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僕ときみ

作者: 涙乃

 ここではない異世界に、アズールという王国がありました。


 アズール国は小さな国でしたが、自然豊かで争いごともなく皆平和に暮らしていました


 魔王がいない期間だけは━━



 ✳︎✳︎✳︎




「あのさぁ、もういい加減にしてくれない?何度来ても僕の気持ちは変わらないから」



「そ、そんなことおっしゃらずに、ど、どうかこの国を、いえ、この世界をお救いください勇者さま」



 まるで神様を崇めるように、神官はひれ伏して懇願する



 その様子をどこか冷めた目で見る僕。


 足を組んだ状態でソファーに座っているまま、ぷいっとそっぽを向く


 これ以上は無理だと察して神官は「また参ります」と言い残して退室した


 神官と入れ違いに今度は《《きみ》》が入ってくる


「またきみか」


ため息をつき足を組み替えて、きみをきつく睨む


「っ!」


一瞬きみはひるむけれど、僕の隣に腰掛ける


「どうしたら一緒に戦ってくれますか?」

「絶対に嫌だよ」


「そうですか、また来ます」

「何度来ても同じだよ」

「そうかもしれないですね。でも私の務めですから」

「あっそ」



きみも大変だねと思いつつ見送る

ソファーからきみは立ち上がり、不遜な態度の僕に一礼して去っていく

ふわりと甘い香りが鼻につく。

だから苦手なんだ。

きみから漂う香りは僕の使っていた柔軟剤の香りと似ているから。

あちらの世界のことを思い出すから。


柔軟剤の匂いと似ていると伝えたらきみはどんな顔をするだろう。

柔軟剤って何?って言うだろうね


ゴロンとソファーに寝転がる

天井には絵画が施されている

魔王と勇者と聖女だ


魔王の心臓を目がけて勇者が剣を突き立てようとしていて、勇者の後ろには聖女が祈りを捧げているという絵だ。


このアズール国に伝わる、いやこちらの世界に伝わる物語だ。


異世界から召喚された勇者と聖女が二人で力を合わせて魔王を倒す

必ず二人での協力が必要不可欠であるという

どちらか一人で魔王を完全に倒すことはできない

一人で戦って倒したとしても、魔王は時を遡るというのだ。

いわゆるループするということ。


二人で完全に倒しても魔王は300年ごとに復活する。



なんだよそれ

どこかで聞いたことあるような話だな

軽く聞き流していたけれど、その勇者が僕だと言われた時は愕然とした

今年がちょうど魔王が復活する年で、召喚されたのが僕


だってゲームの中でならなんとも思わない

ことでも、それが現実に自分の身に起きたらどう思う?


やったー自分が主役だと単純に喜べる奴がいるだろうか


平和な日本で普通に暮らしていた僕に、いきなり魔王を倒してこいと言われても無理な話だ。


訓練を積み重ねていくから大丈夫だと言われても、それは体力や運動能力の話だろ


僕の気持ちは?


