●ぽんぽこ3-3 樹上、強襲
アフリカハゲコウは足元を走るシロサイに方向を指示していた。シロサイはサイ科最大種であり、ゾウに次ぐ重量の持ち主。インドサイ属の一本角とは違い、二本の角が生えている。皮膚は動物のなかで最硬とされており、重戦車の如き体。そんな草食動物が、立ち塞がる樹々をメキメキと折りながら道を切り開いている。その突破力は凄まじく、次々と倒れた樹のオブジェクトのグラフィックが消える処理が間に合わないほどだった。
サイの後ろに続いてライオンが駆ける。その背にはオポッサムの姿もある。シロサイを止めるのがかなり困難であるのは当然として、それにしても邪魔がなさすぎるとライオンは訝しむ。オポッサム、それに化けたタヌキはそんな疑問を感じる余裕はない。最近では前線に出る機会ははなかった。正体を隠すようになってからは、いつも戦線の隅っこで狸寝入りを決め込んで、勝てそうな相手にだけ挑むことで、なんとなく参加している風を装うスタイルを貫いていたのだ。しかし、今はライオンの雄姿を目に焼き付け、少しでもうまく化けれるようにしなければならなかった。
オポッサムは一度受けたからにはライオンに与えられた役割を全うしようとしていた。それに、フェネックは空振りだったものの、まだライオンの群れにキツネが隠れているのではないかという考えを捨てきれていない。新月の夜には、時折その気配を感じる気がするのだ。スパイを見つけるのを手伝うのは、キツネを探すついででもある。そしてもう一つ、ライオンは王者らしい豪快さと繊細な気配りを持ち合わせており、現実世界であれば是非友人になりたいような人物。その力になるのは悪くない気分だった。
サバンナにはない尖った針葉樹の枝にとまるのに手こずりながら、アフリカハゲコウは偵察と情報伝達に奔走する。シロサイに向かうべき敵拠点の位置を教えるだけでなく、一緒にいる長のライオンに戦況を伝える役割もあった。広げればヒト一人ぐらいは包み込めるほどもある翼を羽ばたかせ、コウノトリ科最大種が空を翔ける。
敵拠点は仄かに発光して示されているので、上空からであればすぐに位置を知ることができる。匂いでも分かるらしいが、ハゲコウには判別できなかった。本拠地に近いほど発光の度合いも強い。サイとライオン、ついでにオポッサムのパーティーは既にいくつかの拠点を通過して本拠地に近づいていた。
あまりにも順調なので、アフリカハゲコウは一際高い樹の上で一時休憩をすることにする。長い足でがっしりと枝を掴む。飛び続けて集中力が乱れてきていた。
空をゆったりと流れる薄い雲を眺める。ちらちらと雪の混じる冷たい風に身を任せると、サバンナとは違う心地良さがあると感じる。ハゲコウは名の通り頭から首回りにかけてに毛が生えていないので、雪が触れるとやや肌寒い。ハゲワシなどと同様に、主に死体を漁る腐肉食の肉食動物。禿げているのは腐った血肉で羽毛が固まったり、汚れて感染症になったりすることを防ぐため。立派な生存戦略の末に辿り着いた形態だが、以前副長であるブチハイエナに同じ腐肉食の動物ですね、と話題をふって、ブチハイエナはハイエナのなかでも頻繁に狩猟を行うので同じではありません、禿げてもいません、と言われてからはなんとなく気にするようになってしまっている。副長と距離を縮めたかったアフリカハゲコウはその共通点にウキウキしていただけに、なおさらショックな返答だった。
禿げた頭を横に振ると、喉元から垂れ下がったピンク色の大きな喉袋がぶらぶらと揺れる。そんな時であった。黒々とした太い腕がハゲコウを襲った。すぐさま、ヒグマだ、とハゲコウは気がついたが、油断していたので飛び立つのが遅れる。
敵の鳥類が見当たらなかったので、樹上は安全だと思い込んでいたのが災いした。ヒグマは木登りができる大型の雑食動物。体重の重い成獣は木に登るのは困難とも言われるが、このヒグマは十分な大きさをしていながら、軽々と頂上までやってきていた。縄張りに自生する樹々の枝ぶりを熟知していることに加えて、人間がその体を動かしているが故の技であった。
