▽こんこん8-4 第三衛星の嘆き
灰色の空。灰色の街並み。灰色の人々。どの地区もそれほど変わり映えはしないが、商業地区は他よりも活気を感じる。冠が広告データを自動受信して壁に映し出し、仮想データが街を飾り付け、道を進んでいくごとに賑やかな雰囲気が濃くなっていく。
ノニノエノは商業地区の脇に大きな公園を見つけて、立ち寄ってみることにした。先程会ったジョギングの女性がいないかと思ったのだ。調査とは別の邪な気持ちを抱えながら、公園の外周をがらの悪い足取りでゆるゆると歩いて、運動に励む人々を眺める。公園の地面は道路と見た目には同じ灰色だが、張り詰めた風船のような弾力がある。
公園を一周したが、目当ての女性は見つからなかった。落胆し、ちょうどあったベンチに腰を下ろす。
地面に視線を落とすと、リーゼントの先も垂れ下がる。振り仰いでベンチの背もたれに両肩を乗せると、螺旋状の毛先がぼよんと跳ね上がった。はずみで中折れ帽がずり落ちそうになったので、慌てて押さえる。空の第一衛星が弱々しく輝く。その光を顔全体で受け止めて、ノニノエノは目を細めた。
人捜しは簡単ではない。冠のネットワークを辿れば簡単に見つかりそうなものだが、そうはいかない。冠でみんな繋がっているようで、繋がってはいない。繋がっているのは人同士ではなく、人と機械。機械と人。間に入ったこの機械というフィルターが非常に厄介。機械は情報をくれない。そのくせ情報を鮮明にする、という名目で複雑で雑多なものを単純化してぼかしている。削ぎ落された情報こそ欲しかったりするのだが、その持ち主は惑星コンピューターであり、零細のヘボ探偵なんかには到底、太刀打ちできない相手。
第一衛星から目をそらし、かくん、と首を横に曲げる。隣のベンチを見てぎょっとした。同じ顔がふたつ。冠の故障かと思って設定をいじってみるが、確かにふたりいる。よくよく見て、双子か、と気づいて、はあ、と溜息。
目の前に視線を戻す。運動コートに長身の集団。一人がボールを持っている。オートマタも混ざっていて、人と機械合わせて十。なにかの球技をしていたらしい。でも、今は休憩時間のようだ。
ノニノエノは家出人を捜す使命を思い出して、のっそりと立ち上がった。
集団に近づいて行って、声を掛けようとした時、
「なに? おじさん」
大人にひとりだけ混じっていた長身の少年が先に、ノニノエノに気がついた。
「俺はノニノエノっていうの」
おじさん呼ばわりは気に入らなかったので、名乗っておく。
「そっか。ノニノエノさん。俺はギーミーミ」
「どうも」
中折れ帽を軽く持ち上げて会釈。
「試合に入りたいのか?」
ぬっ、と人垣から出てきた鋭い目つきのひときわ背の高い男に言われて、
「いえいえ」
ちょっとだけ臆して、肩を竦めると、
「妹を捜してるんです」
慣れたやり取りをくり返す。ノニノエノは地道なやり方しか知らない。ひたすら足を使い、ひたすら聞き込みをする。
ノニノエノは誰に作法を習うこともなく探偵になっていた。若気の至りで胡乱な場所に出入りしている内に、胡乱な連中の便利屋になっていた。ある時、それに嫌気がさして、いかがわしいものと縁を切りたくなった時、いままでのノウハウを生かせるのではないかと思いついてはじめたのが探偵業。けれど現実はうまくいかない。明日の食物にも困る生活。音楽だけが心の支え。
渡した電子パネルが順に人の手を渡っていく。写真を覗き込んで、眺め、首を捻って、次の人へ。そうして、最後に少年の手に渡されると、
「ん?」
と、怪訝な声を出して、縦にしたり横にしたりして、眉間に皺を寄せると、穴が空くほどに写真を見つめだした。そうしてノニノエノの背後へ、
「ちょっと来て!」
振り返ると、ベンチに座っていた双子が立ち上がって、片方はきびきびと、もう片方は這うような速度でこちらへと向かってきた。
「どう?」
ギーミーミにこそこそと聞かれた双子のきびきびした方が電子パネルを見て、
「ぼくはちょっと分からないな」首を傾げ「プパタン! ちょっと」もう一人の双子を駆け足で迎えに行った。
手を引かれながら、のんびりとやってきたもう一人は、電子パネルを覗き込んで、
「ロロシー」
と、名前を呼んだ。
おや、とノニノエノは思って、
「これは俺の妹なんだけど、そのロロシーって子と似てるのかな?」
「目元とか、似てると思うけど」
ギーミーミが言うと、長身の男が再度電子パネルを見て、
「ロロシーってあの子? 俺のデビュー戦を見に来てくれてた」
