秀明の思春期
今日も残業か。渋滞の中、家に帰る。ああ、秀明は、もう中学校三年生か。受験間近だ。そうこうしていると雨の中、家に着く。傘をさし、玄関を開けると、なんだこれは、エンジン音が高鳴っていた。秀明に何かあったのか。秀明の部屋に入る。
「父さん、秀明が」
そこには、テレビを点け、F1のエンジン音を楽しむ、赤いレーシングスーツ姿の秀明の姿があった。
「母さん、ここは秀明と男同士の会話をさせてくれないか。大丈夫だから、母さんは下へ行ってなさい」
すると、秀明が、テレビの前でマイクを持ち、F1を実況して私を睨んだ。
「秀明、やめなさい。少し、男同士の会話を。マイクも外すんだ」
「どうせ、父さんなんかに僕の気持ちがわかるかよ」
「はっはっはっ、秀明、わかるとも。なんだ、こういう、マイクやレーシングスーツは簡単に手に入るのか」
「ネットショッピングで売ってるんだ」
「ほう、どんなものを見てF1実況してるんだ。父さんに見せてみなさい」
秀明はベッドの下から、「セバスチャンベッテルのすべて」「マックスフェルスタッペン王者の姿」「ハミルトンの愛」といった、漫画を取り出した。
「父さんに気持ちがわかるかよ」
「わかるとも。父さんも想像でF1実況してたよ」
「父さんが」
「そうとも。父さんの頃はこういうものがなかったからな。やれ、ジャンアレジだ、やれ、アイルトンセナだ、ナイジェルマンセルだ、ミハエルシューマッハだと想像で実況してたよ」
「嘘だ」
「本当だ、秀明。父さんの言うことを聞きなさい。父さんはな、実況しちゃいけないと言ってるわけじゃないんだ。それに実況はいいことなんだ。でもな、秀明、実況するときはちゃんとマイクにゴムをかけるんだぞ。相手に何かあったら、たまったもんじゃないからな」
「お兄ちゃん、なにしてるの。お父さんも」
「眞子ちゃんは下へ行ってなさい」
「ずるい、眞子も仲間に入れてよ」
「だめだ、眞子、下へ行って母さんとテレビでも観ておきなさい。すぐ、終わるから」
「眞子にこんな話、できないからな」
「父さん、僕が悪かったよ。僕、今日から堂々とF1実況するよ。ごめんよ」
「そうか、わかってくれればいいんだ。母さんも眞子も下で待ってるしご飯にしよう」
「うん」
「まあ、母さんにはな、父さんが、やれ、ミハエルシューマッハだ、ゲルハルトベルガーだ、ナイジェルマンセルだ、アイルトンセナだと、想像でF1実況していたことは、内緒だぞ」
「それはわかってるよ」
「そうか、わかってくれれば、父さんは、それでいいんだ。それとな、秀明、実況するときはきちんと赤いレーシングスーツにフォルザフェラーリ日本より愛を込めてときちんと、刺繍して集中するんだぞ」
「うん」
秀明の部屋を見渡すとムラムラしてきた。私の頃は凄まじいバトルが絶えなかったからな。私も勃起して実況することにした。秀明なら大丈夫だ。キチンと実況してくれるはずだ。ムラムラするのは何年ぶりだろうか。大変、気持ちの良いことだな。ムラムラ。