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●ぽんぽこ8-2 ロストプレイヤーの噂

「あるプレイヤーに対して、現実世界の誰々だ、って分かったらしいんだよ。癖とか、喋り方とかでね」

 紀州犬のスピーカーが低く震える。

 いくら隠していても、そういった、いわゆる身バレという事態は常につきまとうもの。ブチハイエナソニナライオンロロシーの関係もそうだった。

「でさ。だからといって、もちろん現実の話をするわけでもなかったんだけど、その相手っていうのがある日、消滅ロストしちゃったそうなんだよ」

「へえ」とオオカミも興味深そうに聞き入る。

「それでどうなったんです」

「うん。それから相手のことを現実世界でも見かけなくなって、心配になって自宅を訪ねたらしい。そうしたら、相手はいたんだけれど、じっ、と身動きせずに窓際に立って、外を、空を眺めてたんだって。色々と話しかけてみたけど、反応はない。それで、その人の肩に手を置くと……」あごせて、めてから「……肩が、ボロッと取れたんだって!」

「なんだ怪談か?」全く驚かないオオカミ。それに対して不満そうに「ちぇっ」と口をとがらせて、紀州犬は、

「その相手は植物族ドリュアスだったんだけど、皮膚が本物の樹みたいになってたそうなんだ。それで木肌ががれるみたいにベリベリッと。それからびっくりして逃げ帰って、しばらくすると幻覚だったんじゃないかと疑ったそうなんだな。それでもう一回行ってみると、誰もいなくなってた、ってそういう話」

「よくある都市伝説だなあ」とオオカミ。

「誰の話なんです」

「誰っていうか。また聞きの噂話だから誰の体験談なのかは分からないんだけどさ。めちゃくちゃ古い話らしいし。ああ、でも、消滅ロストしたプレイヤーなら分かるよ。トネリコの植物族ドリュアスだって」

「ふむん」

 鼻息をらして考え込んだブチハイエナの横で、オオカミが、

「しかし、そういう話なら、俺も現実で自分がオオカミだと勘違いすることが時々あるよ」

「ええっ!? そんなことある? 遊びすぎなんじゃないの。でも人狼になったら、かっこいいかもな」

「かっこいいか?」

「月の光で変身するんだぜ。スーパーヒーローみたいじゃんか」

「それじゃあ現実世界ノモスじゃ変身できなくないか」

 機械惑星ノモスの夜には月はなく、仄暗い光を発する第二衛星エウプロシュネしか浮かんでいないことを思い出した紀州犬は、

「そっか」と、こぼしてちょっとだけさびしそうに空を見上げた。

 そんな態度に、こいつは若いな、と考えながらオオカミは、

「俺はオオカミに変わるって言うとリュカ……」と言いさしてやめた。が、紀州犬は耳ざとく、

「ああ、リュカオンか」

「知ってるのか」

「大神ゼウスに人肉料理を振舞ったことで怒りを買って、オオカミに変身させられた王様だろ」

「ああ」

「リカオンの種族名の元とされる人ですね」ブチハイエナの言葉に、オオカミは眉をひそめる。

「そうなんだ」と紀州犬。

 紀州犬は感化されやすい性格なので、オオカミは大人の配慮として、リカオンに妙なイメージがつかないように口を閉ざしたのだ。よりによってお前が言うのか、という気持ちを込めてブチハイエナに眼差しを向ける。その眼差しの意味は伝わらず、モヒカンのようなたてがみが、きょとんと傾けられる。

「でも、なんでゼウスは怒ったんだろうな」と紀州犬。

「なんでって、そりゃ怒るだろ」

「肉食動物は草食動物を食べるだろ? 神様と人間は違うんだから、おんなじように食べればいいんじゃないの」

「人が人を食べないように、模範もはんを示そうとしたんじゃないですか」

 ブチハイエナが意見を出す。

「それはおかしいよ」と紀州犬。

「神様は神様を食べるんだぜ。ゼウスの父ちゃんのクロノスは神様、それも自分の子供を食べてる」

「我が子を食らうサトゥルヌス、ですか」

「そう」

「だが、クロノスは滅ぼされたわけだろ」

「同種食いの罰としてじゃないよ。それにさ、共食いは自然において全くないわけじゃないんだぜ。カマキリっていう昆虫は交尾を終えると雌が雄を食べるって記述を見たことがあるし、クモの一種の母親は幼虫に自らを食べさせるらしいよ」

