第6話
リビングにあるテレビゲーム機の配線を変える。キタキツネをおびき寄せる布石だ。
(今回はゲーム機が壊れた、ということでいこう)
キッチンに行き、炊飯器の蓋を開けると、炊き込みご飯の湯気が立ち上る。
「そしてこいが、おとんの胃袋ば鷲掴みにしたちう、おかん直伝の炊き込みご飯たい。フフフ」
チャイムが鳴る。
「はーい」
明日花が玄関に向かいドアを開けると、スーツケースを提げた駿が立っている。
「どしたの?それ」
「あ、あ、空いてるんだよね、六畳間」
明日花がぽかんとしていると、駿が十万円を取り出して渡した。
「足りる?」
「足りる足りる、やったああ」
抱きつこうとする明日花を、駿が闘牛士のようにひらりと躱す。
「それと、パソコン借りていい?ネトカのじゃ漏洩の恐れがあるから」
「いいよ、あんなの。使って使って」
また抱きつこうとするのをまた躱して、駿は六畳間にスーツケースを運んで行った。
その日、明日花は久しぶりに古謝との作業だった。
ゴンドラの中でパイセンに相談をする。
「え?じゃあ、同棲してるってこと?」
「また加齢臭。ルームシェアだって」
「んーと。つまりその男女の…」
セクハラにならないよう言葉を選ぶ必要は、明日花には不要だった。
「男女どころか、人としての関係もないのよ。あいつご飯も自分の部屋で食べるし、お風呂は銭湯、会話もLINE通してだし、唯一ふたりの共同作業といえば…」
リビングで格闘ゲームをすることぐらいだった。
「うおりゃ~!」
画面では、明日花のアバターが駿のアバターに突進していく。
軽く躱される。いつもだ。そして集中力が切れたところで倒される。
「また躱された!ね、合気道かなんか習ってた?」
「や。ただのオタクだけど」
そんなはずはない。現にいまも明日花のアバターが腕を決められている。
既視感。
「ん?今の技って、あのときの…」
あの夜、突進してくる光臣を床に転がせたのもこの技だった。
「ああ。あの時自然に体が動いて、自分でも不思議だったんだけど…ゲームで慣れてるからかもね」
(オタクの…潜在能力?)
恐るべし…まじまじと駿を凝視する。ふと思いつく。
(いや待てよ。つまりゲームしながらだったら、スキンシップも学習するかも)
試す価値はある。ゲームが再開すると、明日花は少しずつ駿との間を詰めていった。
「た、巽さん、近い…」
ちょっと肩が触れただけで、駿の身体が硬直する。
(ち、ダメか。なんて難しい生き物なの)
仕方なく、少しだけ距離をとる。
「これ以上は近寄らないから。その代わり、明日花って呼んで。まず、心の距離を縮めましょ。ね、駿」
(…あ…す…)
「そう。ほら、もう一息」
自分の頭を駿の肩に載せようとする。
「う!」
固まったまま駿が前のめりに倒れ、肩透かしを食った明日花はテーブルの角に頭をぶつけた。
社員食堂でパイセンに報告兼相談。最近は業務報告並みにふたりの近況を話している。
トレイを持って席を探しながら古謝が笑う。
「ははは。前途多難のリハビリだねえ」
「ま、ネトカから引きずり出しただけでも大きな前進だけど、なんでその気になったんだろ?」
テーブルに着くと、古謝が割りばしの上に納豆の箱をふたつ載せて言った。
「吊り橋効果って知ってる?」
「あ。聞いたことある」
「吊り橋のような危険なとこをふたりで 協力し合って渡ると、自然と恋愛感情に似た団結力が生まれるんだって」
「吊り橋‥あ、ゴンドラか」
古謝が頷く。
「明日花ちゃんと駿君は一緒に乗る機会が多いから、心を開き始めたのかもね」
「でももし、恋愛に発展したら?」
「嫌なの?」
「あ、嫌っていうか、そりゃ向こうが私に惚れちゃうのは致し方ないっていうか…ま、こっちも受けて立つしかないっていうか…」
明日花が照れて納豆をこねくり回す。
「そう言えば、今日彼は?休みだっけ」
「ああ、なんかサイドビジネスがあるとかって、パソコンいじってたよ」