トラウマ
こんな忙しい時に忘れものをするなんて、何してんだろう、俺。
教室のドアに手を伸ばすと、誰かの声がした。
「咲って、もうすぐ引っ越すんだっけ?」
「そうそう。確か、来月?」
「そっか……」
「なに、翔太、寂しいの?」
「翔太、咲と仲よかったもんな」
「まあな」
全身から嫌な汗が流れる。
確かこの後、
「でも、引っ越すって分かってたらそんなに仲良くしなかったけどな」
———っ‼
ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ
見知った天井、カーテン、時計。
「さくー、朝ごはんできたよー、早くおきなさーい」
母さんの声を聞いて、やっと現実に戻ってこれた気がした。
「おはよー、咲」
「りゅう、はよ」
あくびを噛み殺しながら答える。
今日はあったかいなーと龍が呟く。
「龍、あのさ———」
———引越すって分かってたら
「ん?どした?」
———そんなに仲良くしなかったけどな
「あー、いや、確かに今日はあったかいよな」
「だよなー、冬服あちー」
龍は手で顔周りを仰いでいた。
「咲、なんかあった?」
裕司が隣に座り、お茶を飲む。
俺も汗を拭いながら水分補給をした。
「なんかって?」
コート内の試合ではちょうど龍が隼人にボールパスしていた。
「朝から無理して笑ってるし、俺たちになにか言いたそうだなあって思って」
裕司がまた一口お茶を飲む。
「……いや、別に、なにもないけど」
「いやいやいや、その間、絶対何かあるだろ」
嘘が下手だな、とクツクツと笑う。
「わ、悪かったな、下手で」
自分の顔が熱くなるのを感じる。
「嘘なのは認めるんだ」
はいはい認めますよ、と半分やけになって答える。
「それで、何かあったのか?」
「……あったけど、ごめんまだ言えない」
「そっか、まあ今すぐにでも聞き出したいところだが、咲がまだって言うなら待つよ」
でも、と裕司が続ける。
「俺は気が短いから次聞いた時には教えてもらうからな」
龍たちの試合終了の笛が鳴った。




