●ぽんぽこ9-8 はじまる?
「えー。それではこの俺、キングコブラがこのピュシス会議の議長を務めさせていただきます。大手群れの方々も、できたばかりの弱小群れの方々も、会議には参加できなくとも議論を見守りに来て下さった方々も、本日はお集まりいただき……」
燦々と輝く太陽の真下。せっかくのかしこまった滑り出しは、さっそく、
「お願いしますよ。ねえねえ」
と、議長を無視して私語を続けるカピバラに水を差されてしまった。
「あなた齧歯類でしょ。是非わたしの群れにいらっしゃってください」
熱心に話しかけられているのはラーテルの群れの副長ヤブノウサギ。カピバラはオアシス中の齧歯類たちを勧誘しようと奔走していたが、その熱は会議場にきても冷めることはなかった。
「あんたね。ぼくを齧歯類と一緒にしてもらっちゃあ困るよ」
突っぱねられて、
「なんですって!」
カピバラが大きな声を上げる。
「ちょっと……」
キングコブラの声は二頭には届かず、ヤブノウサギは耳をぴんとそらせると、
「ぼくはれっきとしたウサギ。みたまえよこの麗しい耳、愛らしい尻尾。齧歯類ってのはようするに齧歯目、ネズミ目なわけでしょ。こちとら兎形目、ウサギ目。昔々の人は一緒くたに考えていた時期もあったようだけれどね、そうしてもらっちゃこまる」
「いやいや、そんなことをおっしゃらずに。あなたの自覚一つで齧歯類を名乗っちゃいましょう。うん。それがいいですよ。うちの群れにはトビウサギだっていますよ。ほら。おんなじウサギじゃないですか。トビウサギは齧歯類としての自覚を持って、素晴らしい日々を過ごしています」
ヤブノウサギはウサギ科最大種だが、齧歯類最大のカピバラは二回り以上大きく、ずっしりとした体格。体重差は十倍以上。そんなカピバラに眼前まで迫られても、ヤブノウサギは一歩もひるむことなく、
「トビウサギはそりゃ齧歯類でしょうよ。ウサギというのがまずあって、ウサギに似てるからトビウサギなんです。ウサギが先。ウサギの方が偉いんです。ほら見なさい」
ヤブノウサギは口を大きく、あーん、と開けて、上顎のあたりを見せつける。そのままスピーカーは喋り続け、
「上の切歯の後ろに小さな切歯が二本隠れてるでしょう。ウサギの前歯は下に二本、上に四本の合計六本あるんです。ここがネズミとは違うところ。トビウサギの口の中を見てみなさいよ。四本しかないはずですよ」
「歯の本数がなんですか。あなたジョセフォアルチガシア様をしっていますか。カバのようにバカでかいお体を持った齧歯類です。その勇猛たるお姿たるや……。残念ながらピュシスには降臨されていませんが、我々齧歯類全ての憧れですよ。齧歯類であれば、ジョセフォアルチガシア様の系譜に連なれるんですよ。これほど名誉なことが他にありますか。ああ、齧歯類は素晴らしい……」
「でかけりゃいいってわけじゃないでしょう。それに絶滅種だ」
「絶滅っていうのは記録が残された時点の地球の状況での判定であって、現在を基準に俯瞰すればあなたもわたしも絶滅種でしょう」
「当時絶滅してたってことは適応できない弱さがあったってことじゃないんですか。淘汰というのが起きた。だいたいウサギとネズミじゃ指の数だって違うし、毛の……」
「誰かこいつらを黙らせろ!!」
キングコブラの一喝に二頭は驚いて跳び上がった。ヤブノウサギは、お前のせいだ、という強い意志を込めて迷惑そうにカピバラを横目に見たが、カピバラは懲りずに鼻を鳴らすと「もう結構です」とヤブノウサギから矛先を移して、
「あなたはどうです。あなたは紛れもなく齧歯類でしょう。是非わたしの群れに。うちの群れのチンチラと並ぶといい絵になると思いますよ。きっとベストコンビだ」
イリエワニの頭に乗っかっているムササビに呼びかける。それを聞いたイリエワニはオアシスに浸していた半身をずるりと陸地に引き出すと、
「こら!」
と、尖った声を上げた。
「なんでしょう」
「俺の大事な仲間を勝手に勧誘するなよ」
イリエワニがムササビを隠すように顎を上げたが、
「まあまあ、そうケチケチせずに」
すがりついてこようとしたので、少々憤慨して、どすん、と振り上げた大きな顎を地面に叩きつけた。カピバラはその衝撃で吹き飛ばされ、ごろごろと転がっていく。齧歯類においては超大型のカピバラではあるが、イリエワニはジョセフォアルチガシアをも凌駕する超巨大生物。カピバラとは比較にならない巨体。もうもうと砂煙が立ち昇り、カピバラは砂と緑で体中を汚しながら目を回してしまった。
「うちの長がご迷惑をおかけしました」
