ふぞろいの靴下たち
根津美ネルがまだ幼かった頃〜2章はじめの頃のお話。
根津美ネルは小学五年生。
集団登校の時間が迫り、急いでいた。
ランドセルを背負いテーブルに置いてあったスーパーのおにぎりをくわえて、乾燥機の中から猫柄の靴下を出してはく。
はいたところで気づいた。
左足の親指がこんにちは。
左足だけ脱いで、衣装ケースの中からボーダー柄の靴下の片足をとってはく。
スニーカーをつっかけて、返事をする人もいないのに、「いってきます」を言って、玄関を出た。
「ネルちゃん、なんで左右違う靴下なの? へんなの」
同じ登校班の子が、ネルの靴下を指して聞いてくる。
「猫ちゃんのはかたっぽ穴が開いたの。しましまのも、かわいいの。どっちも楽しめるの、オトク」
「う、うん、そうだね。かわいいけどさ……。普通、穴が開いたら捨てない?」
微妙な顔をされた。なぜそんなふうな反応をされるか、ネルには理解できなかった。
どっちも可愛くてお気に入りの靴下で、「片方だめになったら両方捨てる」というのが普通なのが不思議でならなかった。
「うちのママが言ってたよ。ネルちゃんち、お父さんいないから買い直すお金ないんだよ」
他の子が聞いてきた子に、コソッと耳打ちするのは、ネルには聞こえていなかった。
高校一年生になり、ネルはナルコレプシーという病にかかっていることが判明した。
ネルは長期治療のため、ハトコである医者・初田初斗に引き取られることになった。
初斗はネルより十五歳年上で、ぼんやりのんびりした空気をまとう人だ。
ネルと母が暮らすアパートで、生活に必要な勉強道具や服等々をダンボールに詰めていく。
「おや、片方だけの靴下が多いですね」
聞かれて、ネルはいつもどおりの答えを返す。
「片方ずつはくと、どっちも楽しめるの。ぜんぶお気に入り」
「なるほど……。それくらい愛着を持ってもらえたら靴下も喜びそうですね。わたしは服や物に頓着しないから、うらやましいかぎりです。今着ているのも、友人が選んでくれた服ですし」
初斗の服装は年相応、落ち着いたブラウンのサマーニットにオフホワイトのスラックスだ。着る服はいつも本人の趣味でなく、人任せ。
特別着たいものはないと言う。
左右違う靴下をはくことを肯定してもらえたのは初めてで、ネルは逆に驚いた。
「変じゃない?」
「いいえ。靴下は左右同じでなければならないという法律はありません。靴下をアシンメトリーにしたからといって死ぬことはないですし、好きなようにはけばいいんです」
「うん。そうする」
こうして保護者の初斗がオーケーを出したことにより、ネルは校則や冠婚葬祭でないかぎり好きなような組み合わせで靴下をはく生活を続けている。
お気に入りをふたつ同時に楽しめる、最高の生活を。
END