●ぽんぽこ9-13 ルーレットスタート!
各群れの代表者たちが取り囲む会議場の中央。フタユビナマケモノが砂にまみれて、緩慢な動作でもがいていた。明褐色の長毛が砂を掃いて、大きな爪が溝を掘る。オアシスからやってきた冷たい風が、うっすらと苔の生えたナマケモノの毛衣を撫でて、円環状に集まったプレイヤーたちに緑の香りを運びながら、ぐるりと渦をまいて吹き抜けていった。
フタユビという名前の通り、フタユビナマケモノの前足の指は二本。後ろ足はナマケモノの仲間であるミユビナマケモノと同じく三本だが、ミユビナマケモノと違って尻尾はない。
普段は長爪を使って樹にぶら下がり、ほとんど地面に下りてくることはない動物。地上で動くのには適していない体の構造。のっそり、のっそり、ギンドロに向かって砂上を這いずっていく。
ナマケモノを運んできたクロハゲワシとワタリガラスは、ギンドロの後ろに控えるスミミザクラに枝を借りて、桜の花に翼を埋もれさせると、疲労が滲む顔を並べる。そうしてワタリガラスが事の経緯を伝えるために、スピーカーを鳴らそうとしたその時、「シッ」とマレーバクが鋭く息を吐いて、鼻で追い払うような仕草をした。ワタリガラスはその意味を了解して、大きな溜息をつく。
「はいはい。わかってますよ。スキルは使いませんってば」
会議開始前の約束。投げやりに言って、黒翼をひるがえし、オアシスの対岸、林檎やキリンたちがいる場所へと飛び去っていった。
残ったハゲワシにリカオンが尋ねる。
「どういうことだ? 死にかけのコアラはどうした」
「それが……」
ハゲワシの説明によると、コアラは長のフタユビナマケモノから一方的に代理に任命されて、仕方なくオアシスへと向かっていた。しかし、途中で嫌になって砂のベッドでふて寝。それをハゲワシが発見し、さらにワタリガラスと一緒に運ぼうとすると、もう会議場には向かわず縄張りへ帰りたいと言い出したのだという。二羽で協力してコアラを縄張りに帰してやったところ、そこでのんびりしていたナマケモノと鉢合わせた。大変な役割を副長に押し付けた上にだらだらと過ごしているナマケモノにコアラはストレスを爆発させて、ユーカリの植物族の仲裁の言葉も振り切ってナマケモノに食ってかかった。
ナマケモノとコアラは日がな一日ほとんど動かない樹上生活者という生態は似通っているが、ナマケモノと比べるとコアラはずっと筋肉質。コアラは地上から飛び上がってナマケモノがいる樹の幹に爪を引っかけると、するすると登っていって、ナマケモノを引きずり下ろした。
樹々が生い茂る縄張りの外縁でナマケモノが突き出され、いい加減な態度で会議参加の約束をした責任を自分で果たさせてやってくれ、とコアラによって頼まれた。ユーカリの葉を振り回してまくしたてるコアラの怒りは相当なもので、二羽は本意ではなかったものの、コアラの望み通りにナマケモノをここまで運んできたということらしかった。
「……それは、大変だったな。ご苦労様」
リカオンに労われて、クロハゲワシが言葉もなくがっくりと頷く。その間にも、ナマケモノはギンドロに登ろうとして断られ、見かねたスミミザクラに登らせてもらっていた。枝の一本に落ち着いて体をぶら下げると、二樹の枝が交差するところにとまっていたフクロウが声をかける。そうして親切に、これまでの会議の内容を簡潔にまとめて聞かせた。
「わかったわかった」
空返事のナマケモノに、
「本当にわかってるのかな?」
アグーが疑いの言葉をかける。
「わかってるよ」
「トーナメントするけど参加できる?」
「するする」
吹けば簡単に飛んでいきそうなほど軽い返答。伝わっているのか疑わしくとも、既に長丁場の会議で疲れ切っている面々はまともに取り合うことを諦めて、
「ああ言ってらっしゃることですし、さっさと組み合わせを決めてしまいましょ」
ビーバーが進行を求める。が、リカオンは少々不安げに、
「でも決めた後で群れ戦にも遅刻なんてことになったら困るぞ。トーナメントにするなら、次の戦を待たせることになる」
「そのときは不戦敗にすればいい話でしょう」
トムソンガゼルが言うと、またピトフーイが飛んできて、
「そんなことになるならナマケモノの群れの出場枠をちょうだいよ」
しかしウルフハウンドに牙を剥かれて、「それはもう終わった話だ! あまりしつこいと食い千切るぞ!」と吠えたてられると、すごすごと逃げ帰っていった。
全員が静まった一瞬を見計らってブチハイエナが話を進める。
「それで、トーナメントの組み合わせの決め方はどうします」
「群れの規模で振り分ければいいんじゃないの。規模の大きな群れが偏らないように」
ムカシトカゲの提案に、
「そんなのはつまらんぜ」
キングコブラはシャーシャーと噴気音を激しく鳴らしながら舌先を躍らせた。
「ランダムにしよう。番狂わせの下剋上が起きやすいようにしとかないと、強い群れが順当に勝つだけでなーにが面白いのってことになりかねないぜ。みんなワンチャン欲しいだろ? 初戦でライオンとトラがつぶし合って欲しいよなあ」
数名が答えずらそうに目をそらすなか、フクロウがホーホーと鳴き声で主張して、
