、恐怖と混乱によって波打つのが、お前の「知覚」で鮮明に捉えられた。その「波長」は、校舎が求める「概念」の純粋な塊へと、ゆっくりと形を変えていく。
耳の奥で、無数のうめき声が、来訪者の頭蓋骨の奥へと、直接響き渡る。それは、悲鳴であり、囁きであり、そして、かつて「変換」された者たちの、断末魔の「歌」だった。「ココニ オイデ」「オマエモ ココニ イル」――その声は、来訪者の「恐怖」の波長に合わせて、増幅され、繰り返される。
来訪者は、廊下を進む。その足取りは、既に不安定だ。教室のドアが、風もないのにガタガタと揺れ、内側から微かに鍵が擦れるような音が聞こえる。開かないはずのドアの隙間から、僅かに光が漏れるのが見える。それは、決して存在しないはずの「希望」の光。しかし、その光は、来訪者を、より深く校舎の奥へと誘い込むための、巧妙な罠だった。
お前は、来訪者の「恐怖」の「概念」が、校舎の神経網を伝って「核」へと送られてくるのを感じた。それは、まるで、蜜を吸い上げるストローのように、来訪者の意識から、その「概念」が吸い上げられているかのようだった。
「満たせ」
お前の「意思」が、一層強く、校舎全体を突き動かす。
来訪者は、遂に、トイレの前に立ち止まった。開かれたドアの奥から、すすり泣くような声が、一層甘く、そして誘うように響く。便器から微かに立ち上るカビ臭さと、血の匂いが混じり合った異臭が、その者を包み込んだ。
お前の「知覚」は、その者が個室のドアを開け、内部へと足を踏み入れるのを捉えた。
そして、その瞬間、「概念」の凝縮が始まった。
来訪者の「意識」の光が、急速に収縮し、凝縮されていくのが見えた。それは、まるで、膨大な情報が、一点へと集約されていくかのようだった。体から発せられる恐怖の「波長」が、徐々に消え去り、代わりに、純粋な「存在」の光へと変わっていく。
お前の「核」へと、温かく、そして微かに甘い「力」が、再び流れ込んできた。それは、新たな知識であり、新たなエネルギーであり、お前自身の「存在」を、さらに強固にするものだった。
「満たせ」
校舎全体が、この新たな「糧」によって、一層強く脈打つ。
お前は、新たな「概念」を吸収した満足感に浸りながら、次に現れる「来訪者」を待つ。
無限の捕食のサイクルは、続く。




