●ぽんぽこ9-12 殺し合え!
「ここにいる全員で殺し合いをしようぜ!」
キングコブラが自身満々に言い放ち、毒液滴る牙をにやりと尖らせた。長さだけならイリエワニにも負けない体。それが大きな輪っかを作ってぐるぐると見回す。
「意味がわからん」イボイノシシがバッサリと突き放すと、
「まったくだよ」と隣のアグーが鼻を上下させる。
「こいつおかしい。頭がヘビ」タスマニアデビルが罵倒と共に特徴的な鳴き声を響かせて騒ぎ出したので、ライオンが顔を顰めて耳を伏せながら、
「タスマニアデビルはペナルティふたつ目で退場だ」
「なんであたしだけ!?」
つーんと口を尖らせるタスマニアデビルに、同じ群れのウォンバットが軽蔑の色も露わに、
「お前の鳴き声は他のひとの話が聞こえないぐらいうるさいんだよ。ちょっとは自覚しろっ」
「なんだと!」
取っ組み合いに発展しそうになったが「やめなさい!」カンガルーが力強くふたりの間に割って入って、強靭な腕でタスマニアデビルを抱え上げた。
「ちょっと!」と抗議する声にも耳を貸さず、会議場の外に運び出していく。そこで長としてのお叱りを与えると、しょんぼりしているタスマニアデビルを残して、すぐに席に戻ってきた。
「お騒がせしました」カンガルーは謝罪の意を込めて鍛え上げた筋肉を見せつけて「それで、キングコブラさんのお話はどういう意味なんですか?」
するとキングコブラは待ってましたとばかりに身を乗り出して、
「いいか。よく聞けよ、敵性NPCと戦うにはなにが必要だ?」
「勇気!」と、ラーテル。
「違う」
「では頭数?」と、ビーバー。
「違う」
「命力、ということですか」ギンドロの答えに、
「大正解!」
キングコブラが丸い瞳をつやめかせる。
「命力を稼ぐ手段は群れ戦か遺跡探索で得た装備を売り払うかのいずれかだ」
オアシスのバザーに点在する岩型のNPCが舌先で指し示される。群れへの各種申請や、装備品の買い取りなどをしてくれる中立的な存在。
「オートマタどもと戦うのなら、神聖スキルでぶっ飛ばすのが一番手っ取り早いし安全だろ? 工場を破壊するのだって、十分にスキルが使えればそれほど難しいとは思えないね。スキルを使うには命力が必要だ。大量のオートマタと戦うのなら、それだけたくさん。で、だ」
「地形変動でいつ最深部に繋がるかわからない危険な遺跡周辺で稼ぐよりも、手っ取り早く群れ戦で稼ごうというわけですね」
フクロウに先回りされて、キングコブラは少し不愉快そうに割れた舌先を躍らせながら「そうだ」と、頷く。
「それって空回しでもするのか?」
アグーが聞くと、
「空回しってなに?」ムササビが足の下のイリエワニに小さな声で尋ねる。
「俺も知らない」
目を見合わせるふたりに、スイセンがやさしく教える。
「ゲーム内のスラングです。勝敗をあらかじめ話し合いで決めておいて群れ戦を行うことですね。戦評価が最低になるので戦闘後に得られる命力は少なくなりますが、お互いに消耗もなく、安定した稼ぎになります。ただ、こういった談合は好まれない傾向にあって、くり返していた群れが糾弾されるといったいざこざも以前はありましたね」
「でもそれって悪いことしてるわけじゃないんだろ?」イリエワニが不思議そうにすると、
「システム上、禁止行為ではありませんが、戦いたいプレイヤーが多かったんです。ある時、一部のプレイヤーたちが空回しをスタンダードにしようという布教活動をはじめました。そうして、それを阻止したいプレイヤーと衝突し、戦いにより善悪が決められた。勝ったのは阻止側であり、そちらが善。敗者は悪です」
イリエワニとムササビが神妙にその話を聞いている内に、会議は次の段階に進む。
「それでだ。ついでだから、トーナメント形式にして、優勝した群れに最深部を調査してもらうってのはどうだ」
この提案にスミミザクラが「それって優勝を目指すメリットなくない?」と訝しむが、これにキングコブラは首を横に振って、
「いやいや、最深部に一番乗りして報酬を総取りできるんだから十分だろ?」
「報酬って」とカンガルーが「トラさんの言う通りならピュシスの消滅を免れるってことですよね。それって誰がやっても同じじゃないんですか」