「キングコブラの意見に賛同するわけではありませんが、ムカシトカゲが言った、規模で振り分けるというのは妥当ではないと思います。群れの縄張りの広さは強さの指標になりません。群れ員の総数もね。多ければ強いとは限らない。群れ員の能力の合計値が算出できるなら、ある程度は信頼できる基準になるでしょうが、いまそれを把握している方はこのなかにどのぐらいいらっしゃいます?」
誰も返答できないのを見てとって、
「ならランダムで決めるのが現状においては最適解と言えるでしょうね」
「ランダムって。しっぽジャンケンでもする?」
アナグマが腰をひねって、太いしっぽをふりふりしたが、
「あたくしにはしっぽなどありません」
「わたしにだって」
植物族であるギンドロとスミミザクラが言って、フタユビナマケモノも尻尾のないお尻を向ける。
「そっか。声だけでするとしても、こんな大勢で一斉に喋ったらわけわかんなくなるね」
「ならサイコロでも使うか? 数比べで勝ったひとが先抜けしよう」
ウォンバットが言いながら、正六面体をした灰褐色の塊を砂地にコロリと転がした。
「へえ」と、アナグマが駆け寄って覗き込む。
「よくこんなにきれいな形の石があったね」
感心するアナグマの言葉に、ウォンバットはどっしりとした体を左右に振った。
「石じゃない」
「どう見ても石だけど?」
前足でころころと転がしてみる。石よりも軽い感じがするが、見れば見るほど角の削れたサイコロ状の石。
怪訝にするアナグマに、
「それ、私のフン」
と、ウォンバットが言い放つ。アナグマは耳を疑って硬直し、遅れて思考が追いついてきた。
「……えっ!?」
アナグマだけでなく、ウォンバットの両隣にいたイボイノシシとホルスタインの群れの面々も一斉に後ずさる。そんな周囲の反応を気にすることもなくウォンバットは、
「すごいだろ。ウォンバットって唯一四角いフンが出せる動物なんだぜ」
言いながら自慢げに鼻先を掲げる。長のカンガルーは己の群れの副長の行為を注意するどころか、
「立派なフンができて偉い」
と、褒める始末だった。
フンに触ってしまったアナグマは、砂で手を洗いながら、
「そうなんですねー」
と、ゆっくりと距離を取って、自分の席に引き返す。
場が一気に冷え込みかけるなか、マレーバクはいたって冷静に鼻先を伸ばすと、
「そのダイスじゃ目がないから使えませんよ」
「それなら……」と、ウォンバットはギンドロを見上げ、細かな花弁が団子のように連なっている花に目を向ける。次にその後ろにいるスミミザクラの、五枚の純白の花弁がふわりと広がる花に目をやり、
「花びらで飾ったらいいんじゃん」
「だーめ! だめだめだめ! 私のお花をそんなことに使わないで!」
激しい拒絶にウォンバットは顔を顰めて、今度はオアシスの畔の黄色いスイセンに視線を向けるが、
「僕も遠慮したいのですが……」
上ずった声色でやんわりと断られる。自分のフンを使うことに固執して、ウォンバットがサイコロの目にするのにちょどいい小石を拾い集めようと会議場のなかを駆け回りはじめたが、
「俺が針になる」
ウォンバットを押しのけて、いままでずっと沈黙を通していたセンザンコウが会議場の中央に出てきた。皆の視線が集中する前で、ごろりとひっくり返って仰向けになると、長い尻尾を抱えて丸まる。がっちりと体を固定すると、三角形の頭だけを外に出した。すると、その姿は、ルーレットの中央に置かれている、丸に出っ張りがついた針のような見た目となる。
「誰か回せ」
しばし戸惑いの視線が交錯する。そうして、誰も動かないのを悟ると、
「ライオン」と、センザンコウが直接ディーラーを指名した。
呼ばれたライオンはのっそりと歩み寄り、鼻を突き出して、覗き込むようにセンザンコウを眺めまわし、
「回せ」
と、指示されるままに、太い前足の肉球をセンザンコウの頬にあてる。角度を確かめながら、思いっきり振り抜くと、センザンコウの尖った背中の鱗が地面をすりおろしながらコマのように回転し、荒々しい音と共に砂粒をまき散らしながら緩やかに速度を落とし、ややあって、ぴたりと止まった。指し示されたのはイボイノシシの鼻先。
「これでいいじゃん」と、キョン。
「十六個の枠を指された順に埋めていくぞ。それでいいな」
ライオンの言葉に、もはや確認不要とばかりに「いいからさっさと決めてくれ」と、コモドオオトカゲがせかす。
「先に指された方が攻略側、後が防衛側に決めておくのはどうです。二回戦以降はその都度ジャンケンでもして決めましょう」
フクロウの意見に異論を唱えるものはいなかったので、そのまま決定稿となる。
「ダブった時は回し直しですかね」ヤブノウサギが言いながら、アナグマと協力して手際よく砂を掘って、地面にトーナメント表を描き、
「選ばれた群れの代表の方はこちらへ」
と、呼びかけた。
トーナメント表の一番はじっこにイボイノシシが移動するのを確認して、ライオンはセンザンコウに、
「目が回ったりしないか」
気づかいの言葉をかけたが、
「遠慮は無用」と、頼もしい返答。
「よし」
疲れた頭をしゃんとさせて、ライオンは長かったピュシス会議の締めくくりに、思いっきりセンザンコウを回転させた。