虫だって苦手で退治するの苦手なのに、いきなり魔王を倒すって、人殺しじゃないか


勝手に呼び出して殺人を依頼しておいて、承諾するのがさも当然のような空気が不思議でならない


自分が傷つくのもこわいよ

でも、それよりも誰かを傷つけることがもっとこわい


選ばれたのは幸運なことだと皆口を揃えて言うけれど、僕から言わせたら

どこがだよって話だ


ここに召喚されたのはちょうど高校の卒業式の帰りのことだった。

式の後友人と写メを撮って、名残り惜しみながら校舎を後にした


帰り道には桜並木がある。桜はまだちらほらと咲き始めている状態だった。ふと立ち止まり木を見上げた。満開になったら綺麗だろうなと思った時だった。


地面に突然穴が現れて引きずり込まれるように落ちていった。

その時とっさに桜の枝を掴んでしまい花をむしり取っていた。


その時のことを思い出して机に向かう。

引き出しの中に桜を閉まっている。

しおれかかった桜の花を取り出して無造作にポケットに突っ込んだ


✳︎✳︎✳︎


「今日もお願いに参りました。勇者さま」

「また、きみか。僕は勇者じゃないし」


アニメの中でしか見たことない薄ピンクの髪を靡かせるきみ。


ここに来てからは、僕は皆から勇者さまと呼ばれている。誰も名前を聞いてこない。だから僕も名乗らないし、敢えて誰のことも名前で呼ばない。


きみも僕のことを勇者さまと呼ぶから、僕もきみと呼ぶ


それが僕ときみの距離



「どうしたら一緒に戦ってくれますか?」


「僕には無理だから、元の世界に帰してよ」


「それは私には出来ません」ときみが答えて退室すると思った。以前にも同じやり取りをしたから。

きみが出ていくと思ってポケットから桜の花を取り出して眺めていた。


「珍しい花ですね。初めて見ます」


視界にピンクの髪が入ってきて驚いた

きみが覗き込むように近づいていたから。


「この花はね、桜って言うんだよ」


あまり女子に免疫がないから早く遠ざけたくて、つい説明をしていた。



日本には桜という綺麗な花が春に咲くこと

桜の花を見るお花見という文化があること

散りゆく時も花びらが舞う姿が趣があることを



「少ししおれていますね。ちょっとだけよろしいですか?」



僕の返答を待たずに、きみは桜を持つ僕の手を両手で包みこんだ


「っ!」


ドギマギする僕にお構いなしに何かを注いている感覚がした


「これで大丈夫です」


何をしたのか問うまでもなく一目瞭然だった。先程までしおれていた花は活き活きとした状態に戻っていた。


「すごいどうやったの?」


驚きすぎて、まるで友人に接するように普通に問いかけていた。


「治癒魔法の応用と状態固定もしていますので、多少乱暴に扱っても大丈夫と思います」



なんでもないことのように笑って答えるきみ


その時初めてきちんときみの顔を見た気がする。

あぁ、笑うとかわいいんだね

もっとその笑顔を見たいと思った

見惚れる僕にきみは「また明日来ます」と言ってくれる


いつもならそのまま見送るのに、もう少しきみと話したくて呼び止める


「あ、あのさ」


思わず振り向くきみ


「僕も魔法を使えるようになるのかな?」


「勇者さまは訓練すれば攻撃魔法を扱えるはずです」


「さっききみが使ったような魔法も?

もしかしてこの桜の花をいっぱい作れたりするかな」



きみは首をかしげて言い淀む。

悩む時はそういう仕草をするんだね

あぁ、なんだかきみのことが気になるよ。

年齢も近そうだしきみが聖女だからかな


きみも僕も二人で魔王を倒さなければいけないという役目があるからね


「複製魔法はどうでしょう…」


「難しい魔法なの?」


「難しくはないのですが、複製するにはそれに見合う対価が必要なのです」


「対価?」


「はい、複製するのに近いものを用意する必要があります。もしくは代償として何か差し出すとか……高度な複製魔法になればなるほど大きな対価が必要になります。

桜はこちらの世界の花ではないので、難しいかもしれません……」


「そうだよね」


「でも、一緒に挑戦してみませんか?

