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●ぽんぽこ8-4 ギンドロの森

 深い渓谷の底。鬱蒼うっそうとした森。色とりどりの樹々が、降り積もった雪のようにみっしりと納まっている。隅から隅まで花の香りが染み込んだ、秘密めいた植物の楽園。

 そんな渓谷の、侵入者をこばむようにせり上がった高い崖から、銀色の人型が弾丸のように降ってきた。銀のボディを陽の光できらめかせ、崖を滑り降りると、着地の衝撃で細かな雑草を舞い上がらせる。風がびゅうびゅうと樹々の隙間を吹き抜けて森中を駆けめぐった。そうして森の中央部にまで届いた風は、そこに立つ一本の樹の片白の葉っぱをひるがえらせ、枝先で花開いた白いもやのような花を揺らした。

「どうしたのかしら」

 群れクランリーダーであるギンドロの植物族ドリュアス怪訝けげんな声を上げる。植物族ドリュアスには動物のような五感はないものの、見えずとも気配を読み取り、耳はなくとも音を聞き、鼻はなくとも匂いを嗅ぎ取れる、特殊な感覚機能がそなわっていた。

 でこぼことした森の天井に沿って、みゃう、みゃう、とネコのような鳴き声が近づいてくる。羽音はギンドロの隣で枝を伸ばしていたモミの樹の植物族ドリュアスにとまった。一際背の高い均整の取れた円錐形のモミの木。そのてっぺんに星飾りのように可憐な鳥。鳥のタゲリが深緑と紅色が入り混じったみやびな色合いの翼を閉じると、くるりとカールした黒い冠羽かんうを跳ねさせる。

敵性NPCオートマタが来たよ」

 タゲリが告げる。

「まあ。珍しい」とギンドロ。

「しかも五体」

 モミの木の足元で「こわーい」と、スミミザクラが緊張感の欠ける声をスピーカーから出して、鈴なりに実る赤黒く小さな果実をふるふると揺らした。

「機械属性って毒は効かないのかな」

 マンチニールが発言すると、タゲリはおののいて、離れた枝に飛び移った。マンチニールは林檎に似た実をつける毒樹。その全身の至るところが毒。地球上で最も危険とされた植物。他の樹木にまぎれて扇状に細い枝を伸ばし、今も黄緑色の毒林檎をいくつも実らせている。

「そうね」首をかたむけるようなギンドロの同意。

「あなたの毒も、マンドラゴラのスキルも効果はないでしょう。だから……」と、しばし考えて、

「シロバナワタはいないかしら。それともカホクザンショウは?」

「両方いるよ。呼んでこようか」タゲリがみゃうみゃう鳴きながら言うと、

「ええ。お願い」

 すぐに飛び立って、植物族ドリュアスたちが密集する群れクランの上空を飛んでいく。

 しばらくすると、二粒の種が転がってきて、手のひらのような葉っぱを広げるシロバナワタと、棘だらけの枝に見るからにスパイシーな赤い実をつらならせたカホクザンショウが生えてきた。

 シロバナワタは人の背丈よりも低く、この場にいる植物族ドリュアスの中では飛び抜けて小さい。カホクザンショウはその四倍ほどの高さがあるが、それでも他と比べれば小さかった。スミミザクラ、マンチニール、ギンドロ、モミの木と段階的に樹高が上がり、それが円型に集まると、螺旋階段のような風景が形成される。

「なんだ?」

「どうしたの」

「オートマタが来たのよ。しかも五体も」

「それは、それは……」とカホクザンショウ。「あら、あら……」とシロバナワタ。危機的状況のはずだが、二樹とも別段慌てた様子はない。

「退治してくれないかしら」ギンドロがこともなげに頼むと、

「分かったわ」と、シロバナワタの枝の先がぷくりとふくらんだ。つぼみができて、淡黄色の花が咲く。花は変化していって、種子が形成される。そうして種子表面からは綿毛の繊維が生じ、真っ白い木綿の塊となった。種子を風で運ぶため、もしくは水に浮かんでその流れによって運ぶための綿毛。本来であれば、これ以上の変化はない。が、綿毛は種子を押しつぶすように増大し続けた。綿玉がふくらみ、その重みで枝が曲がっても止まらない。やがて、人の子供ほどに成長した綿玉が、もぎ取られるように枝から離れた。

 地面に落ちた白い綿玉がにわかに動き出す。綿をかき分け手足が飛び出てくると、四肢でしっかり地面を踏んで立ち上がった。さらには顔まで現れる。めえぇ、と産声を上げたのはヒツジの頭。もこもことした背には花弁の残骸がくっついている。バロメッツと呼ばれる樹に実る羊の化け物。それが次々と生み出されると、ふわふわとした雲海となった。