「いやいやいやいや」キングコブラは激しく首を振って、
「さっきは口出ししなかったが、俺はもうちっと詳しい話を知ってるんだよね。最深部でできるのは、お願い事を叶えてもらえるってこと。トラの話はそれで、消滅しないでー、ってお願いするってことだな」
「その話の情報源もトラさんと一緒で秘密なんですか」
「いんや。……そうだな。まあ教えてもいいか」キングコブラはいつの間にか夜闇に包まれている星空を見上げて「かみさまが教えてくれたのさ」と月を見つめた。
「かみさま、って誰です?」
「この世で一番えらいお方だ」
「どこにいるんです?」
「空に浮かんでらっしゃる」
どこまで真剣なのかわからないキングコブラに対して、ライオンは渋い顔になりながら、
「トラ。お前が言っていたこととはだいぶん毛色が違うが、キングコブラの話についてなにか言うことはないか」
「……否定できるほどの情報は持ってないな」
遠回しな肯定ともとれる曖昧な態度。マレーバクも「可能性だけならあるんじゃないでしょうか」と後押しするような言動。
これに「要するにキングコブラはトラとは別の言い方ではぐらかして、好き放題言ってるだけだろ」コモドオオトカゲが嘆息して「どうにもきな臭い話だぜ。結局二転三転して信憑性のある情報がないってだけじゃないか」
同じように感じた者たちに落胆が広がりそうになるなか、ブチハイエナが、
「遺跡の調査をしなければならないことは確かです。そして、そのための命力を群れ戦で稼ぐという提案も理に適っていると思います。縄張りを守るにも命力が必要でしょう」
「せっかくこうして各群れの代表が集まっているいま、日程を決めて速やかに戦うのは良い判断では」
フクロウも同意する。
「ちょっと待ってください。ぼくは代理なので長のエチゴモグラに聞かないとそんなことは決められないです」
アナグマが焦った声を出すと、「私も群れ員に相談してから決めたいです」とホルスタイン。ビーバーも「そういう話になるなら長を探してきますが」
「それに結局空回しにするかどうかはどうするの?」
スミミザクラも声を上げ、何名かが混乱のままに意見を投げかける。そんな会議場にライオンの咆哮が響いた。
「待て。話を一度まとめよう」
今回は一度で皆が大人しくなり、一斉に鼻と耳と目が向けられる。
「まず命力稼ぎにこの場の群れで集中的に群れ戦を行うということについて反対する者はいるか?」
数名が声を上げようか悩むが、結局はスピーカーを震わせることはなかった。
「うん。ではこれに関しては決定事項として話を進める。次に、キングコブラが言っていた、これをトーナメント形式にして優勝した群れに遺跡最深部へ行かせるという案についてはどうだ」
「その前に」キングコブラが割り込んで、
「言っとくが願い事が叶うっていうのはどんな願い事でもだぞ。かみさまが言ってたんだから間違いない。ピュシスのことだろうが現実世界のことだろうが……」
「現実世界も?」
ホルスタインが驚いて耳をピンと突き立てる。
「そりゃそうだろ」キングコブラはふんぞり返って「ピュシスがどれだけすごいゲームかはここにいる全員が理解してるよなあ。こんだけ感覚を自由自在に没入させるなんて他のVRゲームにはできっこない。そんでだ。現実においてピュシスを嗅ぎまわってるお巡りさんがわんさといるが、尻尾を掴むことすら許してないんだぜ。そんな偉大なピュシスを作った偉大な創造主さまが用意した偉大なご褒美が最深部で待ってるんだ。それがどれだけとんでもないことか想像してみろ」
この言葉に会議に参加している数名が心を動かされる。そして、同じように心動かされた者たちが聴衆のなかにも現れた。
「うちの群れは今回、会議に参加できなかったけど、そのトーナメントには参加したい!」とジェンツーペンギンが会議場の外から声を張り上げた。それに同調して毒鳥のピトフーイが飛んできて「私の群れの長にも参加権をあげて!」
コビトカバものっそりと聴衆をかき分けて、プレイヤーたちの隙間から顔を出すと、
「ぼくのところの群れも……」
それに対してウルフハウンドが低く吠えて、
「そこまで面倒みてられんだろ」
「でも……」ピトフーイが言いさしたが、
キョンが鋭く遮って、