私も満開の桜を見てみたいですし、もしも咲かせることができたなら、その時は一緒に戦うことを検討してください勇者さま!」


「あー、その時は…考えておく」


顔を輝かせて喜ぶきみを見ると、もう断れないと思ったよ


それから桜の複製魔法の訓練の日々が始まった


まず複製した桜の花を飾れる木を探した。

大きな木だと大量の花が必要になるので、膝上くらいの高さの木を探した。


ちょうど庭園の一角に手頃な大きさの木があったので、その木の使用許可を得た。


魔力の注ぎ方の感覚を掴むことは簡単にできた。


まず様々な種類の花を購入することにした。この国のお金は持っていないので、神官にお願いして業者に届けてもらう。


そしてきみと一緒に手分けして複製していく。


桜の花を側に置いて、色々な花に複製魔法

をかけていく。


だがどういうわけか、どうしても桜を再現することができなかった。


この国には桜のような淡い色の花はなく、原色に近い色の花ばかりだったからだ。


花が無理なので、色の近いもので試すことにした。布や食べ物、そのうち色に関係ないものでも試していった。小石、文具、くし、その他色々…


ある時きみは意味深な発言をした。


「もしかして、異世界の物の複製は無理なのかもしれません。もしくは、大きな対価を払えば」



「対価?」


「いえ、何でもありません。ちょと……試してみたいことがありますので失礼します」



それから1週間ほどきみとは会えなかった


ほぼ毎日のように一緒に過ごしていたから、一人でいると落ち着かない。


神官も最近はうるさく言ってこない


魔王討伐のために、きみと外で魔法の訓練をしていると勘違いされているようだから。


桜の複製魔法の挑戦は日課になっているので、今日も素材を拾い集めている。最終的には宝石で挑戦しようときみと決めている。宝石は高価なので、あくまで最終手段としてだ。




「勇者さま!」


今日も会えないと思っていたきみの声が聞こえて勢いよく振り返る


「やぁ」


本当は嬉しくて顔がニヤけそうになるのを見られないように手で口元を覆い隠す



「これ、見てください!桜、桜の花、複製できました!どうですか?」


息も切れ切れに言葉を発するきみ。

思わず抱きしめたい衝動に駆られる

子供みたいにはしゃぐ姿が愛らしい


「すごい!桜だよ、どんなに試しても無理だったのに、材料は何?僕も試したい!ねぇ教えて」


気のせいか顔を曇らせるきみ


興奮して詰め寄ったので怖がらせてしまっただろうか


「ごめん、つい嬉しくて」


バツが悪そうに謝る僕

カッコ悪いな


「あれ、きみが帽子を被ってるとこ初めてみた。ふふ」


きみは髪の毛を少しだけ左右に垂らしていた


「どうして笑うのですか?」


「あぁごめん」


怒ったきみもかわいいと口走りそうになったよ


「いやね、僕のいた世界でも、同じ髪型している人がいたからさ、思い出しちゃって。髪の毛を少し出していることを触覚って言ってたことを思い出してさ」



「触覚?」


「あぁ、女子の間では流行っているんだよ。僕はよく分からないけど、虫の触覚みたいだからじゃない?」



「っ!」 



もう知りません!と言い残してきみは去っていったね


その時の僕を殴り飛ばしたい。本当にごめん



それ以来きみは深く帽子を被って、髪の毛を一切見せなくなったね


僕の部屋には大量の桜の花がある。きみが複製してくれた花



一緒に木に飾って二人でお花見をしようと約束したのに


今でも覚えている

あの日のことを


神官が勢いよく部屋へ駆け込んできて、きみが亡くなったと知らされた


「た、大変です勇者さま!聖女さまが!聖女さまが!」


神官は泣き崩れて失神しそうだった



なんの冗談だよって思った

きみが亡くなるなんて

そんなの嘘だろって



呆然とする僕



その後どうやって葬儀の場に行ったのかも覚えていない


棺の中の横たわるきみを見て、心が締め付けられるように苦しかった


真っ白な衣装を身に纏い、頭からは髪の毛を覆い隠すようにヴェールをかけられていた。


花を棺の中に入れる

触れたきみの手は冷たい


どうして

どうして死んだんだよ!


ゴシゴシと目をこすり涙をこらえる


それでも溢れてくる涙がポタポタと棺の中に落ちる


きみを濡らすまいと立ち去ろうとして思いとどまる


もう一度きみの顔を目に焼き付けたくて


そっと頬を撫でる

ヴェールが邪魔で少し動かせないかとずらして驚いた。おそるおそるヴェールをめくっていく。


「そんなっ…!」


ぶるぶると震える指でヴェールをめくってみると、あるはずのものがない


あの柔らかな薄ピンクの髪が……

1本もないのだ


「どうして…」


硬直している僕に壮年の男性が声をかけてきた


「彼女は魔法の代償で亡くなったのです」


そして僕にも分かるように、噛み砕いて説明をしてくれた



高度な魔法には対価が必要で、

彼女は自分の髪の毛を何かの魔法の対価に使ったのだと

この世界では髪の毛は魔力の源

髪を全て失う時は魔力と同時に命も失うと

いうことを


「何だよそれどういうことだよ!何の魔法に使ったんだよ!」


怒りの矛先を周囲に向けて暴れ回った



だって彼女は死ぬ必要ないだろ

聖女だからってお前らが何かやらせたんじゃないのか

誰が彼女を聖女と決めたんだよ!


散々当たり散らして警備兵に拘束されるように部屋へと押し込められた


何度も扉を叩きまくって「ふざけるな!開けろ!」と連呼して、疲れ果てずるずるとへたり込んだ


きみのこと何も知らないんだな僕は……


くそっ!くそっ!


泣き疲れた僕はきみが作ってくれた桜の花を置いた机に向かう


机の上に乗り切れないくらいの桜の花

きみの形見となってしまった花


大量の桜を両手で掬い上げ抱きしめる

きみの香りがする


きみの香りが……違うこれは魔力だ


毎日複製魔法の訓練していたから分かる

これはきみの魔力だ

この花全てに感じる

きみが作成したものだから?


高度な魔法には大きな対価が……


魔法の代償で亡くなったきみ


「はは」


乾いた笑いが止まらない

何だよ

原因は僕じゃないか


きみは髪の毛を魔法の対価に使ったんだね

どこかで聞いた覚えがある

髪の毛は10万本くらいあると


大量の桜……


僕を喜ばせようとしてくれたのか


死んじゃったら意味ないじゃないか


せめて途中でやめようと思わなかったのか


ばかだよ

きみは…



それからは抜け殻のような日々を過ごしていた


 

複製魔法の訓練のおかげか、魔力を察知する能力も向上していた


少し前から不穏な魔力が近づいている


おそらく魔王だ


聖女を失った今となっては魔王を討伐する術はない。魔王の寿命は300年なので耐えしのぶか、一人で討伐してループするか



そこでふと一つの可能性を見出した


僕は神官に勇者としての訓練を申し出た


それけらは寝る間も惜しんで剣技の特訓をした


この国最強の騎士達にも協力をお願いした


そして勇者だけが扱えるという剣を入手することができた

真の勇者と認められた時に現れるという伝説の剣を。


それからはあっという間の出来事だった


魔王と対峙して、心臓を目がけて剣を突き刺した


そして、案の定魔王は時を遡る魔法を発動する


僕は消えゆく魔王に思いっきり抱きついた



✳︎✳︎✳︎



扉が開いてきみが入ってくる



「またきみか」


薄ピンクの髪をなびかせて入ってくるきみ


今度は二人で魔王を討伐しよう


そして、たった一つのこの桜の花で一緒にお花見を



































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― 新着の感想 ―
一瞬悲恋なストーリーかと思いましたが、最後はハピエンでしたね。じんわりと温かいストーリーでした。面白かったです。^_^
しんみりしそうでしたが、最後はハピエンで良かったです。まとまったストーリーで面白かったです。
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