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▽こんこん9-3 布石

「だれ?」

 ルルィが聞くので「ロロシーのとこの工場の人」と、大雑把な紹介をする。その間にカヅッチは三人のそばまで歩いてくると、帽子を押さえて会釈えしゃくした。

「はじめまして。カヅッチです」

「あ、ああ」と、ルルィはあからさまに動揺しながら、妙な腰の低さを発揮する。

「あの、はじめまして。ルルィです。ロロシーさんとは同級生で」

 そう言えばルルィは機械技師を目指すとか言ってたな、とリヒュはみんなで食物フード店に集まって将来について話し合ったことを思い出す。確か、持ち前の図々しさを発揮して、ロロシーのコネで工場に勤めようとしていた。

 備品の運搬屋であるカヅッチのことを機械技師だと勘違いしている風であったが、いちいち訂正するのは面倒なのでそのままにしておく。

「あのう。リヒュとはどういう知り合いで?」

「別に大した知り合いというわけでは」

 前のめりのルルィに困惑しているカヅッチの代わりに、リヒュが、

「メョコと一緒にロロシーの家に行った時にちょっと会ったのと、ここで何回か会ったぐらいだよ」

「ここって。病院で?」

 途端にルルィはしりすぼみになって、詮索せんさくの手を引っ込める。すっかり閉口したかと思うと、トセェッドの体を支えて、

「じゃあおれは弟を病室に連れてくから」

 と、廊下の方へと歩き出した。

「またな」と、リヒュが言うと、「おう」と背中で返事して、弟の歩幅に合わせて、ゆっくりと病室の方へと立ち去る。

 リヒュが待合所の椅子に腰を下ろすと、カヅッチはクラウンをしばし操作して、すこし思案げにしてからリヒュの隣に座った。検診の予約時間に余裕を持ってカヅッチが待合所に来ることをリヒュは事前の調査で知っている。

「本当に奇遇ですね。こう何度も病院で会うなんて」

 カヅッチが切り出すと、「本当ですね」と相槌あいづちを返す。一度目以外は偶然ではなかったが、何気ない風をよそおう。やっと今日、ぎりぎりのところでタイミングが合った。

「勝手ながら調べて、リヒュさんの事故のニュース見ましたよ。具合はどうですか」

「もうずいぶんよくなりました。カヅッチさんもヨキネツ先生にてもらってるんですよね」

「……ええ」

 口が重い。あまり話したくなさそうだったが、それには気がつかないふりをして、

「人工臓器の調整をしてもらってるんですが、いつも手際よくやってもらえるので助かってます。人工臓器同士がつながってると、バランスをとるのが難しいそうなんですが、ヨキネツ先生はその分野では有名な方だそうですね」

 カヅッチは、ふっ、と低く笑ったが、すぐに引っ込めて、

「そうですね。色々と有名な方です」

 声が暗い影を引いている。そんなカヅッチの様子をうかがいながら、

「そう言えばメョコが……」

 共通の知人の名前を出すと、

「メョコちゃんがどうかしました?」

 カヅッチは病院に来てから、はじめて正面からリヒュの目を見据みすえた。

「ロロシーが学校を休んでるから寂しがってるんです」

「それは、そうでしょうね。幼馴染だそうですから」

「まだ学校には出てこれそうにないんですか?」

「僕にはわからないです。雇い主の家庭のことに、いち従業員が首を突っ込んだりはしませんから」と、視線がそらされる。

「そうですね。すみません。メョコがうるさく言ってるものだから、僕も気になっていて……、最近だと、変な味覚配合を作って、それをロロシーに試してもらいたいなんて言ってますよ」

「へえ。メョコちゃんらしいですね」

 カヅッチはさも面白そうにしながら、帽子のつばを後ろ手につかむと、ぎゅっ、と伸ばした。

「本人は悶絶もんぜつしてましたけど。カヅッチさんも試してみますか?」

 クラウンを操作しながら、

「配合データを送りますよ。メョコが喜ぶので、試して感想を教えてあげてください」

 と、提案してみる。「いやあ」と、カヅッチは軽くうなって、気後れするという反応を見せたが、そうしながらもクラウンで受信操作をしてくれた。

 リヒュは通信履歴を確認してみる。相手は不明端末扱いだが、カヅッチのクラウンとの通信記録に間違いない。カヅッチの周辺を調べるうちに、その古めかしいデザインのクラウンについて少々気になっていたのだが、どうやら本物らしい。少なくともリヒュのクラウンと通信してもエラーが吐かれるようなことはなかった。

 カヅッチは渡した配合データを確認して薄く笑う。

「気が向いたら試してみます」

「ぜひ」リヒュは言って「ついでなんですけど」とふところを探った。

「これもお願いしていいですか」

 手を差し出して、にぎっていた指を開く。

 リヒュの手にはずっしりとした鉱石が乗せられていた。金属質の白っぽいつややかな表面に、黄色と黒の透き通った結晶が散らばっており、それぞれの色の境界線は絵具を混ぜたように溶け合っている。

「これ、どうしたんです?」

 カヅッチは目を細めると、職人の顔に変わった。慣れた手つきで鉱石を取り上げ、ひっくり返して仔細しさいに観察する。

「メョコが貰ったらしいです。あいつよく人から物を貰うんですよ」

「そうらしいですね。メョコちゃんがよくおすそ分けと言ってなんだかんだと持ってくるので知ってます。……けど、いくらなんでも、こんな高価なもの。……いや、メョコちゃんの家柄ならそういうこともあるのか」

 ひとり納得して、

「で、これをどうすればいいんです」

「ロロシーに渡してもらえますか。直接が無理だったらソニナさんに。僕がお願いされてたんですけど、今日持って行こうと思っていたところに別の用事が入ってしまって。なにせ明日は……」

「カリスの休養日ですからね」

「そうなんです。用事が立て込んでて。申し訳ないんですが、お願いできませんか?」

「別にいいですよ。今日このあと工場の方へ行くつもりでしたから。その時にでも渡しておきます。……しかし、なんに使うんでしょうね」

「さあ。工場の設備でお揃いのアクセサリーにしてもらうとか言ってたような」

 リヒュが言うと、「ふうん」とカヅッチはまじまじと鉱石を眺めて、

「まあ、わかりました。確かに頼まれました」

「ありがとうございます。助かりました」

 大仰おおぎょうに感謝した後、リヒュはこれからどうしようかと、しばし悩んだ。もう病院に用はないが、ここで帰るとわざわざカヅッチを待っていたと知らせるようなもの。カヅッチの検診の時間はまだのようだ。リヒュの診察時間が少し押したので、その影響でずれ込んでいるのかもしれなかった。

 なにか話題を、と探して、透過壁面の向こう側にある街中に目を移す。バイパスの広い道を人と巡回オートマタが行き交っている。頭上には何本もの空中レーン。レーンを高速で滑っていく輸送箱。最短距離で、最適の順路を効率よく巡って目的地を目指す人々は、オートマタと大差ない存在に思えた。そんなことを考えて、

「オートマタが迷子になることってあるんですか」

 質問を投げかけると、「迷子?」と、カヅッチは首をかしげた。

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