克服
「先輩、久しぶり」
先輩は相変わらずいつもの定位置にいた。
背後から声をかけると、こちらを振り向いた。
「おう、久しぶりだな。咲」
会うのは一か月ぶりくらいなのに、先輩の顔を見ると、つい昨日もあっているかのような錯覚を感じさせた。
「体育祭、楽しめたか?」
「おかげさまで。いい友達もできたよ」
ありがとう、と伝える。
グラウンドには体育祭で使っていたテントが置かれていた。
「それはよかった」
「先輩は何ブロックだったの?」
「……黄色、咲は?」
「赤、優勝まであと少しだったんだよな」
今思い出しても悔しさがこみあげてくる。
「また来年、がんばればいいじゃん」
「そうしたいのは山々だけどさ、できそうにないんだ」
昨日、父から言われたことを先輩に告げる。
「なるほどな、で、咲はそのことを友達に言うタイミングが分からない、と」
「タイミングもだけど、本音を言うべきかも悩んでる」
屋上では自分の気持ちとは裏腹に爽やかな風が凪いでいる。
「それまたどうして?」
責めるわけでもなく、優しく問う。
「前の学校の時、入学してすぐ引越すことになったんだ。その時一番仲良くしていた友人に言われたんだ。『引越すって知ってたいら仲良くしなかった』って」
ひでーな、と先輩が呟く。
「すごくショックで、その友達とは気まずくなって疎遠に。まあ、この前偶然にもその友人とばったり会って、誤解って分かってさ。解決したからいいんだけど」
「……けど?」
「龍たちに、もし同じこと思われたらって考えると———怖いんだ。俺と過ごした時間が無駄だって思われるのがすごく嫌で……でも、言わないわけにはいかないよな」
少しの現実逃避をしたくて、はるか上空を見上げるとトンビが気持ちよさそうに飛んでいた。
「傷つくって分かって、そこに行動するのは嫌だよな」
俺はさ、と先輩が続ける。
「友達じゃなくて家族だったんだけど、両親がすっげー仲悪くて、父親とかはもうキレると怖くてさ。でも親だからどうしても会話が必要な時ってあるだろ?その時は俺も嫌だったな」
「どうやって克服したの?」
「克服はしてないよ。ずっと怖いまま。嫌なままだったよ。だた、信頼できる友人がいたんだ。もし仮に行動を起こして、すごく傷ついて、立ち上がれなくなりそうなときでも、そいつが側にいるって思うだけで救われるんだ」
「坂口」
龍たちと靴箱に向かっていると背後から呼び止められた。
龍たちに先に行くよう伝える。
「後藤先生、どうしたんですか?」
「放課後に悪い。これを渡しそびれて」
坂口が転入する前にみんなには配ったんだ、と言って一枚のプリントを手渡された。
ありがとうございます、と言い受け取る。
「呼び止めて悪かったな。じゃあ、また明日」
先生、と俺は呼び止めた。
「人に言わなければならないことがあるけれど、言えないときってどうしたらいいと思いますか」
顎の下に手をおいて、そうだなと先生が呟く。
「その言わなければならないことって言うのが、言いたいことならすることは一つだと思うよ」
「言いたいことなら……?」
「そう、言いたいことなら。その相手を信じること。大事な人ほど伝えるのが怖いこともある。伝えることで自分が傷つくかも知れないから。でも、そう思うのは自分の中でその人の存在が大きくなっている証拠だよ。そういう人は一生に出会うか出会わないかの存在だから、勇気をだして向き合うのが一番だよ」
俺の経験談だけどな、と笑った。
廊下に差し込む西日が二人を照らしていた。




