表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/466

▽こんこん8-5 月に吼える者

 ノニノエノは上機嫌で街を歩いていた。

 今日はいい日だ。

 これまで多少嫌な日もあったが、これでチャラ。

 いいこと、は、いいこと、を呼び込むと言うのはノニノエノの持論。嫌なことは適当にかわすのが今までの人生で学んだ生きるコツだった。

 中折れ帽のデータとネポネのサインのデータは完全に一体となってクラウンに保存されている。ついっ、と立ち止まって、ショーウィンドウの硝子を鏡代わりに確認する。帽子のつばにサインデータが刻まれているのを何度も見て、ノニノエノはにんまりを笑った。

 角度を変えて、ちょっと気取ったポーズなど取ってみる。さまになっている、と自画自賛。

 そうしていると、ショーウィンドウの内側、そこに飾られた衣服に目がいった。なかをのぞき込む。ガーリッシュな衣服がぎゅうぎゅうに詰め込まれた小さな服飾店。

 店に入り、手近にあった一着を手に取ってあちこちを眺めてみる。見覚えのあるデザイン。依頼人からもらった写真データをざっと確認する。そのうち複数に類似性が確認できた。

 メーカーを検索する。けれど引っかからない。

 店員を探して、吊り下げられた服の向こうに目をやると、カウンターの内側に座っている男と目が合った。

「あの」

 声を掛けると、ずっしりと重量がありそうな体が持ち上がる。ずいぶんと迫力のある四角い顔をした男。ノニノエノは内心でひるみながら、

「ちょっといいですか」

「なにか?」

 以外に柔らかな物腰に安心する。

「店員さんですよね」可愛らしい店の雰囲気とはそぐわない男だったので、念の為に確認。

「ええ。この店の店主です」

「ああ、それはどうも」中折れ帽に手をやって、リーゼントの先を下げると「俺は客ってわけじゃないんですが」不審げな視線を察知したので先に言い訳をしておく。

「ここの服ってどこのメーカーのやつですか」

「全部、俺が作ったものです」

「へえ!」思わず声が裏返って、

「そうなんですか」

 シンプルだが、生命力にあふれるデザイン。あしらいの端々に小さな躍動感があって、それが全体に可憐な印象を与えている。このごつい手からこんな繊細なものが生まれるのかと、ノニノエノは無遠慮な視線を向けていたが、思い出したように電子パネルを取り出して、

「この子。最近見ませんでした?」

 店主はじっくりと写真を眺めていたが、

「見てないですね」

「ここの服を買ったみたいなんですが」

「客のことはお答えできません」

 はっきりと突っぱねられる。少女をさがして、こんなところにまで話を聞きにくる男がいたら、それは警戒されるに決まっている、とノニノエノはいまさら納得して、

「これ、俺の妹なんですよ。家出したのをさがしてるんです」

「どうして家出なんかしたんです」

 逆に聞かれて、

「えーと、それは……、軽くケンカしちゃってね」

「いつ頃です」

「えーと、何日前だったかな」

 どう答えるのが正解なのかと考えていると、

さがすことより、迎えることを考えた方がいいですよ」

 と、諭すように言われる。

「……そうですよね。俺も反省してるんです。でもやっぱり心配なので、見かけたら連絡して頂くことはできませんか。これ、俺の連絡先です」

 どさくさにまぎれて送信すると、連絡先を受理してもらうことができた。

「じゃあ。失礼します。また来るかもしれません」

 いわれもない説教をされるのはごめんだったので、さっさと退散。店主は了承もしなかったが、まあよしとする。


 服飾店を出たとたんに空腹を感じた。

 第一衛星アグライアなかば地平線へと沈みかけている。

 このところ貧しくなる一方の懐事情なので、夜は食物フードを抜くようにしているが、今日は頑張ったご褒美だと自分を説得して、食物フード店に足を運ぶことにした。

 近くにはなかったので、ふらふらと探して、やっと見つけた店に足を踏み入れる。店内はひどく混み合っていた。ちょうど各業種の仕事終わりが重なる時間帯。食物フード店のカウンターには行列ができていたが、店員は慣れた調子で、次々と客をさばいていく。

 ノニノエノの順番もすぐに回ってきた。銀色のヘアピンをした女性店員に注文をすると、即座に食物フードと水が出てくる。

 それを一人用の席に運んで、疑似味覚を設定する。辛味強めに苦みが少々。これが最近のお気に入り。

 席が混み合う前に、胃に納めてしまう。

 そうしてすぐに店を出ようとした時、ヘアピンの店員に二人組の男が話し掛けているのが目についた。一方は小太りで貫録かんろくがある男、もう一方は几帳面なぐらい身なりを整えている青年。青年はなんだか無理をしている風に見えた。ひどく気分が悪そうだ。苛立ちを隠しきれないというように指先が震えている。二人組の男は話が終わると、注文もせずにカウンターを離れた。

