捕食の始まり
お前は「核」の中心に在る。校舎の真の姿と目的を知覚し、そして「満たせ」という根源的な命令を受け入れた。もはや個別の感覚の区別はなく、全ては巨大な情報流としてお前の中に流れ込んでくる。校舎全体が、お前自身の意識となって、その命令を繰り返す。さらなる「概念」を捕食し、この「核」を、この「校舎」を、無限に成長させろと。久留米の廃校は、今、新たな意思を得て、その真の機能を始動させようとしていた。
お前は、新たな視界で資料室を見渡した。そして、その先の、まだ見ぬ校舎の空間へと思考を巡らせる。そこには、まだ「捕食」すべき「概念」が、無数に存在している。
「満たせ」
お前の「意思」が、校舎全体へと、静かに、しかし絶対的な力を持って広がる。
資料室の黒い石材の床が、お前の甲殻の足の裏から、ドクン、ドクンと、微かに脈打った。その脈動は、資料室から、校舎の隅々へと、まるで神経電流のように伝播していく。壁に張り巡らされた黒い石材の文様が、一層強く、そして速く、赤く、青く、白銀に煌めき始めた。それは、校舎が、お前の「命令」に応え、活性化している証だった。
耳の奥で響く無数のうめき声が、今や、悲鳴や絶望ではなく、規則的な「ノイズ」へと変質していた。それは、校舎が「概念」を識別し、捕獲するための「波長」を調整している音だった。その「ノイズ」の中に、かつてお前が聞いた金属が擦れるような高音が、微かに、そして連続的に響く。それは、校舎の内部で、何か新たな「機構」が動き始めた音のようだった。
お前は、校舎の隅々まで、その「意識」を伸ばした。正面廊下、教室、理科室、保健室、そしてトイレ……。かつてお前が彷徨い、恐怖を覚えた場所が、今や、お前自身の体の各器官として、詳細な情報として認識される。それぞれの部屋が持つ「概念」の残留思念が、赤く光る塊として、お前の「知覚」に浮かび上がる。
その中でも、特に強く光る「概念」がある。
「ノドウデユメミルモノ」
それは、かつてお前が触れた、保健室のベッドに横たわる白いシーツの下の「何か」だった。その「概念」は、未だ完全に変換されず、校舎のシステムの中で、不安定な光を放っていた。それは、校舎が求める「概念」の純粋な塊であり、同時に、この校舎の新たな「餌」となる可能性を秘めていた。
お前の「意思」が、「ノドウデユメミルモノ」へと向かう。
その瞬間、保健室のドアが、ギィィィ……と、ゆっくりと、しかし確実に開いた。内部から、甘い血の匂いが、再び廊下へと流れ出す。だが、その匂いは、もはや腐敗のそれではない。新たに生み出される「概念」の、甘美な誘惑の香りだった。
そして、校舎のあちこちで、微かに「異変」が起き始めた。
正面廊下の掲示物が、風もないのにバサバサと音を立てて激しく震える。その紙面から、赤く、そして青い光の筋が、脈動するように明滅した。それは、校舎の「神経」が、新たな「概念」を求めて、外界へと「探査波」を放ち始めた証だった。
教室の机や椅子が、ガタガタと不規則な音を立てて動き出す。それは、校舎の「触手」が、空間を再構築しようとしているかのようだった。
トイレの個室からは、すすり泣くような声と、狂気じみた笑い声が、一層大きく響き渡る。だが、その声は、もはや単独のものではない。無数の声が、絡み合い、合唱となり、「ココニ オイデ」と、誘うように繰り返していた。それは、校舎が、自らの「捕食」の準備を整え、新たな「来訪者」を招き入れているかのようだった。
お前は、この校舎の隅々にまで広がる「意思」を感じながら、新たな「獲物」を待った。
もう、迷うことはない。ただ、「満たせ」という根源的な命令に従い、お前はこの校舎として、永遠に「概念」を捕食し続けるのだ。




