表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シャンスク!~フツーの恋の短編集より  作者: 真夜航洋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/11

第5話



 六畳間を片付ける。ここは以前光臣が住んでいた、男臭い部屋だ。

 明日花はトングを使って、男もののパジャマや靴下を次々ゴミ袋に突っ込んでいく。


「中島駿!」


 リビングには料理を前に固まっている駿がいる。


(プロの料理人でも、母親でもない人間が作った食べ物…罰ゲームか?)


 奥から明日花の声がする。


「ねえ、中島駿。食べてる?」

「あ、はい」

「筑前煮、食べた?」


 聞いたことがある。野菜の煮つけで九州の方の料理だったはず。


(南無三!)


 観念したように筑前煮を口に放り、目をつぶって噛みしめる。


「…あ、おいしい」

「え?なに?」

「おいしいです。すごく」


 お世辞ではない。自分の舌にヒットした。不思議とばくばくいける。




 六畳間では、明日花が完全試合を成し遂げた投手のようにガッツポーズをとっていた。


「明日花、男は胃袋ばい。胃袋さえつかめばイチコロたい…ありがと、おかん」


 ゴミ袋を持って立ち上がる。


「焦らず一歩ずつ、人間に慣れさせること。蛍ちゃんがキタキツネを手なづけた時のように、だな」


 明日花は古い国民的ドラマの名シーンを思い出していた。




またあの焼肉店で古謝に奢ってもらう。


「なに?相談って」

「コジャさんは、中島駿ってどう思う?」


 古謝がまじまじと明日花を見る。恋の相談をしている乙女の顔だ。


「…え?あ、そう。こりゃ意外だねえ」

「ああ、違うって。あの子ちょっとさなんていうか、そのお、ダメじゃん?」

「ダメ?駿君のどこが?」

「ほら、コミュ障」


 古謝が首をひねる。


「コミュニケーション障害とまでいかないと思うけど。彼の場合はHSP…ハイリ―・センシティブ・パーソンかな?空気を読み過ぎて、思い通りの行動が取れない…心の病ではなく、生まれ持った気質…」

「何でもいいけど。あの子、他人とご飯も食べられないんだよ。会話も飲み会も肉も食えないんだよ。かわいそうじゃん」

「…」

「私はあの子に、立ち直ってほしいわけよ。全うな人生を歩ませたいわけよ」


 古謝がナプキンに『共依存性』と書いて、明日花に見せる。


「ん…何これ?」

「共にいることに依存する病。『私がいないとこのひとはダメなんだ』ってお節介を焼いたり、お金を貢いだりするいわゆる“尽くす女”のこと」

「…え。まさか私のこと言ってる?」

「一見すると無償の愛だけど、組み合わせによっては、尽くす方もされる方もダメになるんだよ。例えば相手が回避依存症の場合、明日花ちゃんが何もかも面倒みちゃうと、自分のやるべきことを回避してダメ男に拍車がかかる…ってわけ」


 思い当たることがある。光臣のチャラい姿が浮かぶ。

 途端に食事が進まなくなった。


「…そっか。逆効果なのか」

「まあでも、相手にもよるからね。駿くんの場合は…どうだろ?」

「駿は、回避ナントカじゃないの?」

「パワハラにあって一時的な人間不信に陥ってるけど、彼は芯がしっかりしてるから…明日花ちゃんには合うかもね。お互い足りないものを埋められるのかも」


 明日花の顔がぱっと明るくなる。


「コジャさん、ありがとう。すいません。こっち大ジョッキとカシス、おかわりお願いします。さ、飲んで飲んで」

「…いや、私持ちだし」




この日の駿は単独で低階層ビルの清掃だった。脚立に乗って、ひとりで二階の窓拭いた。

 ビルの中では、従業員たちが何かの打ち合わせをしている。


(あれ?もしかして)


 足元の鞄から防塵マスクを取ろうとして機材を倒す。


(やばい)


 室内で音に反応した男が駿を見る。


(総務課長だ。前の会社の)


 駿は慌てて防塵マスクで顔を隠した。




 午後は内側から窓を拭く。一階の窓を拭いている駿に、島田総務課長が声をかけた。


「中島駿君だね。経理部システム課の」 


 無視して作業を続けた。


「その節は、本当に申し訳なかった」 


 気配がして振り返る。総務課長が駿の後ろ姿に平身低頭していた。

 話をしないわけにはいかなかった。




 勤務終了後、喫茶店で話した。


「きみに対してパワハラした小此木課長ね…会社辞めたよ」

「!」

「形だけは依願退職にしたけど、内実はクビだ。なにせ業務上横領だからな。彼にしてみれば、会計監査ソフトをプログラムした中島君が怖かったんだろうね。だからあんな仕打ちをしてまで、きみを追い出したかった」「…」

「無駄な残業させられたり、ことあるごとにネチネチ嫌味言われたんだって?聞いたよ。みんなの前で、お茶をかけられたこともあったって…だが、あれは全く特殊なケースで…」

「誰も」

「うん?」

「誰も、止めませんでした」

「…」


 島田がその場でまた深く頭を垂れる。


「酷い会社、だよな。すまん」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