すぐさま副長のヨーロッパビーバーが出てきて、カピバラの重たい体を一生懸命会議場の端まで運んでいく。その後、サイドワインダーが泣きながら会場の隅から現れて、イリエワニの一撃でまっさらにされてしまった砂地へ、律儀に線を描き直していく。
やっと静かになったので、キングコブラが噴気音とも溜息ともつかない音を出して、
「よくやったイリエワニ。一ポイントやる」
「なんのポイントだ」
イリエワニが聞くと、
「俺の好感度ポイントだ。ありがたいだろ」
「いらない……」
「ちょっといいですか。議長」
シマフクロウが、枝を借りているギンドロの植物族の樹上から、
「席がひとつ空いているようですが? 招集に応じた群れの数は十六のはず」
首をぐるんと回して、一同を見渡す。フクロウの言う通り、サイドワインダーが地面に描いた十六の席のうち、一つが空席になっている。
「ああ。そりゃナマケモノの群れだ。長のフタユビナマケモノも、その代理の誰かも、とにかくそこの群れの奴はだーれもきてない」
キングコブラが答えると、フクロウは納得したように頷いて、
「怠け者の足から鳥が起つ、と言ったところでしょうかね」
「ちょっと遅れてるだけじゃないでしょうか」
ホルスタインが発言して、白黒の体模様を左右に振りながら、
「縄張りの位置とか、走力の関係でこのオアシスまで来るのが大変だと思うんです。少し探して、迎えに行ってあげたほうがいいんじゃ……」
「誰が?」
キングコブラに鋭く聞き返されると、ホルスタインは弱ったように副長の黒豚、アグーを見る。アグーは、
「鳥類が適任だろうね。それか足の速い草食動物。そして、今ここにいる長や副長じゃない誰か」
「見に行ってくれる人はいませんか」
アカカンガルーが筋肉質な体をピュンと跳ねさせて、周囲に群がって見物しているプレイヤーに呼びかける。しかし全員が会議の様子に興味津々で、いまこの場を離れるのにはためらいがあるようだった。
「なら」とリカオンが「うちのハゲワシに行ってもらおう」ライオンの元から離れると、聴衆たちの波をかき分けて駆けていった。
しばらくして戻ってきた時には、クロハゲワシがしわがれた鳴き声と共に襟巻状の羽毛に覆われた首を天に伸ばし、空を遠のいていくのが見えた。それを確認して、
「じゃあいいか。はじめるぞ」
仕切り直そうとしたキングコブラにまた、
「まてよ」
と、ラーテルの横やりが入る。
「今度はなんだよ!」
「なんでキングコブラが議長なんだ。気に入らない。別の奴がいい」
「俺がここにいる奴らを集めたんだぞ! そのまとめ役としてこれ以上相応しい奴はいないだろ」
ラーテルは耳介のない、するんとした顔を突き出すと、
「いーや。そんなことはないね。例えばおれとか」
「その選択肢は一番ないだろっ!」
毒液が飛び散りそうな激しい威嚇と共にキングコブラがラーテルとの距離を詰めたが、ラーテルはまったくもって恐れ知らずの態度で、
「手ごわい敵性NPCどもをなんとかしようって話し合いなんだから、最終的に求められるのは勇気ある行動だろ。この中で一番勇気があるのは誰だ」ぐるりと見回して「おれ、だ。おれ以上に勇気があるやつがいるか? 勇気ある行動には勇気ある決断、そして勇気ある心を持った勇気あるまとめ役が必要だろ?」
「お前みたいなのはただのこわいもの知らずで、ようするに無知なんだよ」
キングコブラが馬鹿にするような野次を飛ばし、ラーテルがそれに対して鋭い鳴き声を上げると、
「いいかげんにしろよ」
コモドオオトカゲが仲裁に入り、
「まあまあ」
と、ホルスタインが宥めながら、モウモウ、と鳴いた。まったくもって埒が明かない状況に業を煮やしたトムソンガゼルが、
「多数決で決めましょう。このままだと会議がはじまりすらしない」
意見を差し挟むと、大半の者が賛同を示した。
「どうです?」
聞かれたキングコブラは渋々といった風に頷く。
「ラーテルさんもいいですか」
「おれはおれ以外には従わないぞ」
意固地に言い張るラーテルに、ブチハイエナが出てきて、
「それで構わないでしょう。この会議は情報と一定の方針を共有することが目的であって、それを全群れの統一意思にしようというわけではない、と私は認識していますが。どうですか」
この言葉に、いくつかの首が縦に振られる。
「あなたが選ばれなくても、その勇気が認められなかったということではありませんよ。むしろその勇ましさ故に選ばれないことはあるでしょうがね」
マレーバクが言い添え、他にも何名かが説得を重ねると、ラーテルはやっと引き下がって、場がようやく落ち着きを見せはじめた。