ハゲコウは不意打ちによって翼に痛手を受けながらも、何とか空中に脱する。ムササビのように滑空する形になりながら、やや低い隣の樹に移ろうとした。しかし、そんなハゲコウの頭上を影が覆う。
ヒグマが跳んだのだ。ボディプレスでもするかのようにハゲコウの背に向かってくる。そして傍を掠めると、幹を抱え込むようにして別の樹に掴まった。僅かに触れただけ。それでも数倍もの体重差をもってした攻撃はハゲコウの体勢を崩させるのに十分であった。ペリカンのように大きな嘴に引っ張られるように、真っ逆さまに落下する。
地に落ちた鳥が起き上がるのを敵は待ってはくれない。人間じみた身軽な動作で樹から下りてくると、強靭な顎でもって細長い首に噛みつき、その体力を奪い去った。
ライオンはアフリカハゲコウからの連絡が途絶えたことに気がついていた。しかしそんな疑問を深める時間を与えないかのように、ピットブルとロットワイラーという獰猛なイエイヌ二頭が襲い掛かってくる。
二頭とも短毛で耳がぺたんと伏せられた犬種。体高はライオンの半分程だが、力強く盛り上がった体つきをしている。暗い色合いの毛並みをした二頭が足元をちょこまかと動き回り、威嚇をくり返す。
シロサイはあまりに激しい牽制に一旦足を止めた。ライオンは、オポッサムに化けたタヌキを戦いに参加させようと背から振り落としたが、オポッサムは落ちた衝撃で気絶してしまった、というようにひっくり返って擬死と呼ばれる死んだふりを決めた。舌をベロンと出して、死臭まで漂わせる念の入りよう。しかしライオンがそれを許さずに小突いたので、渋々身を起こす。
大型獣たちはイヌたちを体格で圧倒しており、敵ではないといった風であったが、オポッサムにとってはそうではない。ピットブルとロットワイラーは非常に筋肉質であり、鋭い牙と強い顎はオポッサムなどひと噛みで仕留められそうだった。
敵二頭は距離を取りながら、行く手を塞いでいる。シロサイが角を突き立てようと突進をくり出すとパッと逃げてしまう。しかし足を緩めると、すぐに戻ってきて唸り声を上げはじめる。サイたちがいるのはやや膨らんだ丘の上。薄く雪に覆われて、ほんのりと柔らかい土がその下に感じられる。普段、平地にいることが多いサイは転ばないように注意する必要があった。巨体は武器でもあるが、重すぎるが故に一度体勢を崩してしまうと立て直しに時間がかかってしまう。起き上がる時間、待ってくれる敵などいないのだ。
慣れない足場での戦いで動きづらそうにしているサイに代わって、ライオンがイヌたちを追っ払う。けれど相手はしつこくまとわりついてきた。
「どうする長」
「そうだな……」
シロサイが意見を求める。無視してもいいが、その吠え声は耳に響く。何か企んで、索敵を妨害しようとしているようにも思えた。平地かつ障害物も少ないサバンナであれば容易に仕留められそうな二頭のイヌも、起伏が多く、密度高く樹が立ち並ぶ針葉樹林ではそう簡単にはいかない。追いかけても全力で逃げられれば仕留め損ねるだろう。誘って、パーティを分断してからの各個撃破はオオカミの常套手段。普通であれば乗ってやる必要はない。しかしながら、ハゲコウからの連絡が途絶えたことで拠点の方向を見失っている状況。邪魔者たちを追っ払わなければ、それを探るのも骨が折れそうだった。
「オポッサム。お前がひとりで次の拠点を探してこい」
大役を任されたオポッサムは尻尾の先までを驚きで満たす。
「俺様とシロサイが二頭をそれぞれ踏みつぶしてやるから、気にせずに突っ走れ」
すぐさまライオンがピットブルに飛び掛かった。イヌでトップレベルの獰猛さのピットブルも、ライオンが相手となると一目散に逃げ出す。シロサイもロットワイラーを追い立てる。そのついでに通り道にある樹々を角で粉砕していく。そうして背中を押された形のオポッサムが走り出した。嗅覚を研ぎ澄ませ、行くべき方向を探しながら駆け回る。
