第17話 賽は投げられた
何も警戒することなく、ただ椅子に座って待っていたエイダン。普段の雰囲気とは異なり、静かに私を見据えていた。
いつもなら、『どれだけ待たせるんだ!』とか怒鳴り散らしてきそうなもの。しかし、今の彼に怒る様子もなく、大人しく私を待っていた。
「ごきげんよう、殿下!」
ようやく会えた獲物に、元気よく挨拶してみる。
だが、彼は睨むだけ。挨拶を返すことはなく………。
…………うーん。聞こえなかったのかしら?
「ごきげんよう! 殿下!」
「…………」
「こんばんは! エイダン!」
「…………」
「ご・き・げ・ん・よ・う! クソ王子!」
4回目の挨拶で、ようやく口を開いたエイダン。
だが、出てきたのは大きなため息だった。
「……随分と元気そうだな、アドヴィナ・サクラメント」
「はい! 元気に決まってますとも! クソ王子はいかがです?」
「クソ王子なんて呼ばれるものだから、気分は最悪だ」
「まぁ! それはよかったです!」
ニコッと笑って答えて見せると、エイダンはきつい睨みをきかせてくる。
彼の反応は予想通りすぎて面白い。
あ~あ。ほんと煽りには弱いんだから。
「1つお聞きしたいことがあるのですが、ジーナたちは殿下が仕向けた人間でしょうか?」
「ああ、そうだ」
「なるほど………なぜあんな武器を持たせたのです?」
これまでは銃での戦闘が多かった。
だからこそ、ジーナたちの武器は面白かった。
だけど、攻撃力は銃の方が上。
鎖は当てても銃ほどの殺傷力は低いし、他の武器だってそう。
なのに、彼は倉庫にあった武器を持たせた。
「もしや、銃以外なら、私を殺せるとお思いで?」
「…………まぁそんなところだ」
ゲーム開始前とは違って冷静に答えるエイダン。
彼は顔を俯けると、小さく笑った。
「殺人は楽しいか、アドヴィナ」
「ええ、とっても。殿下はいかがです?」
「反吐が出る」
「まぁ。それは残念です♡」
エイダンが目覚めれば、さらに面白くなると思っていたのだけれど。
それは期待しない方がいいみたいね。
「なぁ、アドヴィナ。なぜ……なぜこんなことをする」
「最初に申し上げた通りでございます」
「俺たちを恨んでいるのか」
「もちろん」
屈託なく答えてみたが、エイダンは表情一つ変えない。まるで化け物を見ているかのような、嫌悪の瞳だった。
「全部が全部自業自得なんですよ、殿下」
「………なんだと」
「だって、そうでしょう? 契約上だけでの関係であっても、私とあなたは婚約者だった。でも、あなたは私を適当に扱った。挙句の果てに冤罪まで着せた…………態度が悪いだけならよかった。でも、殿下は私に身に覚えのない罪をかぶせ、ろくに調査をせずに婚約破棄! その後、すぐに別の女に切りかえて、2人で幸せハッピー!」
道化師ように、声を上げ、空へ両手を伸ばし、気落ちするようにはぁとため息をこぼす。そして、彼に顔を向けて、皮肉的な笑みを見せ。
「――――ハッ、そんなのが許されるとお思いで?」
苛立ちを込めて言った。
前世の世界なら、エイダンたちの方が糾弾される。
犯罪者として見られる。
だが、この世界は違う。
エイダンは頂点に立つ人間で、ハンナは乙ゲー世界における主人公。彼らが中心だから、彼らを責める者なんていない………でも、誰も糾弾しないのなら、私たちがするまで。
「貴様がハンナをいじめていたのは事実だろ」
「はい。1年前までの話なら、その通りでございます。重ねて謝罪いたしますわ。ですが、1年前からは一切しておりません」
「そうは言っても、俺はお前がハンナに怒鳴り散らしている所を見たんだぞ?」
「…………それはいつの話です?」
「1か月ほど前だ」
「…………」
1ヶ月前となると、ハンナと話したのは授業中ぐらい。それも最低限の会話だけ。怒鳴り散らすなんてことはしていない。
だが、なんとなく予想していたそれ。エイダンたちの発言が本当であった場合、他の誰かが私になりすましたという可能性。彼らが“見た”と口を揃えて、私を貶めようとしたのではないのなら、そちらの可能性が出てくる………。
だとしても、だ――――。
「殿下は詳しく調べようとも、私の意見も聞こうともしなかった。裁判さえ開かれていない」
「…………」
「死んで当然の人間ですよ、あなたは」
もし、これが婚約破棄ではなく、死刑だったら。
彼らは取り返しのつかないことをしていた。
いや、死刑でなくても、取り返しがつかないか。
「まぁ、どの道ゲームを止めることなんてできませんから」
“賽は投げられた”――――。
引き返すことは私であってもできない。
「だから、殺し合いましょう? どちらかが倒れれば、ゲームを終わらせれますよ」
私を倒して、最後まで生き残れば、元の世界へ戻れる。ゲームも終わる。
だが、まだ納得のいかない………というか永遠に納得などしてくれないだろう、エイダンは眉間にしわを寄せていた。
「……今降参すれば、お前を殺さない。とっとこのゲームを止めにしてくれ」
「あら、“殺さない”とは。よほど勝つ気でいらっしゃいますのね?」
「ああ。だから、ゲームを終いにしてくれ」
「先ほども言った通り、私であっても止められません。お断りしかできませんわ」
「そうか」
溜息を洩らしつつ、ゆっくりと立ち上がるエイダン。
何かをするかと思えば、彼は一直線に駆け出していた。見せないように右手は背中の後ろに隠している。おそらく、武器を隠すためだろう。
ああ、待ちに待った彼との戦闘が始まる。
私は場所を移動せず、その場で向かい来るエイダンに発砲。だが、さらりと避けられた。それでもと撃ち続けるが、エイダンは軽やかに横へ回避。橙色の瞳を逸らすことなく、ただ真っすぐに走る。近づいてくる。
銃ではダメね。なら――。
銃を持っていない右手で拳を作り、彼の脇腹を狙い殴りかかる。
「っ!!」
しかし、その右手はエイダンの手に押さえられ、封じられる。拳の威力もそこそこあったのに、彼は空いている左手で微動だにせず受け止めていた。
ならば、と蹴りを入れるが、器用にジャンプで避けられる。そこで抑えられていた拳は解放され、もう一度殴りかかろうとしたが――――。
「――――は?」
流れるように、私はエイダンに抱きしめられていた。
彼に抱擁されるのは人生で一度もない。
これが初めて。
その初めての出来事に、思わず動揺の声を漏らしていた。
「殿下、何を――」
だが、彼は何も言わない。無言で抱きしめ、一瞬離したかと思えば、ニコリと優しい笑みで、右手をようやく見せてくれた。そこには配布されたはずの拳銃はなく。武器もなく。
「一緒に死のう、アドヴィナ」
代わりに、とてつもなく見覚えのあるスイッチ――――セイレーンのあのスイッチがあった。
まさか、この王子――――。
彼の意図を察した私は、エイダンを突き放して、部屋を出ようと背を向ける。だが、エイダンが離さない。苦しくなるほど、抱きしめられ。
「一緒に地獄へ落ちてしまおうか――」
そして、エイダンがカチッとボタンを押した瞬間。
鼓膜を裂くような爆発音と、爆風に襲われ、私の意識は途絶えた。
今日も2話更新です。
次話18話で第1ラウンド終了です。
第18話は18時頃更新いたします。
よろしくお願いいたします。<(_ _)>




