咲のキズ
あの日、俺は珍しく教室に忘れものをしてしまった。
入学早々の引越しで荷物の整理をしたり、引越し先の不安や緊張やらで疲労がたまっていたかもしれない。とにかく俺が忘れ物をするなんて四年に一度の五輪くらい珍しいものなのだ。
校舎をでてすぐに、それに気づいたのだが、この時は不幸中の幸いだと信じて疑わなかった。
教室に小走りで向かう。
教室に三人残っている人がいた。
ドアノブに手をかけようとした瞬間、話し声が聞こえ、手を止める。
「咲って、もうすぐ引っ越すんだっけ?」
「そうそう。確か、来月?」
「そっか……」
「なに、翔太、寂しいの?」
「翔太、咲と仲よかったもんな」
「まあな」
翔太と俺は入学式のキンキンに冷えた体育館で隣同士だった。
ピンと張りつめた空気と冷気漂う中、隣の翔太だけはどこか違う空気を纏わせていた。
俺はこの空気から逃れたくて、隣の翔太に話しかけた。それからは教室でも一緒にいることが増え高校生活が楽しみになってきた矢先の転校だった。
「でも、引っ越すって分かってたらそんなに仲良くしなかったけどな」
———え?
そのあと何か話していたけど全然耳に入ってこなくて、笑い声だけが鮮明に聞こえた。