オポッサムと離れすぎないようにしながらライオンが戦う。それを尻目にシロサイはロットワイラーに誘われるように丘を登っていた。丘の先は崖。視力が低いサイは足を踏み外しそうになるが、急停止。相手が地形を利用しようとしているを察知していたので間に合った。サイのような堅牢な大型獣はイヌがいくら束になっても敵う相手ではない。うまく誘導して崖から落としでもしなければ倒せるはずがない。思った通り狙ってきた、というところであった。ライオンには一歩譲るものの、サイとて猛者。これまでの場数で、相手の行動は予想できた。
サイの後ろ足に牙が突き立てられた。灰白色のシベリアン・ハスキーが雪景色に紛れて忍び寄っていたのだ。ロットワイラーも攻撃に加わる。足にダメージを負わせれば、さしものサイも戦闘力を失う。とはいえサイの皮膚は人間の十倍から二十五倍ほどの分厚さがあって非常に頑丈。傷一つなく、まるで体力を削ることはできない。雪を砂煙のように舞い散らせながら丘の上のサイが急反転すると、ハスキーとロットワイラーは吹き飛ばされる。
装甲車のようなサイに言葉通り歯が立たないイヌたちを、丘の上から見下ろすようにしながら二本の角が向けられる。まともに突進を受ければ一撃で体力が尽きることは必至。高所から低所に向かっての突進なら、なおさら威力が増す。完全に優位に立っているサイであったが、その更に上から刺客がやってくるなど思いもよらないことだった。
木の上から巨大な黒い影が降ってくるのをオポッサムは見た。シロサイの背中にしがみついたヒグマが、首裏に喰らいつく。すぐさま二噛み目を放って、サイのラッパのような耳の片方にも攻撃を加える。サイは自分より小さなイヌたちや崖に意識を集中させており、上方への警戒がおろそかになっていた。はじめからそれを狙ってイヌたちが仕組んでいたのだった。
驚いたサイは首を持ち上げながら、ぐるぐると暴れ回る。両腕を首に回して、がっしりと掴まえていたヒグマも、超重量のロデオに堪らず振り落とされてしまう。だが、一撃で十分であった。ヒグマの噛む力はライオンをも凌駕している。強い裂傷の状態異常が付与されて、サイの能力が大きく低下する。おまけに噛みつかれた片耳も聞こえなくなっていた。
シロサイは目に見えて怯んでいた。僅かに頭を下げて突進しようかという気配を見せたが、それはただの牽制行為。実際は脊椎への致命的な攻撃により、酩酊したように感覚がふらふらとして、まっすぐに歩くこともままならない状態だった。
オポッサムはすっかり大型獣同士の戦いに気を取られて、足を止めてしまっていた。その隙を狙ってピットブルが襲い掛かる。しかしそれは欲をかいた行動。ライオンに背を向けたのは大きな失敗であった。一噛みの元にピットブルを仕留めたライオンは体力ゼロで行動不能になったイヌを地面に放り投げる。
群れ戦中に体力がなくなったプレイヤーは、終わるまでは死体同然の状態になってリスポーンできず、戦線に復帰することはできない。ピットブルは横たわりながら功を焦ったことを後悔する。しかし戦闘力が低い小型の動物であっても群れ戦においては馬鹿にならない活躍をする。勝利条件は踏破であって、戦闘で打ち負かすことではない。目立たない動物を放置していると、拠点が骨抜きにされているなんて事態もありえるのだ。ピットブルは反省点を噛みしめながらも気を取り直して、こうしてゆったりと寝ころんでいるのも悪くない、と自然に身を委ねた。
ライオンがシロサイの救出に走る。ヒグマと二頭のイヌが牙を剥いて、鼻先を突き出すようにしながらサイを崖へ追い立てている。ヒグマの咬合力であればサイの皮膚を貫き、足にダメージを与えることも可能。怯えたようにサイは後退る。ライオンの疾走の甲斐もなく、足元がおぼつかないサイは崖から滑落。その落下ダメージが戦闘不能に値することは明白だった。