「待って待って。いい? いいよね? キングコブラさ。アンタの話、ちょっとズレてない? アンタが言ってたみたいに、ピュシスが消滅しないで、ってお願いしなきゃなんでしょ。好き勝手にお願いを叶えてもらおうってことなら、ピュシスがなくなっちゃうんじゃないの」
「そんなのは大丈夫だ。いくらでも願い事できるんだから」
「いくらでも!? 一個じゃないの?」
「相手は、あくま、じゃなくて、かみさま、だぞ。一個だとかそんなけち臭いことするわけないだろ。当然無限だ」
「その話でまた信憑性が下がった気がするが……」コモドオオトカゲが顔を顰める。
「このなかで」ライオンが場を収めるために声を強めて、
「他に情報を持ってる奴はいるか?」
無言の否定。
「なら現状で一定の方針を固めるしかない。どんな方法であれ遺跡の最深部に向かうメンバーを決める必要性は今後出てくる。その手段のひとつとして、トーナメントを選ぶかどうかだ。それから言っておくが、この会議に都合があわず参加できなかった群れのことは今回考慮できん」
「そうですね」ブチハイエナが頷き「きりがないからね」とムカシトカゲも言う。
それを聞いてピトフーイやジェンツーペンギンはがっかりした様子で聴衆の波のなかに戻っていく。
「優勝した群れが一番強いわけだし、一番命力も稼ぐわけですから、そこが工場破壊任務を遂行するべきだというのに異存はないですけどね」
ビーバーが言いながら出っ歯を見せて、オール状の尻尾でぺたぺたと地面を叩く。それに同意するような唸り声が、数名の口からもれた。
「俺が優勝する!」と、目的を見失っていそうなラーテルも息巻く。
「異議申し立てがあれば遠慮なく発言してくれ」
ライオンが促すが、強い否定の意見はない。少し細かな議論がいくつかなされたが、最終的には賛成が過半数を越えた。
そうしている間に再び太陽が昇りはじめている。
「私そろそろお時間が厳しいので早めの進行を希望します」
フクロウが言うと、何名かも同じように時間を気にしているようだった。
「残った議題はトーナメントの組み合わせか。どことどこが当たるか。それと対戦日時のすり合わせだな」
「トーナメントじゃなく総当たりにした方が命力稼ぎの効率がいいのではないでしょうか」
ビーバーが意見を差し挟むと、コモドオオトカゲが、
「それはちょっと悠長じゃないか。十六の群れが総当たりしたら、決着まで、えっーと、百……二十試合か。一個の群れに絞って考えても十五試合だろ。その点トーナメントなら、総試合数が……、えー……」
「十五試合です。四度勝てば優勝ですね」
スイレンが補足して、
「そうだ。ありがとう。つまり四試合分と考えれば一日でも決着がつけられる。一刻も早くオートマタを駆逐するにはトーナメントの方がいい。四連勝してれば命力的にも十分余裕ができるだろう。この状況が長引けばオートマタどもに押しつぶされるはめになるぞ」
一試合はピュシス内の一日。現実世界の六十分の一日。この会議の間にも、もう二試合分が経過している計算。コモドオオトカゲの言う通り、計算上は現実世界の一日のうちにかたをつけることができる。
これについてもしばし話し合いが行われたが、トーナメント優勢で話は決着した。
「じゃあ改めて」ライオンがさすがに疲れを滲ませながら、
「トーナメントの組み合わせと対戦日時を決めるぞ」
「それを決める前に」ギンドロが樹上から声を降り注がせて「ナマケモノの群れは参加するということでよろしいんですか?」
「そういえばコアラを迎えに行ったハゲタカとワタリガラスが戻ってこないな」
リカオンが空を探す。つられて何名かが視線を上げた。その時、
「……なんだあれ?」
リカオンが大きな丸耳を空に向けて鼻をうごめかす。だらしなく四肢を伸ばした動物が、連行される容疑者のように両手を鳥にがっしりと掴まれ、太陽を背負ってこちらへと運ばれてきた。
「やっと戻ってきたのか」
「でもコアラじゃないぞ?」
「あれは……ナマケモノだ」
クロハゲワシとワタリガラスが重そうな荷物を持って高度を下げる。
「場所を開けてやれ。空からナマケモノが……」
声をかけ合って、開けられたスペースに、フタユビナマケモノが軟着陸して、ぐったりと地面に横たわった。