「昆虫なんていうピュシスにいない生物の話されてもなあ」オオカミがこの話題は良くないなと思って、どうにか話の矛先を変えられないかと考えていると、ブチハイエナが追い打ちのように、

「コウモリなどは大きな個体が同種の小さな個体を食べ、ホッキョクグマは獲物が減ると、共食いをしたといいます」

 オオカミは無言で口をぱくぱくして、教育に良くないぞと訴えたが、またもブチハイエナには伝わらなかった。

「クール―病みたいなプリオンが原因の病気ってもう治療できるんじゃなかったっけ」

 雲行きが怪しい。オオカミはわざとらしく、けん、けん、と小さなせきをした。

「大丈夫ですか?」

 二頭の瞳が向けられる。クール―病といえば、つぎは食人カニバリズムの話題になるに違いない。何故、機械惑星ノモスの人々は食人カニバリズムに手を出さなかったのだろう、という感じだ。

 機械惑星ノモスの人口は増加し続けている。殺人が社会において罪であることは当然。しかし、自然死など、それ以外の要因によってもたらされる肉ならどうだ? 倫理的な問題? 倫理とは社会規範。今の機械惑星ノモスの社会の倫理とは、それを否定するものなのか。採掘員を他星に送るという間接的殺人によって、食物フードという鉱物由来の万能食の原料を得ている現状をどう見る? もし肉が目の前に置かれたら、拒否できるか?

 オオカミは自身が危うく飛躍した思考に閉じ込められそうになって、ぎゅっ、とまぶたを閉じた。思いっきりサバンナの空気を吸い込む。これは今、人間じゃなく、肉食動物オオカミだから、こんなことを考えるはめになるんだ。かなり重症。紀州犬が言う通り、遊びすぎかもしれない。

せきはおさまったか?」

「……ああ」

 ごまかすように話題をさかのぼらせる。

「そういえば、どうなんだ。お前はないのか? 現実でも鼻が利くなあとか、耳が良く聞こえるなあ、とか思うこと」

「そりゃあ、あるけど、それって結局ピュシスにいる時と同等の感覚でしょ。ピュシスでそういう風に感覚拡張できてる以上、クラウンの感覚偽装の延長線なんだよ。嗅覚、聴覚、視覚補助の機能を強めた感じ。その設定の残滓ざんしが現実世界に影響してるんじゃないの」

「ほお」感心したようにオオカミは口を開けて「なかなか難しいことを考えてるんだなあ」

「そうだろ? なにを隠そう、俺、結構頭いいんだぜ」

「知ってるよ。元参謀さんぼう様」

「そりゃどうも。さっきの噂話だってピュシスで遊ぶのは悪いこと、実際バレたら捕まってしまうから、そういう罪悪感があって、それが噂になったんじゃないかな。悪い遊びをしてると悪いことが起きますよ、って母ちゃんの常套句さ」

「お前の母親はそんな風に優しく諭してくれるのか」

 オオカミに言われると、紀州犬はちょっとバツが悪そうにして、

「まあね」

 と、言葉尻をにごすと、スピーカーを黙らせた。現実世界のことを話し過ぎたかもしれない、と今更ながら自戒じかいして、オオカミから視線をそらす。昨日ハデに親子喧嘩したけれど、謝ったからそれは終わっている。それよりも、喧嘩の原因。最近色んなことに身が入らなくなっている。友達は自分が誘って連れて行った先で、詳細不明の事故にってひどい大怪我をするし、ちょっといいなと思っていた女の子は学校に来なくなってしまった。

 紀州犬の小さな溜息は、くるりとカールした尻尾にまとわりついて、するんと離れていった。

 三頭が三様の思考の波にゆらゆらと揺られる。太陽がかげり、重たい雲が風によって運ばれていく。厚い影におおわれても、サバンナの芯まで染み込んだ熱が冷めることはない。三頭は耳を揺らして舌を出し、へっ、へっ、と細かく息をした。尻尾をばさばさと振って、乾いた空気をかき混ぜる。ブチハイエナは元々サバンナに適した体。大きな耳で放熱ができるが、他二頭はうだるような暑さに、少し参り気味であった。

「川辺にでも行くか」

 オオカミが立ち上がると、紀州犬は無言で同意して、その後ろに続いた。ブチハイエナはひとり本拠地に戻ろうかと、オオカミたちの後ろ姿に声を掛けようとしたが、その時、

「大変だ!」

 螺旋状の角を持った黒い獣が草原をかき分けて、物凄い勢いで走ってきた。

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