▽こんこん9-2 ルルィとトセェッド
身に覚えのない謝罪に戸惑っていると、
「弟の相手しててくれたのか。ありがとな」と、ルルィすぐに明るい態度に切り替えて、弟という少年を挟んで、リヒュのふたつ隣に腰かけた。
「もうあいさつしたか?」
「ううん」
「じゃあ自分でできるか」
ルルィの弟はリヒュの顔を見上げる。
「トセェッドです」
「僕はリヒュ。お兄さんの同級生」
「でもお前、最近学校来てねえじゃん」
すぐさま茶々が入る。
「入院してたから」
言い訳じみた言葉をもらすと、ルルィは「あー」と、息を吐きながら顔を天井に向けて「いや、ほんとごめん」また謝った。
「ギーミーミから聞いてたけど、お見舞いもしなくてさ」
それで謝ってたのか、と得心して、トセェッドに向けられた視線から否応なしに事情を察する。弟が病気で入院していることに気を遣われるを嫌ってのこと。いつも気楽そうにしていただけに、そんな繊細な一面があったことにショックを受ける。
同じ病院に友人が入院することになり、知り合いたちがぞくぞくと見舞いにやって来ていた間、気が気でなかったろうルルィを想像すると、リヒュはどうにもいたたまれなくなった。そうして、すこしでも意識を病院の外へ向けようと「最近、学校はどうなの?」と、声をかける。
「まあ、変わんないよ。ボ先が厳しくてさ。やたらおれに口うるさいんだよ」
ボ先、というのはボォゾ先生。体育の担当教員。すらっとしていて麗しい顔立ち。爽やかな性格から、男女問わず人気のある先生だ。
「構ってもらえるのを、羨ましがってる奴もいるんじゃないの」と、リヒュが軽口をたたくと、ははは、とルルィは笑う。
「できたら代わってやりたいよ。こないだだって、おれがあんまり体が硬いもんだから、もっと柔軟しろって、ぎゅうぎゅう背中を押してくるんだぜ。しかもにこにこしながら。怖えよあの笑顔。骨が折れるかと思った」
本人が言う通りに硬そうな肩が回されると、ごき、ごき、と音が鳴る。
「ロロシーはまだ来てない?」
答えは知っているが一応聞いてみる。
「うん。よく知らないけど、なんか体調崩しっぱなしらしいな。それと、ゴャラームも来てないんだよ」
「ゴャラームも?」
同級生の中でも特に小さな友人の姿を思い浮かべる。元々そこまで親しくはなかったが、以前、一緒に食物店で勉強会をしてから、時々話すぐらいの仲にはなっていた。背が低すぎて低学年に間違われることがよくあると言って、小動物のような怒り方で憤慨していたのが印象に残っている。
「よくわからんがサボりっぽいんだよな」
「へえ。学校サボるタイプだと思ってなかったけど」
「お前は人のこと言えないだろ」
ちくりと切り返されて、リヒュは苦笑いを返す。
「先輩も忙しそうだし、ギーミーミぐらいしか遊んでくれないから寂しいぜ」と、ルルイは目を伏せて、
「けどギーミーミも最近はプパタンといることの方が多いっぽい。……あのふたり付き合ってんのかな。どう思う?」
声をひそめるルルィにどう言おうかと考えていると、居心地悪そうに足元ばかりを見つめているトセェッドが目に入ったので、
「トセェッド君はお兄さんのこと好き?」
と、話を振ってみる。
「うん」と、幼い頷きを見て、ルルィは嬉しそうにくしゃりと表情を崩す。それから大きな手を伸ばすと、短く刈り込まれたトセェッドの頭をかき混ぜるように乱暴に撫でまわした。
「兄弟仲いいんだね」
「まあな」と、はずんだ声。
「今度お見舞いしてもいいかな。どうせ定期健診でまた来るしさ」
「どうだ? トセェッド」ルルィが聞くと、「別に、構いません」と、しっかりした返答。
「なにか持ってこようか。お見舞いに欲しいものとかある?」
「いえ。欲しいものは自分で買いますから」
芯の通った態度に、
「ルルィよりしっかりしてるね」
思わずリヒュが言うと「兄はこれでも結構しっかりしてます」とのことだった。それを聞いたルルィは「いい子だ」と、大声で笑う。あまりの馬鹿笑いに反応して、病院のオートマタが滑るようにやってくると、他の患者様の迷惑になりますので、と注意されるはめになった。
「どうせノイズ処理で大して聞こえないのにな」
不満気に言う兄を見て、トセェッドがくすりと笑う。
ほほえましい兄弟、でも……、とリヒュは考えてしまう。
――いつ死ぬかもわからないのに。
ヨキネツ医師の言葉が耳の奥でこだまする。憂鬱な気分になりかけるのを、頭を振って払いのける。
昼を越えて病院を訪れる人が増えてきた。
「そろそろ混むかな」ルルィが言って、「病室に戻ろうか」トセェッドに手を貸して立ち上がらせる。
「にしても今日は多いな」見渡すルルィに、リヒュが「明日」と言いさすと、すぐに「ああ」と納得したような声が返ってきた。
明日は惑星コンピューターの休養日。機械惑星の祝日。特別な用がない限り、外をうろついてはならないし、当然ながら病院も閉まっている。だから、滑り込みで診察を受けておこうという人が続々と訪れているのだろう。
杖を持つのに難儀しているトセェッドに、リヒュも手伝おうと腰を上げたその時、匂いがした。音も。
内なる獣が記憶している。獲物の匂い。獲物の足音。
このためにリヒュは診察が終わっても帰らずに待っていた。
入口の方へ視線を向ける。くたびれた作業服は、膝の部分が擦り切れて薄くなっている。トレードマークの帽子のつばは、いつもと同じく後ろに向けられていた。
「カヅッチさん」
呼びかける。カヅッチは微かに目を見張ったが、すぐに、
「どうも。リヒュさん」
と、塗り固めたような微笑みを浮かべた。