霧人の過去
———七年前
「ヒロ!」
「キリト」
その日はいつもと変わらない日だった。
「帰ろうぜ」
キリトが早く早くと急かす。
「分かったからちょっと待てよ」
机に散乱していた教科書を鞄に詰め込み、抽斗に入っているプリントを取り出す。
「ヒロは進路決まった?」
プリントを見ながらキリトが言った。
「いや、まだかな。キリトは?」
「俺は教師かな」
「初耳、いつから?」
「考えはじめたのは最近かな。学校ってさ、人生の岐路だろ?今の俺たちが考えてるのもそうだけど、人の将来に関わる仕事ってかっこいいなって。あと、学生にとって学校は家の次に長くいる場所だろ?だから少しでも心地いい場所にしたい。それで救われる人もいるからな」
いつもバカばっかりやっている友人が大人びて見えた。
それに比べ、俺は何もなく少しばかりの劣等感があった。
「……おまえって、ちゃんと考えてるんだな」
「まあな」
ニシシ、とキリトが笑う。
その頬にはひっかき傷があった。
「親には話したのか?」
「んーん。でも俺のことなんて興味ないだろうから」
少しばかりの劣等感が俺を突き動かした。
「でも、将来のことだから話した方がいいよ。お金のこともあるだろうし」
「だよなー、あー、んー、でも話したくないんだよなー」
「先延ばしにしても仕方ないだろ」
「やっぱ、そうだよな。よっしゃ!頑張って親に言ってみる」
太陽のような笑顔で俺に言った。
がんばれ、とエールを送ったが小さな罪悪感には気づかないふりをした。
次の日、キリトは学校に来なかった。
昼休みにメールをしても、電話をしても音沙汰なかった。
二日後、就任一年目の担任の先生から、キリトが死んだことを告げられた。
自宅の階段から落ちて頭を強く打ち、亡くなったそうだ。
先生は終始泣きながら事の顛末を述べていた。
「キリト……なのか?」
「なんだよ、たった五年で親友の顔忘れちまったのか?」
先生の表情とは対照的に先輩は太陽のような笑顔だった。
「ヒロ、元気にしてたか?」
「……」
「教師、楽しいか?相変わらずサッカーうまいよな」
「……」
「それとも、つらいか?」
「……ごめん」
先生の瞳から堰を切ったように涙が溢れてくる。
「キリト、本当にごめん、俺があのとき話し合えなんて言ったから」
「ちげーよ、ばーか」
先輩の髪が風に靡く。
「確かにあのとき話し合えって言ったのはヒロだけど、最終的に決めたのは俺だから。それに、ヒロが俺と同じ道を進んでくれたのは嬉しかった」
先輩が先生を一瞥する。
「教師はキリトみたいにきれいな理由じゃない。ただの、罪悪感と罪滅ぼしでなっただけ」
「それでも、ヒロはその道を選択しただろ?」
「……ああ、選んだよ」
先生が真っすぐと親友を見る。
「ありがとう。ヒロが親友でよかったよ」
相変わらずの笑顔で答えると、昼休みが終わるチャイムが鳴った。
人はそれぞれ、人生がある。
自分の力ではどうにもならないことがあるかもしれない。
そう決めざるを得ないことがあるかもしれない。
諦めなければいけないときがあるかもしれない。
八方塞がりの時があるかもしれない。
それでも、辛くて俯きそうになりそうなときほど、顔を上げて深呼吸をしようと思う。
綺麗な空気を逃してしまわないように。




