●ぽんぽこ9-6 鳥に運ばれてきた者たち
三羽の猛禽類が澄み渡った夜空を優雅に翔けて、オアシスの上空へと近づいていた。
先頭には長のシマフクロウ。お面のような平たい顔に、まん丸い金眼。頭には角のように尖った耳介状の羽毛。灰褐色の体には、その名の通りの黒縞模様が縦横に走っている。
その脇を飛ぶのは副長のシロハヤブサとコンドル。シロハヤブサが羽ばたくと、純白の羽毛に刻まれた黒い鱗状模様が美しく躍る。コンドルは赤黒く禿げ上がった頭と、首元にある襟巻状の白羽毛が特徴。先だけが白く染まった黒大翼は死神の手のようで、大きく広げられた黒翼が月の光を横切る様は、禍々しさを感じさせる。
空を行くフクロウの群れの一行は、それぞれに種や実を携えていた。
三羽のなかでは一番体格が小さいハヤブサの鉤型のくちばしには、赤黒くつやつやとしたふたつぞろいの実。ハヤブサより一回り大きいフクロウのくちばしには、綿のような白い種子がついた花。フクロウの二倍ほどの体長であるコンドルのがっしりとした足には、幾重にも銀色の葉にくるまれた果実が鷲掴みにされている。
力強い羽ばたきが空を越えていく。ほとんどのフクロウは獲物となる小動物に気づかれないように無音で飛べる体のつくりをしているが、シマフクロウは音の届かない水中の魚を獲物にするため羽音を立てて空を飛ぶ。そんな大きな羽音が三つ重なるなか、もうひとつ、小さな羽音が紛れ込んでいた。
星明りに照らされて、フクロウの目の前を先導して飛ぶ小鳥がキラリと輝く。深緑と紅色が入り混じった美しい翼に、くるんとカールした可憐な黒冠羽。みゃう、みゃう、とネコのような声で鳴くその小鳥はタゲリ。
会議場まで到達すると、猛禽類たちは輪を描くようにその上空で留まり、タゲリだけが下りて来た。中央に着地すると、
「ちょっと!」と鋭い声を浴びせかけられて飛び上がる。
サイドワインダーが会議場の中央に小鳥の足跡がついたのを見咎めて、
「どこの群れのひとですか! きちんと席についてください!」
「ぼくはギンドロの群れなんだけど」
「それならあっちの枠です。はみ出ないようにお願いしますよ」
「分かりました」と首を引っ込めて返事すると、上空に留まっている三羽の元へ行って、
「こっちです」と案内する。
「フクロウさんと、ハヤブサさんはここに落としてもらえます?」
「承知いたしました」シマフクロウがスピーカーで答え、言われた二羽は、ふわふわした白い種子とつやつやとた赤黒い実を地面に落とす。すると、白いほうからはギンドロが、赤黒いほうからはスミミザクラの植物族が生えてきた。
「運んでいただいて、ありがとうございました」
ギンドロが丁寧にお礼をすると、
「いえいえ。お気になさらず。またお困りの時にはぜひご連絡ください」フクロウも丁寧に返す。
「これはどうすればいい」
ギンドロの片銀の葉に包まれた実を持ったままになっているコンドルが尋ねると、ギンドロは、
「その子は、そうですね」
と、植物族の感覚を広げて、
「オアシスの向こう側にプレイヤーたちが集まっている場所がありますね。あそこに植えてあげてもらえますか。水辺からはできるだけ離してください」
タゲリが再び先導するべく、小さな翼を羽ばたかせる。
「わかった」
コンドルもすぐさま大きな翼を広げて、高貴さを感じさせる首元のふかふかした白羽毛をなびかせながら、タゲリの尾羽を追っていった。
「それでうちの長といったら樹の枝に引っかかった植物の蔓を群れ員のヘビだと勘違いしてずっとひとりで喋ってたんですよ」
キリンの背中に乗って高らかに話すワタリガラスに、
「コブラちゃんって面白いのねえ」
林檎の植物族が微笑むような調子の声をスピーカーからもらす。ワタリガラスはスピーカーの響きも滑らかに語り続け、
「率先して群れ員を笑わせてくれる愉快なひとですよ」ぬけぬけと言うと「一時期オオカミの群れに感化されたのか、スピーカーを使わずに作戦を伝え合おうなんて言い出したんですが、遠吠えもできないヘビがどうしたと思います?」
周囲に集まるプレイヤーは顔を見合わせて、
「やっぱり鳴き声?」
「いえいえ。ヘビがシャーシャー言う音なんてたかがしれてますから」
「ヘビって赤外線が見えるんじゃなかったっけか、それを使ったとか?」
別の誰かが言う。
「惜しいかもしれません。ある意味、ヘビならではの特性を使ってます」
考えていたキリンが頭をもたげて、
「ヘビって鼓膜がないんでしょう。空気中の振動じゃなくて、地面や水の振動で音を聞いてるとか。だから河の水を叩いて信号を伝え合った?」