 出口のほうに歩いてきたので、先に外に出る。店内と変わらない均一な機械惑星ノモスの空気を吸い込んで、昇りはじめた第二衛星エウプロシュネを見上げる。まだ仕事は終わりじゃない。ここからが踏ん張りどころ。夜の聞き込みは昼とはまた別の情報が集まる。

 店の方を振り向くと、さっきの二人組が出てきた。手始めにこの二人組から話を聞こうかと一歩、近づいた時、ノニノエノの背筋にぞっと悪寒が走った。

 やっぱりやめよう、と目をそらす。

 すごく嫌だ。嫌な感じ。身なりのいい青年の方。それが特に嫌だ。

 きびすを返して逃げるように歩き出す。思わず浮き上がりそうになる足を押さえつけながら、急ぎ過ぎず、目立たないように。


 とりあえずその場から離れることだけを考えて進み続けた結果、工場地区の方に来てしまった。ついでなので少しのぞいてみることにする。現場百回とも言う。事件現場にこそ解決の糸口があるもの。人捜しに事件現場などないが、家出した者が案外近くにいたという事例もある。特に今回の家出人はいいところのお嬢様のようだし、家に所属する意識も強いだろう。家から離れがたいという感情を持っていてもおかしくはない。

 犬は人につき猫は家につく、という言葉が地球にはあったらしいが、この場合お嬢様は猫のほうだな、要するにネコ科、とノニノエノは考えながら、水底のように暗い工場地区の狭苦しい道を行く。

 ひたっ、と音がした。

 反射的に目を向けて、耳をそばだてる。

 不意に、夜道を影が横切った。

「ひっ……!」

 情けなく腰を抜かして、まさかお化けか、と闇のなかを視線で探る。耳を澄ませる。小さな足音。鼻を利かせる。化学薬品のひどい匂い。

「うーん?」

 首をひねる。

 お化けではなさそうだ。

 抜き足、差し足、忍び足で進む。

 影の消えた場所には細道のような隙間があった。

 地図を検索すると、この先をずっと行くと未開発地区に繋がっている。

 家出人が未開発地区に踏み込んで行方不明になっているケースはあるが、そうであればもう探偵のできることはない。警察が捜索するべき事件。そんな場所は調べる必要はない。

 しかし、気になる。

 どうにも人間らしかった。

 放っておいて迷子にでもなったら。

 追いかけて、呼び止めるべきかもしれない。

 踏ん切りがつかずに、隙間を覗き込んでいると、なにかが背後からやって来た。気配が肌に触れた瞬間、総毛立つ。ぶるりと身震いして、ノニノエノは咄嗟とっさに隙間に身を滑り込ませた。

 首をひっこめ、リーゼントの先っぽを押さえつけて、はみ出ないようにすると、壁に手をわせて、目だけをそっと夜道に向ける。

 誰かがくる。

 仄暗くまばらな街灯に、チラチラと姿が照らし出される。

 先程、見かけた二人組の片割れ。

 身なりのいい青年。

 その顔は苦悶くもんゆがんでいた。

 ふらついて、壁に寄りかかり、崩れ落ちる。

 体の内側から何かが放射され、それに耐えきれないというように全身が戦慄わななく。震えを止めようと、自身の肩を押さえつけているようだったが、しばらくして、ごろごろ、と青年の喉が稲妻いなずまの予兆のように鳴り出した。

 嫌な音。ノニノエノは耳をふさぎ、隙間の奥に消えた影が残した化学薬品の悪臭に身を隠すようにうずくまる。

 天高く、第二衛星エウプロシュネに向けられた咆哮が、耳にかぶせた手を貫通して伝わってきた。ノニノエノは自らが小石になったのではないかと勘違いするほどに、小さく小さくちぢこまる。


 気がついた時には、青年はいなくなっていた。

 ノニノエノは自分の頭や鼻耳、体を触って確認する。そうしてここが現実であることを確かめて、胸をでおろしかけたが、すぐに怖ろしい事実に行き当たって、心臓を跳ね上げた。

 冷や汗が止まらない。

 あれはトラだった。

 間違いない。

 トラだ。

 機械惑星ノモスにトラがいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