「タゲリ、案内して」

 シロバナワタに言われると、みゃう、と鳴いて小鳥が飛ぶ。バロメッツたちの大群はそれを追って、怒涛どとうの勢いでもって侵入者の元へとなだれ込んでいく。

 それを見送りながらギンドロが「カホクザンショウも」とうながした。が、「おれはやだよ」とカホクザンショウは突っぱねて「絶対バグだものこれ。おれは山椒さんしょうだけと山魈さんしょうじゃないんだよ。山魈さんしょう山椒さんしょうじゃないし。さんしょう、だから山魈さんしょうの神聖スキルが使えるなんて、駄洒落だじゃれじゃないんだから。絶対バグ。間違いない。バグ技使ってBANされちゃかなわないよ。運営に連絡したいけど、このゲーム、連絡フォームはないしなあ……」

「いいから」今度は強めにギンドロが言うが、

「えぇ……」と、まだしぶる。そんなカホクザンショウにギンドロはかしこまった声色で、

「あたくしたちは大地に根を下ろした不動の生命。穏やかなることを何より求める者。争いは好みませんが、無抵抗でいれば、狩人は重たい斧をふるってその命を簡単に奪うでしょう。その命力(LP)が尽きるまで、振り下ろされる斧は止まりません。こういった時、動けるスキルを持つ者が頼りです。どうか群れクランの皆のことを想って、お願いします」

「それならマンドラゴラでも……」

「マンドラゴラは歩けますが、状態異常が付与できない機械属性相手では無力同然ですよ」

 ぐずるカホクザンショウに、ギンドロがぴしゃりと言う。

「うだうだしてないでさ」スミミザクラが会話に割り込んで、

「パッと行って倒してきてよ。それに、さんしょー、が、さんしょー、って面白いじゃん」

「そうかなあ」と、カホクザンショウ。

「ひとりで五体相手は厳しいから、早く手伝って。三体はやるから、あと二体おねがい」シロバナワタがスミミザクラの反対側からせっついてくる。

 どうにも四面楚歌しめんそかの状況に立たされたカホクザンショウは、

「分かったよ。やればいいんだろ」と、ぐっ、と力を込めると、自らの意思で根を地面から引き抜いた。根は絡まって、木靴のような形を成す。幹からは五本指の手に見える太い枝が生えると、同時に樹上の枝葉がまとまって、瓜のような塊になった。一本足、一本腕の山の精山魈さんしょう。それが、どすん、と地を蹴ると、ぴょーん、とバロメッツたちの後を追って、すごい勢いで森を抜けていった。

 遠のいていく仲間の気配を木肌に感じながら、

「大丈夫かな」

 マンチニールが心配げな声をらす。

「優しいのね」なぐさめるようなギンドロの声。

「ぼくは別に……」

「大丈夫でしょ」とスミミザクラがあっけらかんと言って、

「モミの木もなんか言ってやって」ずっと黙り込んでいた仲間に声を掛ける。が、「……」返事はない。円錐形の幾何学的な影を森に落とすばかり。

「寝落ちしてるんじゃ?」

「そうかも」

 そんなやり取りの横で大量のバロメッツを産み終わったシロバナワタが、

「ねえマンチニール。なにか歌ってよ」

「モミの木を起こしちゃわないかな」

「子守歌にちょうどいいんじゃないでしょうか」ギンドロが後押しすると、

「じゃあ……」

 美しいソプラノの調べがマンチニールのスピーカーから流れ出した。植物族ドリュアスたちの森をそよぎ、葉から葉へと伝わる朝露のように広がっていく。やわらかい風が音色を舞い上げて、深い渓谷を取り囲む崖の上、遠く遠くにまでたおやかな調べを運んでいった。

 音に意識をかたむけながらスミミザクラが、

「……ホントに綺麗。どうしておんなじスピーカーを装備してるのに、歌はみんな違うんだろうね」

「それが、個性ってことなんじゃないの」とシロバナワタ。

「わたしも歌うまくなりたいなあ」

「あなたのお歌も個性的で好きですよ」ギンドロに言われると、

「それってめてるの?」

「もちろん」とギンドロは答えたが、隣でくすくすとシロバナワタが笑い出したので、

「褒めてないんでしょ?」

 疑わしげな声を向ける。

「今はスピーカーを外しませんか。せっかくの素敵な曲を楽しみましょう」

 この言葉に二樹は「そうだね」と素直にスピーカーを装備から外した。かしましい三樹は魂の宿らない静物同然に大人しくなる。本来樹があるべき姿そのままであるように。

 植物族ドリュアスたちの時間は獣のそれとは別の流れを辿たどっているように、ゆっくり、ゆっくりと過ぎていった。

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