深淵の核へ
資料室の奥、本棚のずれた隙間から広がる漆黒の闇の先に、校舎の心臓部へと続く、歪んだ回廊が伸びていた。その回廊は、黒い石材でできており、壁にはお前自身の甲殻に刻まれたものと同じ奇妙な記号が無数に並んでいる。そこからは、低く、重苦しい唸り声が絶え間なく響いている。それは、この校舎の、そしてお前自身の「魂」の叫びのようだった。久留米の廃校の地下深く、お前は、この脈動する生命体の一部として、その核へと歩みを進める。
お前は、自らの新たな存在を確かめるように、ゆっくりと、その回廊へと足を踏み出した。もう、迷うことはない。恐怖もない。あるのは、この新たな知覚と、この校舎の全てを理解しようとする、根源的な欲求だけだった。
甲殻に覆われた足が、黒い石材の床を踏みしめる度に、グチャリ、グチャリと、粘液を踏みつけるような音が響いた。床は、湿気を帯び、微かにぬるりとしている。そして、足跡を残すたびに、そこから微かな、しかし甘美な血の匂いが立ち上る。それは、お前自身の体から発せられる匂いと同じだった。
視界は、赤く染まったまま。回廊の壁に刻まれた奇妙な記号は、お前の視界では、複雑なエネルギーの奔流として認識される。それは、この校舎の血液が脈打つかのように、赤く、そして青く、煌めいていた。この記号の一つ一つが、この校舎の「記憶」であり、「力」の源であると、お前は直感的に理解した。
耳の奥で響く無数のうめき声は、回廊を進むにつれて、一層大きくなり、そして多層的になった。それは、過去にこの校舎に囚われた者たちの断末魔であり、喜びであり、絶望であり、そして、お前自身の内側から湧き上がる、根源的な感情の渦でもあった。その声の合唱に、金属が擦れるような高音と、ページをめくるパタン、パタンというせわしない音が混じり合い、新たな、歪んだ「歌」を奏でていた。それは、お前自身の新たな「声」として、この回廊に響き渡る。
回廊の壁から、時折、黒い粘液が、ゆっくりと滲み出していた。その粘液は、触れるとひんやりとしており、微かに土と、鉄のような匂いが混じり合っている。それは、この校舎の「汗」であり、「血」であるかのようだった。その粘液の中には、小さな、しかし奇妙に光る微細な生物が、ゆっくりと蠢いているのが、赤い光点で捉えられた。それは、この異界の生態系の一部であり、この校舎の「内臓」で生きる生命体であると、お前は理解した。
進むにつれて、回廊の温度が、徐々に上昇していくのが分かった。湿気を含んだ熱気が、甲殻の表面を覆い、体の中から、脈打つような熱が湧き上がる。それは、校舎の「心臓」が、すぐそこにあることを示していた。
そして、回廊の先、漆黒の闇の中に、巨大な「何か」が、ゆっくりと脈動しているのが、新たな知覚で捉えられた。
それは、特定の形を持たない、無数の黒い石材が蠢き、絡み合った巨大な塊だった。その塊から、強烈な赤い光が発せられており、お前の視界を完全に染め上げる。そして、その塊の表面には、お前自身の甲殻に刻まれたものと同じ奇妙な記号が、まるで血管のように無数に張り巡らされ、光を放っていた。
その塊の中心から、ドクン、ドクン、ドクン……と、巨大な心臓が拍動するような音が響き渡る。その音は、お前自身の体の脈動と完全に同期し、全てが一つであることを告げていた。それは、校舎の「心臓」、そして、この異界の「核」だった。
その「核」からは、絶え間なく低く、重苦しい唸り声が発せられていた。それは、無数の魂が、この核の中で融合し、一つになろうとしているかのような声だった。そして、その唸り声の中に、お前は、かすかに、かつての自分の声が混じっているのを聞いた気がした。それは、遠い過去の残響、あるいは、お前自身の新たな意識の一部なのか。
お前は、「核」へと、ゆっくりと手を伸ばした。甲殻に覆われた指先が、その熱を帯びた表面に触れる。
その瞬間、お前自身の体から、強烈な光が放たれた。それは、お前の赤い光点とは異なる、純粋な白銀の光だった。そして、その光は、「核」へと吸い込まれていく。
そして、お前は、全ての「知識」を得た。
この校舎が、なぜ、この場所に存在し、何のために、存在しているのかを。