「おお! それ使えそうですね。あとで長に提案しておきます。わたしはこの通りの鳥類でヘビの感覚はわかりませんから、どこまで可能なのかは未知数ですが、実際に長が指示した手段よりずっと理知的だ。さすがはキリンさん。麗しい体の模様同様に、頭の中も理路整然としているらしい」
「変な褒め方しないでよ」
長い首が恥ずかしそうにそらされると、
「そんなにご謙遜なさらず」
ワタリガラスはキリンの短角を見上げて言ってから、周囲をぐるりと見渡し、
「長がとった手段。それはヘビ文字です」
「ヘビ文字?」
一斉に疑問の声が上がる。
「ヘビはみんな体がにょろにょろと長いでしょう? 自分の体を文字の形にしようということだったんですよ」
「ホントにそんなことできるの?」
林檎が聞くと、
「結論から言いますと、できるけれど難しかった、といったところで。そもそも、熱帯雨林の見通しの悪い森のなかじゃお互い確認できません。わたしをはじめとする鳥類に確認しろなんて指令が下りたんですが、みんな平地じゃないでこぼこした場所で文字になるものですから判読しようがない。しかも……」
ワタリガラスはカアカアと笑って、
「長文を作ろうとした長は、体がこんがらがってしまったんです。わたしは必至にそれをほどこうと頑張りましてね。そしたら……」
ワタリガラスはキリンの背中から飛び立って、垂れ下がるキリンの尾を自身の首でくるりとすくい取りながら舞い戻った。マフラーのように巻いて、尾っぽの先の筆のような長い房を胸に垂れ下げる。
「こんな風にふたりしてがんじがらめになりましてね。敵は悠々とわたしたちの目の前を通って、ゴールインですよ。大失敗でした」
「飾りリボンを結んだみたいで可愛い」
林檎に褒められて「いやあ」と照れながら胸を張り、
「みなさんは……」
と、話題を広げようとしたが、その時、
「このへんでいいんじゃないかな」
オアシスを挟んだ反対側の陸地から飛んできたタゲリが降り立って、地面をつついて印をつけた。続いてやってきたコンドルが、印が刻まれた地点に掴んでいたものを落とす。それが終わると、すぐさま足を土で洗うようなしぐさをした。
水辺からは少し離れた位置にある野原。緑の絨毯の上で林檎の植物族を中心に様々なプレイヤーたちが集まる場。
そこに、ギンドロの葉に包まれていた果実がごろりと転がる。小型の青林檎のような実。ふらりと立ち寄った大柄なヤブノウサギが、ちょうど近くに林檎の植物族がいるので、それを林檎の実だと勘違いして拾い上げようとした。
「危ないよっ!」
タゲリのスピーカーから注意の声が飛んだ。タゲリとコンドルの二羽は既に空に舞い上がって距離をとっている。運搬の役目を終えたコンドルは、そのままフクロウたちの元へと戻っていった。
怪訝な顔で覗き込んだヤブノウサギの目の前で、果実は地面に呑み込まれるように沈んだ。続いて地下から現れた苗木がみるみる成長すると、一本の樹になる。オアシスから吹いてくる水気を帯びた風がその樹の表面を仄かに湿らせ、つやめいた緑の葉から枝を伝い、ぽとり、と滴った雫がヤブノウサギの鼻先に落ちた。
その瞬間、ヤブノウサギは悲鳴にならない声を上げた。
恐慌状態でのたうって、細やかな草木の生い茂る地面に顔を突っ込む。必死に頭を振って、顔面が土だらけになるのもかまわず、しずくが当たった箇所を凄まじい勢いで拭う。
呻き声を上げているヤブノウサギのお尻の上にタゲリがとまって、美しい曲線を描く冠羽をぴんと立てると、
「このゲーム、戦外だとダメージは通らないけど毒の感覚汚染はあるんだよね。しばらくしたら消えるから、ちょっと我慢しなよ」
ぐうう、とヤブノウサギが唸りながらスピーカーで、
「これはあの有名な毒樹の……」
「そう。マンチニール。うちの副長。濡れてるマンチニールには絶対に近づいたらダメだよ。果実だけじゃなくて隅々まで、樹液の一滴すら毒なんだから。水に溶けて降り注いでくるのを浴びたら、下手したらショックで失神するよ」
「怖ろしい……」
ヤブノウサギが痛みに耐えながら穴が空きそうなほど地面を引っかいていると、マンチニールが目を覚ましたみたいに、
「あれ?」小首を傾げるような声を出して「どうしてこんなところに?」困ったようにつぶやいた。
「長がここがいいって」タゲリがぐったりしているヤブノウサギのお尻の上から答える。
「もっとすいてるところはなかったの?」
「ぼくは言われたとおりにしただけだから。じゃあ、会議が終わるまであいだ、ここで遊んでて。いつもみたいに歌でも歌ってなよ」
言うだけ言って、小鳥はギンドロたち元へと飛び去っていった。