「そうだけど。そうじゃないよ。ロロシーは親の手伝いで来てただけ。クァフさんがナンパしてたのは確かだけど」
「あれはナンパじゃない。勧誘だ」
大真面目な顔で言って、少年の頭をくしゃくしゃと撫でまわしたクァフは、
「あの子はもっと強そうだったから、違うぜ」
と、妙な感想をこぼした。
「ロロシーだよ」
プパタンと呼ばれていた子が重ねて主張する。ノニノエノは手品師のような手つきで電子パネルを回収すると、
「他人の空似ってやつかな」
と、ごまかして、
「ちなみにそのロロシーって子はどこにいるの。話を聞いてみたいな。そんなに似てるなら、俺の妹と間違われたりすることがあるかもしれないし。少しでも手がかりが欲しいんだ」
三人の子供は顔を見合わせて、ギーミーミが、
「最近、学校休んでるし、分からないなあ」
「俺の連絡先を教えとくよ。機会があればそのロロシーって子に、俺に連絡するように伝えてもらえないかな」
「あんた、えっと、ノニノエノさん、でしたっけ。ちょっとそれは」
クァフと呼ばれていたひときわ長身の男が割って入ってくる。
「悪いけど、正直言って怪しい初対面の大人が、子供に連絡先を教えるっていうのは感心しないな」
もっともな意見。けれど、けれどそんな文句には慣れたもの。
「お渡しする連絡先は一方通行の連絡フォームで、送り側の情報を何も読み取ったりしないから危険はありませんよ。ただの家出に警察も動いてくれないんで俺が作ったんです。そんなにおっしゃるんなら、あなたが子供たちの連絡を中継してくれませんか。あなたに連絡先を渡しますから」
一息に言って、家族を捜す哀れな男。必死な男。それを前面に押し出す。
それから家族で作った思い出、いま作り立てほやほやのもの、を並べ立てた。
鋭い雰囲気に似合わず、クァフは人情話に弱いらしかった。他の大人たちも同情的な空気に呑まれはじめている。これはいける、と手ごたえを感じたノニノエノはそのまま押すことにした。
探偵じゃなくて役者になるべきだったかもしれない、案外うまくいくんじゃないか、俺結構イケてるし、などと考えていると、ついにクァフが折れて、
「分かったよ。俺が連絡先を受け取っておくから」
妥協点。「それじゃあ」連絡先を送信する。
「お名前はクァフさんであってます?」
「ああ」
「すみませんね、すっかりお邪魔してしまって」
恐縮しきり、という態度を滲ませ、
「子供たちもありがとう。ギーミーミくんと、プパタンちゃんと、あと……」
「ぼくはネポネ」
「ああ。ネポネくんね」耳に飛び込んできた名前が、耳の奥に引っかかる。「……ネポネ?」
聞いたこと、見たことがある名前。冠を操作して、ダウンロードしている曲リストを確認。その先頭曲。いつも朝一番に聞いているお気に入りの曲。その作曲者名。
「もしかして、なんだけど……、ピアノがお得意だったりするかな」
ネポネは怪訝そうに顔を顰めて答えに迷っているようだったが、ギーミーミが、
「ああ。賞とかとってるんだっけ」
「えっ。じゃあ”第三衛星の嘆き”って君が作曲してたりする?」
ネポネは身を固くしていたが、ノニノエノが発した曲名を聞いて、ふっ、と力を抜いた。
「えっ。あっ。はい。それは、ぼくが作りました」
それを聞いて、クァフをはじめとする周りの大人たちが感心したような声を一斉に上げたので、ネポネは恥ずかしそうに俯いて、少し居心地悪そうな笑顔を浮かべる。
「いやあ。俺、あの曲が大好きでね。第一衛星とか第二衛星と違って、第三衛星は発光してないから見えないわけだけど」中空に浮かぶ第一衛星を見上げて「でも第三衛星はそこにいる。で、一生懸命なにかしてるんだ。曲名は、嘆き、ってなってるけど、俺にはすごく前向きに聞こえるんだよなあ。不思議とね。どこにも届かない嘆きじゃなくて、俺に届いた嘆きなわけじゃない。第三衛星に頑張れ、応援してるぞ、俺だけは気がついてるぞ、って言ってるような感じ。いやごめんね。勝手な解釈だけど」
「いえ……」
長広舌に圧倒されているネポネに、
「よかったらサイン貰えないかな?」
先程まで漂わせていた悲壮感など微塵もない軽さと図々しさで言う。
「ここに」中折れ帽の認識データを送って、帽子のつばを指し示して「バシッとお願い」
ネポネは困った様子できょろきょろと周りに目をやったが、
「書いてあげたら」
プパタンに言われて背を押されると、
「……うん」
中折れ帽の仮想表面に指を走らせた。