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●ぽんぽこ9-16 芸術は砂粒のなかに

「決勝で会おう」

 ラーテルがキングコブラに言い放つ。

「お前なんか初戦でトラに負けちまえ」

 キングコブラが相手にもせずに背後に言い捨てると、

「それなら、そっちこそ初戦でライオンに勝てるのかよ」

 と、背中におおいかぶさるように暑苦しく詰め寄られる。キングコブラはそれをするりとかわして、まるきり無視を決め込むと、「帰るぞ」と、自身の群れ員クランメンバーに呼びかけた。

 しかし、会議場の片隅でたそがれるサイドワインダーは茫然ぼうぜんとしていて、リーダーの声も届いていない様子。イリエワニの叩きつけに始まり、種々様々な動物に踏み荒らされ、最後にはセンザンコウの背中の鱗でずたずたにされ、端にトーナメント表が描き加えられた砂絵。それを眺め、かすかに嗚咽おえつをもらしながら、

「誰かひとりでもわたしの作品を見てくれただろうか……」

 心になげきをたぎらせて、降り注ぐ夕日に全身を染める。

「ぼくが見てたよ」

 ケープハイラックスが寄り添ってなぐめるが、サイドワインダーの悲しみはえない。そんな悲観に暮れる芸術家のそばにホルスタインがのっそりとやってきて、

「素敵な絵だったから、消えちゃうと寂しいですね。私の足跡で引いた線も、もうどこかわからないです」

 ホルスタインの足元にはアグー、背中にはナマケモノが乗せられている。

「どんな偉大な芸術も時の流れのなかに消えるものなんです」

 ぽつりと言葉をこぼした、鎖のような模様をした黄色いヘビの体は心持ち小さく見える。サイドワインダーはヨコバイガラガラヘビとも呼ばれる。ガラガラヘビ属の特徴として尾の先端に中空の節が重なっている。サイドワインダーはそんな尻尾を高速で振動させて、高く、低く、スレイベルでもかなでるように音を鳴らした。物寂しさが漂う演奏に、ホルスタインは耳をかたむけ、暮れゆく太陽に向かってブモーと低く鳴くと、優しい声で、

「なら、ここに描かれていた絵は、偉大な芸術の仲間入りをしにいったってことですね」

「……そうです。そうですとも」

 すこし元気づけられたように尻尾の震えが止まり、頭がもたげられる。

 その時、キングコブラが長大な体を引きずってきて、声を張り上げた。

「聞こえてねえのか。帰るっつってんだろ。向こうにいる真っ黒鳥をさっさと呼んでこい」

「はーいボス」ケープハイラックスがすぐにトコトコとオアシスの湖岸に沿って走っていく。

 ホルスタインはとぐろをまくキングコブラに鼻先を向けると、うやうやしく会釈えしゃくしてお礼の言葉を並べる。

「今日はありがとうございました。会議を開いていただいたおかげで、なんとかなりそうな希望が見えてきました。本当に……」

 しかし、それをさえるように、すぐにラーテルの声が追いかけてきた。

「逃げるなよ!」

 キングコブラはうんざりして、素早い動作でアグーの足元の影に溶け込むように潜り込む。視界から消えたキングコブラを探して、ラーテルが砂を巻き上げると、ホルタインが今までにないような大きな声を出した。

「ラーテルさん!」

「えっ!?」

 ラーテルは驚いて、ホルスタインの鼻先を見上げる。

「いいですか」

 確認されて、なにもわからないまま思わず「うん」とあごを引く。そして、じっ、と見つめられると、黒い瞳に視線が呑み込まれてしまった。

「あまりはしゃぎすぎてはいけませんよ。誰かと一緒に遊ぶときは、相手の気持ちを考えてあげましょう。もっと遊びたいひともいれば、そうではないひともいます。あなたが気遣いしてあげれば、その気遣いはあなたにもきっと返ってきて、ずっとずっと楽しく一緒に遊べますよ」

 母親のような優しくも厳しい声色に、ラーテルは気圧けおされたようにうなずく。

「……うん」

「今日は終わりです。縄張りに帰ってログアウトしなさい。ゆっくり寝て、それからまた遊びましょう」

「……はい」

 従順に背を向けて、砂地に小さな足跡を刻みながら、自らの縄張りへと帰っていく。その背中にホルスタインが「気をつけて帰りなさい」と声をかけると、くるりと振り返った小さな頭がコクリとうなずく。

 完全にラーテルが見えなくなると、キングコブラは目を白黒させながらにょろにょろと体を伸ばして、

「まるで猛獣使いだな」

「そんな。子供の相手には慣れてるだけですよ」

「へえ」

 と、白黒模様の大きな背中に乗せられているナマケモノを見上げる。

「それにしても白黒ちゃんは優しいねえ。初戦の相手を運んであげるのか」

「あのままだと、ひとり残されそうだったので」

「ほんとに優しいよ」

 くり返して、遠目に話し込んでいるカンガルーとセンザンコウに目を向ける。

だらりんちょ(ナマケモノ)には白黒ちゃんが勝つとして、二回戦で白黒ちゃんが戦うのは、あのどっちかな。筋肉ちゃん(カンガルー)は攻略側のほうが得意だから、防衛側の今回はちょっと苦戦するかもね。俺たちはあたるとしても三回戦か」

「そんな。まだ私が勝つなんてわかりません」

 謙遜けんそんするホルスタインの足元で、アグーは「まあ、ナマケモノには勝てそうだけど」と、こっそりつぶやいて、ぶうぶうと鼻を鳴らす。

「だらりんちょが優勝するようなことになっても困るから、きっちり叩き潰しておいてよ」

 キングコブラは本人がいる前でずけずけと言って、戻ってきたワタリガラスを見上げると、

「帰りも頼むぞ」

 鷹揚おうような態度で首をのばす。真っ黒な大鳥ワタリガラスがキングコブラの体をがっしりとつかんで、

「ホルスタインさんそれではまたお会いしましょう」

 愛想よくあいさつをして、長大なヘビの体を垂れ下げながら空に舞い上がった。

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